第21話:小休憩と黒油の触媒
破壊した重クロスボウの黒鉄のフレームを、古代ドワーフの操作室のドアノブに力任せに手で噛み合わせた。
工作兵の泥臭い応急閉鎖。だが、俺たちが「小休憩」を取るための警戒線としては十分な強度だった。室内の空気は数世紀の密閉で澱んでいたが、温度は安定しており、水路橋のあの凄まじい熱湯の蒸気から俺たちの身を隠してくれた。
フレヤは石の床の上に座り込み、重く長い溜息を吐き出した。
さっきの排水管への精密射撃のカウント中、あれほど強固に安定していた彼女の指先は、今や魔力の消耗と戦闘の興奮の反動でガタガタと震えていた。
部屋の反対側の隅では、ダークエルフのコリンが湿った壁に背を預け、環境と膝を抱えて座っていた。奴は赤い瞳の端で、怯えたような早い呼吸を繰り返しながら俺を監視している。
俺の知略によってドワーフの重装兵たちが一瞬で圧力鍋の具材に変えられた光景を目撃したことで、奴の脳裏に刻まれた絶対的な『恐怖(戦慄)』は、未だに奴の身体を金縛りにしていた。あの地上の貴族のような傲慢な蔑みの表情は、完全に粉砕されたままだ。
『パーティの能力最適化フェーズ:移行』
俺は心の内で冷静に判断した。復位工作を終えた左鎖骨の鈍い拍動は、ようやく許容範囲内へと収まり始めている。
『敵の精鋭分隊から剥ぎ取った戦利品はある。黒鉄貨40枚は中長期的な地底での経済兵站を担保するが、あの化学化合物こそが、俺たちに即座の戦術的優位をもたらす資材だ』
俺は毛布の上を這い進み、キャンバスの袋から3つの【ドワーフの岩油】の瓶を1つ取り出した。乳歯で鉛の栓を引き抜くと、石油に似た濃厚で重い鉱物臭が部屋の空気を満たした。
「フレヤ」
幼児の短い言葉を使い、姉の意識をこちらへと引き戻す。
「おてて、ここに、ぽんってして。黒いお水」
フレヤはハッと瞬きをし、精神的な疲弊から這い上がってきた。彼女は四つん這いで近づくと、右手の人差し指の先を、濃厚な黒い岩油の中に深く浸した。
「わるい本、ほのお、ごはん食べるって、書いてある」
俺は動く方の右手で、あの教会の魔導書の熱誘導の図解を指差しながら、幼児のトーンで静かに囁いた。
「ねえちゃんの、ちから、使っちゃだめ。紫のほのおに、黒いお水、もぐもぐさせるの。ちっちゃく、ビー玉みたいに、ぎゅーって」
コリンは隅から、震える指先で革のポーチを握りしめながら、ヒッという短い呼気を漏らした。
奴は俺たちを罵倒し、ドワーフの危険な燃料を弄ぶ狂人だと吐き捨てたかったのだろうが、水路橋での凄惨な熱水虐殺の記憶が、奴の喉を物理的に締め付けた。奴は息を潜めて、ただこちらを凝視することしかできなかった。
フレヤは目を強く閉じ、全神経を集中させた。あの聖職者に触られた不浄のトラウマを怒りへと変換し、そのエネルギーを指先へと誘導する。
一本の極細の、超高圧の紫色の火花が彼女の爪先から生じ、指先の黒い油の一滴へと接触した。
『制御された吸熱反応』
俺は沈黙の中で、この世界の魔術の物理現象を観察した。
『濃密な炎は液体を消費(燃焼)させていない。油の分子構造を魔力で飽和させ、元素結合を安定化させている。熱的なパッシブ・フィードバックの回路が完成したぞ』
紫色の炎は爆ぜなかった。
それは彼女の指先から数ミリ浮遊した状態で、通常の火のように揺らめくこともなく、ビー玉ほどの完璧な球体となって鈍く発光を始めた。部屋の空気を消費せず、煙も出さない。
それは十一歳の彼女の脳(細胞)に一切の負担を要求しない、純粋な生体ランタン――暗黒の迷宮を自分の肉体を削らずに進むための、最初の【常時発動型】の魔術スキルだった。
フレヤは目を開け、その唇に純粋な陶酔の笑みを浮かべた。
俺は視線の端で、コリンの様子を伺った。
ダークエルフの少女は、その浮遊する紫色の光球を限界まで見開いた瞳で見つめ、地上の弱者どもがこの迷宮の中で一時間ごとにその戦闘力を跳ね上げている現実に、生々しい戦慄を覚えていた。
