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第16話:百人の死者と黒妖精の契約



 ダークエルフの少女はクロスボウを発射しなかった。その銃口が数センチ下がったのは、慈悲からではない。狂暴な強欲さを孕んだその赤い瞳が、ジェレミアスの2本の剣と、フレヤの指先で揺らめく【濃密な炎】の確かな質量に釘付けになったからだ。奴は熱源を感じ取り、危険を察知した。意地汚く衝動的な気性は、即座に冷酷な現実にぶつかったのだ。あの炎に正面から突っ込めば、自分が灰になるだけだと。奴は戦争ではなく、実利の略奪を求めていた。


「濃密な炎……」


 少女は忌々しそうに奥歯を噛み締め、床に唾を吐いた。


「地上の汚れた変異種か。……おい、不具のガキ、何を見てやがる? ブツブツくだらない声を出すんじゃねえよ、イライラするんだよ」


 フレヤの紫色の光がさらに奥の角へと広がった時、俺たちは彼女が邪魔される前に何をしていたかを目撃した。

 コリンは『岩蜜』の泥の中に膝を突き、十三歳の細い指先で、花崗岩の巨石の下に押し潰されている村のパン屋の衣服を乱暴に漁っていたのだ。

 凄まじい冷徹さで、コリンは遺体の砕けた指から銅の指輪をもぎ取り、自分のポーチへと放り込んだ。


「クソ、ただの干からびた貧乏人め、何も持ってないじゃない」


 奴は毒づいた。しかし、その顔の潰れた死体の顔を一瞬だけじっと見つめた時、奴の赤い瞳がわずかに揺れた。そこには、剥き出しの傲慢さの下に隠しきれない、生々しい人間としての『疲弊』と、僅かな同情が覗いていた。

 奴はすぐに反転し、フレヤの濡れた聖職衣に視線を突き刺した。


「見なさいよ、恐怖でお漏らしした臭いがプンプンするわ。反吐が出るね」

 ダークエルフの少女は、自分の困窮を隠すためにプライドの仮面を被り、階級的な見下しを込めて蛇のように威嚇した。

「地上の人間は神の加護だなんて自惚れてるけど、この穴ぐらじゃ死体と同じくらい酷い臭いを発するだけよ。このダンジョンじゃ、貧乏はそれだけで罪なの。アタシはもう二度と、その罪に甘んじるつもりはないわ」


 あの部屋で聖職者に玩具にされ、捲り上げられた衣服を侮辱された瞬間、フレヤの指先から【濃密な炎】が激しい摩擦音を立てて膨張した。

 あまりの熱量にコリンは弾かれたように一歩後退し、この目の前の『壊れた少女』が本物の破壊兵器を宿していることに気づいた。奴はそれ以上の悪態を飲み込んだ。


「戦いたくない」


 フレヤは一歩前に出て、俺の小さな身体を背後に庇った。十一歳の彼女の声からは、神殿でのあの従順な響きは完全に消え失せていた。世界の終わりを目撃し、もはや脅迫を恐れない新兵の乾いたトーンだ。


「私たちには金がある。食べ物もある。でも、道がわからない。地図を教えるなら、取り分をあげる」


 ダークエルフの少女は甲高い、作り物のような笑い声を上げた。ハンドクロスボウの番えを維持したまま、もう片方の短剣を乱暴に腰の鞘へと収める。


「地図? 冗談言わないでよ、地上の間抜けな芋百姓。ここが王都の庭園とでも思ってるわけ?」


 少女は猫のような足取りで間合いを詰め、目を光らせた。


「アタシの名前はコリン。タダで何かをあげるわけないでしょ。アタシの『目』が必要なら、高くつくわよ。死ぬほどね。アタシは丸三日間、この巨竜が開けた肥溜めを漁り続けてるのよ。あんたら地上の人間の死体を、もう100体は引っ繰り返してクズ鉄や靴、マシな食い物を探したわ。全滅。どいつもこいつもペシャンコの肉切れ。この穴には死体しか落ちてこないと思ってたのに……まさか金貨の袋を抱えた生き残りのガキが2匹も紛れ込んでるなんてね」


 俺は沈黙の中でその取引を受け入れた。元ベテランとしての脳内で分かっていた。奴は仲間ではなく、生存のために金を求める略奪志向の案内人だ。目的は、欺瞞工作によって俺たちの物資を少しずつ剥ぎ取ること。だが、未知の環境よりも、行動原理の割れている敵の方が遥かに管理しやすい。コリンの裏切りに警戒を集中する。


 コリンは突如として振り返り、ハンドクロスボウで北側の暗黒の通路を指し示した。


「よく聞きな、のろま。あと2時間もすれば、底層からの熱流が上がってきて床の『岩蜜』が沸騰し始めるわ。ここに残ってたら、殻ヒルの群れが戻ってきてアタシたちをスープの具にする。ここから2キロ先に、古代のドワーフの旧換気口がある。アタシが案内してあげる。……ただし、そのキャンバスの袋はアタシが持つわ」


