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魂の通り道

 なんでキミが、と問いかけるより早く少女は小さく口を開いた。


「ここは魂の通り道。死した者の魂がここを通り次の器へと渡っていく場所だ。輪廻転生の際に記憶も全て消去されるがな」


「魂の……。ということは、やっぱり俺は――――」


「そうだ。貴様はあっけなく死んだ」


 少女は淡々とした口調で事実のみを伝えてきた。


 先ほど流れてきた映像のせいで薄れていたが、改めて自分の死を告げられて言いようのないやるせなさが去来する。


 魂の通り道、と少女は言ったがもはや中二病的と笑い流すことはできない。


「……そういうキミはどうしてここに? まさかキミも死――――」


「死んでなどいない。私はこの場に干渉することができるだけだ」


 少女が首を振ると、大河はよかったと小さく笑った。しかし少女はやや不満げに顔をしかめた。


「ここでは過去、現在、未来の時間軸が同居している。故に未来を読み取ることができる。先刻貴様が見た映像がまさにそれだ」


「……っ。そんな、ことって……」


「貴様の行動が招いた未来だ。あの場で自分の命を優先すれば避けられたはずの、な」


 しっ責にも似た言葉。それに反して少女の声音は微かに柔らかかった。


 何も言い返せないでいると、少女がまっすぐ大河を見据えてくる。


「貴様は先刻、優しさについて語っていたな」


「……ああ」


「だがその優しさとやらのせいで、子供は助かり貴様は命を落とした。そして未来では周囲の人間までも不幸にしている」


 親友の可憐。妹の硝子。さっき見た映像がフラッシュバックする。大河の握る手に力が入る。


 矢継ぎ早に言葉を紡いでいた少女の口が少し止まる。大河が少し落ち着くまで待ってくれたのかもしれない。


「今一度問おう」


 彼女が聞きたかった言葉が次に来るのだと、なんとなく直感する。


「――――この現状でなお、貴様は優しさを肯定するのか?」


 子供を助けるために自身の命を投げ捨て、結果として周囲の人たちを不幸にさせる。この現実を前にして同じことを言えるのか。


 その問いに対して嘘をつくことは容易だ。けれど少女には即座に本音を見抜かれるだろうという確信があった。何より今の大河の心境があまりにぐちゃぐちゃ過ぎて、言葉を選ぶ余裕がなかった。


 大河は一度大きく息を吐いて言った。


「……後悔していない、なんて口が裂けても言えない。ああやって軽はずみに動いたことは後悔してもしきれない」


「…………」


「もっとやりたいことがたくさんあったんだ。友達と修学旅行にだって行きたかったし、彼女も作りたかった! あんな悲惨な未来が待っているんなら猶更死ぬべきじゃなかった! ほんと、後悔ばかりだ……!」