俺は床の石の上を滑らせ、奴の足元へと1枚 of の黒鉄貨を転がした。
「わるいおねえちゃん、お仕事」
俺は最高に間抜けな幼児の表情を作り、カモフラージュを維持したまま言った。
「フレヤの、ちっちゃい剣、ガキガキして。明日、あるくからね」
コリンは床の黒鉄貨を見つめ、それから俺の顔を見つめ、最後には酷く大きな音を立てて唾を飲み込んだ。
奴のプライドは激しくのたうち回っていたが、物欲と、それ以上に脳裏に焼き付いた恐怖が奴の身体を強制的に従わせた。奴は手デ(手)でドワーフの修理道具を取り出すと、あの古代のチェストで見つけた【工作兵用の短剣】と、俺が先ほど放り投げた重クロスボウの高張力スプリングを拾い上げた。
それからの数時間、紫色の魔術光に照らされた暗闇の中で、奴のダークエルフ特有の敏捷な指先がガチガチと音を立てて作動し続けた。短剣の柄頭と重量バランスをフレヤの腕力に合わせて再設計し、狭い空間での近接戦闘において「クリティカル率」を極限まで高めるための暗黒工作。
――だが、地底の静寂は長くは続かなかった。
『即時警戒:動体反応あり』
頭上の錆びついた換気ダクトの奥から、ガチガチという不快な金属摩擦音が微かに響いた。
フレヤの浮かせる紫の光球が、天井の格子から這い出てくる巨大な影を捉える。
――【殻ヒル】の成体だ。体長2メートルを超える盲目の寄生虫が、新鮮な肉の熱を感知して侵入してきたのだ。放射状の牙を孕んだ吸盤の口が開き、濡れた siseo(威嚇音)が部屋の空気を凍らせた。
「そこを退きなさい、のろま!」
コリンがエリスのごとき狂暴な怒りでハンドクロスボウを放ったが、パニックのせいで矢は怪物の黒い甲殻に弾かれ、火花を散らしただけだった。殻ヒルは狂ったように身をよじり、コリンを床に叩き伏せ、その顔面を喰い破らんと吸盤を突き出した。
「フレヤ、おもちゃのナイフ(短剣)!」
俺は幼児の声を張り上げ、だが目の奥の老兵の瞳で指示を飛ばした。
「つめたい(冷たい)ひかり、剣に、ぽんってして!」
フレヤは一ミリ秒で反応した。コリンに魔改造されたばかりの工作兵用の短剣を順手で握りしめる。
炎を爆ぜさせるのではなく、指先の紫色の光球をそのまま鋼鉄の刃へとチャネリングした。黒染めの鋼が、超高圧のバイオレットの残光を宿して激しく振動を始める。彼女は一歩踏み出し、怪物の開いた吸盤のど真ん中へと、強烈な下方クリティカルの突きを繰り出した。
――破砕。
その一撃は生々しい肉肉の破壊だった。高張力スプリングのバランスと濃縮された熱を宿した短剣は、殻ヒルの盲目の頭部を腐った対木のように真っ二つに引き裂いた。
キチン質の甲殻の内側で体液が一瞬で沸騰し、パージされた肉塊がアンモニアの白い煙と共に周囲へと飛び散る。怪物は花崗岩の床の上で数回、痙攣するように激しくのたうち回り、そのまま完全に干からびて絶命した。
宿営地には、屠られた寄生虫の悍ましい悪臭だけが残された。
床に倒れ伏し、怪物の生々しい体液を全身に浴びたコリンは、フレヤの握る煙を上げる短剣を見つめ、それからゆっくりと俺の方へと顔を向けた。
奴は全身をガタガタと震わせ、その赤い瞳には純粋な戦慄が宿っていた。
自分が先ほど俺の命令でアップグレードした武器が、この異端の少女の手によって完璧な屠殺兵器へと変貌し、自分の命を救ったのだと理解したのだ。
奴は四つん這いのまま床の黒鉄貨を震える指で拾い上げると、一言も発さずに部屋の隅へと退がっていった。完全に、恐怖によって牙を抜かれたのだ。
インベントリの性能は実戦で証明され、パーティの絶対的な序列は血によって確定した。真の安全な拠点(永続シェルター)へ至るための進軍準備は、この宿営地の暗闇の中で完璧に完了したのだ。




