第24話:灰の空と終末の主たち
古代ドワーフの換気ダクトを垂直に登る強行軍は、丸十四時間の不眠不休の行軍となった。十歳となった新しい肉体にとって、1キロメートルの垂直登攀はもはや高熱や骨折の拷問ではない。筋繊維は軍用スプリングのような精密な伸縮で応え、背中でクロスするジェレミアスの2本の細身の剣は、コリンが改造したハーネスのおかげで微動だにしなかった。
最後の錆びついた鉄のハッチがフレヤの【濃密な炎】の暴力によってへし折られた時、外の世界は凍りつくような冷気と、悪臭、そしてうなじの毛を逆立てるような不気味な静寂で俺たちを迎えた。
俺たちは地上に出た。七年ぶりに、草の根を踏み締めたのだ。
だが、俺たちが残してきた世界は、もうそこには存在しなかった。そこは、本物の生生しい『地獄の底』の縮図だった。
幼少期の青い空は、金の灰が重くまとわりつくように舞う天空へと書き換えられ、太陽の光を病的な薄暮の色に染め上げていた。大気には、硫黄、アンモニア、蒸発した排泄物、そして瓦礫の下で腐敗していく無数の死体の悍ましい死臭が立ち込めていた。地面は黒く粘つく泥濘と化し、煤と焼かれた体液が混ざり合ったヘドロが、フレヤの履く死者の軍靴にベタベタと絡みつく。気圧は異常に高く、濃厚な魔力の静電気のせいで、俺の額にある1センチの小さな角が磁石の針のようにビンビンと脈打っていた。大気の濃度と不浄な悪臭によって、頭の中の熱源レーダーが飽和しかけている。
「ま、街が……」
コリンの囁きが途絶え、純粋な恐怖と嫌悪の短い呻きへと変わった。
ダークエルフの少女は灰の混ざった泥濘の上に直接膝を突き、震える指先からツルハシを落とした。地底の修羅場を生き抜いてきたあの狂暴な傲慢さは消え失せ、瞳には純粋な生物的パニックが宿っている。隣では、フレヤが腐臭漂う霧の中で完全に石化し、指先の上で浮遊していた紫色の魔術光球が静かに掻き消えていた。
地方都市の盆地を見下ろす断崖に立つ俺たちの視界に飛び込んできた光景は、軍人としての俺の論理回路を瞬時に叩き潰した。盆地の中央から放射される圧倒的な物理的恐怖が、熱波の衝撃波となって俺たちを襲ったのだ。
崩壊した巨大な都市のど真ん中、かつて光の女神の教会の白大理石の尖塔や貴族の宮殿が聳え立っていた場所に、奴はいた。
――【黒竜】だ。
七年前に俺たちの丘を切り裂いたあの漆黒の超巨大な怪物が、まさに破壊され、悪臭を放つ中央広場の残骸の上で、気持ち良さそうにとぐろを巻いて、重く、 shadow息詰まるような昏睡に耽っていたのだ。ただそこに存在するだけで周囲を圧殺する圧倒的な恐怖。焼き入れられた鋼鉄のごとき漆黒の鱗が、灰の空の下でギラりと不気味な油じみた光を放っている。それは奴がこれまでに屠ってきた地上軍の乾いた血の地層だった。奴が深く呼吸を繰り返すごとに、黒い煙と硫黄、そして猛烈な熱気の塊が吐き出され、大気を激しく歪めながら、街の路地のヘドロを膿汁のようにブツブツと沸騰させていく。巨大な城壁は、その巨躯の重量に耐えかねて、ただの砂利へと粉砕され、周囲には熱によって液状化した生物の脂の池が広がっていた。深層の王は、地上の都市を己の『私的な肥溜め(ネスト)』として完全に乗っ取っていたのだ。都市の残骸は、いまや絶対的な絶望のモニュメントと化していた。
「あいつよ……」
コリンは泥濘を爪で掻きむしり、あのテレーザのようなプライドもエリスのような狂暴さもすべて恐怖に溶かし尽くした掠れた声で喘いだ。
「黒い死神……すべてを奪うためにまた上がってきたんだわ。見なさいよ、ダリオ……壊れた下水が噴き出して床が沸騰してる。あいつが目を開けたら、アタシたちはこのヘドロの中で一瞬で溶かされるわ!」
「しんぷ、しんだ。神殿、壊れて腐った」
俺は幼児性を完全に排した十歳の冷徹なトーンで応じた。老兵の瞳で爆心地を冷徹に分析する。
「 shadow でも、地上には『怯えた兵隊』がいるんだ、フレヤ。そして怯えた人間は、動くものすべてに引き金を引く。コリン、震えるのをやめて俺を見ろ」
俺は袋を開いた。コリンは1キロ先の巨獅子の咆哮に歯をガタガタと鳴らしながら、この期に及んでこの「化け物の赤ん坊」が金貨でも取り出すのかと俺を睨んだ。だが、工作兵の戦術は資本ではなく、遮蔽を要求していた。俺が引き出したのは、この七年間、バンカーの黒鉄のチェストの中で俺が執念深く分類し、蓄積してきた【彼女たちの古着とボロ布の山】だった。
「古着!? この期に及んで裁縫でも始める気、この狂ったチビちゃんがっ! 世界が死臭で満ちてるのによくそんな汚いボロ布を出せるわね!」
コリンはヒステリックな声を絞り出した。
「静かにしろ、わるいおねえちゃん」
俺は工作兵としての冷徹な目を向け、一瞬でその悪態を黙らせた。
「このボロ布は地底の泥と、飽和した生体魔力の臭いが染み込んでいる。地上の兵隊の熱源探知を欺き、審問官たちの魔力知覚を混乱させるアセットだ。迷宮の泥の臭いが、俺たちの生身の肉の臭いを隠してくれる。これを頭に巻け。フレヤの角を隠すんだ。お前の長い耳もな。平原の難民(敗残兵)に乞食として紛れ込むぞ」
フレヤは即座に戦術命令を理解した。彼女は小さくなった古いキャンバスシャツを手に取ると、短剣で引き裂いて自分の頭蓋へと乱暴に巻き付け、黒い角を灰色の布の下へと完全に隠蔽した。俺も布の備蓄からドワーフの使い古したバンテージを取り出し、自分の1センチの角を前髪の下で固定すると、煤で汚れたボロ布の外套を肩に羽織った。わずか一分で、地底の最凶暗殺分隊は、地上の薄汚れた浮浪児のパーティ(難民)へと擬装を完了させた。
俺は断崖の縁に立ち、外套の下で2本の細身の剣の柄の位置を調整した。都市の残骸の上では腐臭を撒き散らしながら黒竜が眠り、地平線では光の神獣が新しい世界の主として闊歩している。地上のマップは非対称で凄惨な戦場と化していたが、七年間の暗黒の特訓を経て、俺たちのパーティはついに最前線(地上)へと帰還した。
教会は俺たちを大穴に埋めて抹殺したつもりだろうが、今度はその自慢の廃墟を、俺たちの新しい塹壕(狩り場)にしてやる。