 金を要求するコリンの視線が、フレヤの背中にいる俺へと移った。俺は三歳の幼児らしく怯えて泣き叫ぶ代わりに、冷徹な老兵の目のまま、金貨の袋をきつく抱きしめて奴を睨み据えた。

 ダークエルフの少女の背中に、目に見えて戦慄が走った。なぜ三歳の赤ん坊が、まるで軍の将校が脱走兵を裁くかのような、死に絶えた目で自分を見つめてくるのか理解できなかったのだ。俺は即座に幼児のフリをして緊張を崩した。


「だめ」

 幼児の不満顔を作り、短い言葉を漏らす。

「これ、ダリオの。おねえちゃん、さわっちゃ、めっ。ダリオ、もつ。フレヤ、いっしょ」


 コリンは衝動的な怒りを顔に浮かべ、生意気な幼児の顔を殴り飛ばさんばかりに奥歯をギリリと鳴らしたが、フレヤの紫色の炎が一瞬だけ激しく爆ぜ、奴の理性に肉体的な損失のコストを思い出させた。ダークエルフの少女はチッと舌打ちをし、殴る手を収めた。


「せいぜい今のうちにその薄汚れた袋を抱えておきな、不具のクズ。……さっさと動きなさいよ。アタシは地上の死に損ないのせいで、こんな肥溜めで死ぬのは真っ平御免なんだから!」


 コリンは吐き捨てるように言うと、反転して暗黒の通路を先導し始めた。



 強行軍は、俺たちを巨大変形建築の網の目へと引きずり込んでいった。コリンは敏捷に進んでいたが、その赤い瞳は絶えず後ろを警戒していた。暗闇の死角や路面の段差を利用して、俺たちの注意を逸らそうとしている。崩落した石のアーチを潜る際、フレヤが引くキャンバス袋に奇妙な抵抗を感じた。


 ダークエルフの少女が足を後ろに伸ばし、袋の結び目を引っ掛けて緩めようとしていたのだ。古典的なスリの技術。俺は軍人として叫ぶようなヘマはせず、フレヤの肩を叩いて幼児の声でその足を指差した。


「わるいおねえちゃん、あしで、いし、ぽいってした。ダリオのふくろ、さわったの。めっ!」


 コリンは弾かれたように足を引っ込め、幼児に工作を見破られた屈辱でその灰色の顔を怒らせた。フレヤが足を止めると、角の炎が熱い音を立てて膨張する。ダークエルフの少女は悔しそうに息を吐いた。


「袋が引っかからないように見てあげただけよ、このクズ! アタシが yourアタシがいなきゃとっくに死んでるんだからね!」


 進むにつれ、床の熱は耐え難いものになっていった。『岩蜜』の泥がブツブツと泡立ち始め、沸騰する蒸気を通路に満たしていく。フレヤは息を切らし、十一歳の脚を震わせながらも進み続けた。


 突然、通路が途切れ、広大な空洞が目の前に現れた。

 地下1キロの天井の地割れが、一本の細い糸に見えるほどの超巨大なドーム。その床は完全に液状化してガラス固化した黒い花崗岩で覆われ、恐るべき熱圧の痕跡を物語っていた。壁の硫黄の脈が、紫の光に不気味に浮かび上がる。


 ここはただの迷宮の部屋ではない。――【ネスト】だ。


 空洞の中央には、直径50メートルに及ぶ円形の窪みがあり、そこには大量の濃密な灰と、タワーシールドほどもある巨竜の黒い鱗が、墓場の枯れ葉のように散らばっていた。オゾンと硫黄の、圧倒的な上位生物の残臭が空気を圧殺している。


 コリンは崖の縁で完全に足を止め、熱い石の上に膝を突いた。その手のアバレスト(クロスボウ)が震え、彼女のプライドは消え去り、ただの天災に怯える十三歳の少女の顔が剥き出しになった。


「あいつの……巣よ……」

 コリンは黒い鱗を見つめながら、かすれた声で呟いた。

「巨竜が地下に降りてくる時に眠る場所……アタシたちは、あの化け物の巣の中に直接落とされたんだわ」


 俺はフレヤの背中から、焦土と化したその巨大な窪地を見つめた。脳内の指揮官が、即座にここが爆心地ゾーンゼロであることを認識する。俺たちの日常を破壊した怪物の本拠地。ダークエルフは震え、フレヤは俺の足をきつく握りしめていたが、俺の退役軍人としての精神は、この凄惨な環境を見据えて新たな標的をマッピングしていた。本当の戦争は、たった今始まったばかりだ。


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