 本心が堰を切ったようにあふれ出る。取り繕うゆとりすらない。大河は俯いたまま目の前の少女に複雑な感情をぶつけてしまう。


「…………けど、」


 大河は顔を上げる。すん、と鼻をすすって、


「あの状況であの子を助けないことが正しいとは思えないんだ」


 強がりなのか、胸を張って言ってのけた。


 少女はやや驚いた表情を浮かべる。


「……つまり自分が死んでなお、他者を守ったことは正しいと?」


「それは少し違う。俺が死んじまったことは大きな間違いだ。自分はともかく周りにも悪影響を与えてしまったんだから」


「何が言いたいのだ?」


「えーっと、つまりさ。もし俺が命を惜しんでいたらあの子が死んでいたと思う。そしたら今度はあの子の両親とか友達が同じ思いをするわけだろ?」


 あのとき小学生の男の子は間違いなく足がすくんで身動きできない状態だった。十中八九そうなっていたはずだ。それを察知したからこそ大河は無謀な行動を取ったのだから。


 大河は胸に手を当て、まるで自分に言い聞かせるかのように言った。


「――――だから少なくともあの子を助けたことは、間違いなんかじゃない!」


 少女は一瞬目を見開いたかと思ったが、すぐに頭を横に振った。


「……分からん。貴様は何故そうまでして人の役に立とうとする?」


 少女は大河の眼を真っすぐに見据えながら純粋な疑問として問いを投げた。その声音に責める色はない。ただ本当に理解できないものを見るような眼差しだった。


 大河は一瞬言葉に詰まり視線を落とす。自分でもうまく説明できる気がしなかった。正義感だとか、使命感だとか、そんな大層なものではないと分かっているからだ。


「……別に、そんな大したもんじゃないよ」


 苦笑混じりに呟く。少しだけ間を置いて、ゆっくりと顔を上げた。


「俺はただ……誰かにとって誇れる自分でありたいだけだ」


 言葉にした瞬間、胸の奥にすとんと何かが落ちた気がした。これが自分の本心なのだとようやく腑に落ちる。


「両親が誇れる息子、硝子が頼れる兄、可憐やチハヤがかけがえのない友達に……。正直まだ全然達成できていないけど」


 飾り気のない、取り繕いもない言葉だった。だがそれだけに嘘の混じりようがなかった。


 少女はしばらく黙り込む。深紅の瞳が大河を見据えたまま僅かに揺れた。


「……やはり人間というのは難しい」


 少女がぽつりとこぼす。


「私には到底理解できそうにないな」


 そう言って小さく肩を竦める。その仕草はどこか呆れたようで、それでいて少し愉しげでもあった。


 やがて少女は何か決意したような眼差しへと変わる。


「――だが最期くらい、貴様に倣って人間の真似事をしてやるのも一興か」


 その口元に自嘲気味な笑みが滲ませた。


「もとより我が身の寿命は限られている。魔王の散りざまとしては少々滑稽だが、ただ朽ちるよりは幾分良いか」


 次の瞬間、少女は静かに手を掲げた。白一色だった空間に、赤い光の紋様が幾重にも浮かび上がり、静寂を破るように広がっていく。


 空気が震え、空間そのものが脈打つように揺らいだ。


「なんっ……⁉」


 大河は事態の急変にまるでついていけずただ戸惑うだけ。しかし渦中の少女は真剣な面持ちで何やら呪いを口ずさんでいる。


 少女は空間一杯に広がった赤い光を瞬く間に圧縮していき、最終的に両手の平に収まるサイズの球体を象った。そしてその球体を躊躇いなく大河の右胸に押し当てる。


 ドクン、と大河の心臓が大きく脈打つ。身体の中心に熱い血潮を感じる。やがてそれは血管・神経を通じて全身へと行き渡っていく。少女が手を離したときには既に、先ほどまであった赤い球体は消失していた。


「いったい何を……⁉」


「じきに分かる。今ここで懇切丁寧に教えてやるほど、私も優しくなったわけではない」


 ぼやっと少女の姿が薄れる。否、大河の意識が薄れてきているのだ。見れば自分の存在そのものが希薄になってきている。あたかもこの空間に拒絶されたようだった。


 少女が踵を返す。かつん、とブーツの底が音を鳴らす。


「さらばだ、タイガ。優しさに殺されるは、これを最後にするのだな」


 少女の背中が遠ざかっていく。追いかけようにも既に身体の大半は消え失せ、呼び止めようとも声すら出すことができない。


 そして大河の目の前が真っ白になって――――


「――――はっ」


 次に気づいたときには白い天井を見上げていた。傍らに機械の小さな電子音が聞こえ、消毒液の匂いが鼻をつく。


「……ここは?」


 それが自分の声だと一瞬時間を要するほどのかすれた声が漏れる。


「病院、か……?」


 シチュエーションの変化に戸惑っていると、ベッドの脇で誰かが息を呑む気配がした。


「――お兄ちゃん!」


 思うように身体が動かないため、視線だけを声の主に向ける。それは目を赤くした硝子だった。


 先ほど見た映像で事故に遭っていた硝子が今無事でいる。言葉で表現しきれないほどの安堵感に包まれる。


 彼女は目尻を拭う仕草を見せて、


「ちょ、ちょっと待ってて! 今お医者さん呼んでくるからっ!」


 どたどたと慌ただしく病室を飛び出す硝子。病院を走るな、と注意したかったが案の定声にならない。


 硝子の足音が次第に遠ざかっていき、大河は無意識に強張っていた身体の力を抜いた。


「……さっきのは、いったい」


 まるで先ほどまでの出来事が夢のように――けれど身体の内に溜まる膨大なエネルギーが、現実のものだと明確に伝えていた。



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