退屈な日々
すれ違うクラスメイトたちに軽く挨拶しながら自身の席に鞄を下ろす。何の気なしに宝生の方を見やる。今朝硝子との話題に出たからだ。前の席にいる彼女はどこかのグループに混じることはせず授業の準備をしていた。
(絵になる、ってのは宝生みたいなやつを指すんだろうな)
誰もがおこなう動作一つとっても彼女のそれには気品が伴う。たとえば大河が九音の一挙手一投足を真似しても与える印象は全然違うはずだ。
(……顔か? やはり顔面偏差値が足りていないからか?)
大河は自身の頬をむにゅむにゅと揉んでいると前の席に誰かが座る気配を感じた。
「どしたー? いつもブサイクな顔が一層どブサイクになってるぞ」
指摘を受け自身の顔から手を外す。どブサイクと揶揄してきた人物を見据えると、やはりと言うべきかもはや見飽きた顔が目の前にあった。
「……朝っぱらからパンチの利いた挨拶をどうもありがとう。おかげで目が覚めたよ。素敵な友を持てて俺は幸せ者だなぁ」
「ふふふん、そう言われて悪い気はしないな~」
皮肉の通じない女子生徒は東雲可憐。大河とは昔からの腐れ縁という関係に相当する。
背の順で最前列を譲ったことのない小さな身体とは裏腹に、唐紅色に染めた髪をポニーテールに結ったヘアスタイルは強烈な個性を放っている。勝ち気そうな光を秘めた双眸はいかにもわんぱくといった感じである。
有り余るエネルギーを目の前にしてどっと疲労感を覚える大河。はぁ、とわざとらしくため息を吐くと可憐は肩を竦めてみせた。
「なんだなんだ、そのローテンションは。タイガーの名が泣くぞ」
「本物のタイガーだってネガティブになることくらいあるだろ。それに名前泣かせなのはどっちかっていうとお前の方だ。嫌だぜ? 清楚で可愛い子探そうと可憐さんで検索してお前がサジェストで出てくるようになったら。全国の可憐さんに謝って来いよ」
「いいだろう。今度は本当のパンチをお見舞いしてやる。さぞ眠気が覚めることだろう」
「いいぜ来いよ。お礼代わりにお前にゃあ永遠の眠りをプレゼントしてやるぜ!」
大河はシャドーボクシングを披露し臨戦態勢をアピールする。ちなみに可憐は大河の軽く十倍は強い。幼少期はよく子分として連れ回されたものだった。
騒ぎ立てる二人の間に嬉々として割って入る男子生徒が現れる。彼は二人の脳天にチョップを入れる。
「「あいたっ」」
「授業前からあんまり騒ぐんじゃないよ。他のクラスメイトの迷惑でしょうが」
仲裁したのは堂本千速である。彼も大河、可憐とは昔からの仲良しで今はサッカー部に所属しており、高身長と親しみやすさも相まって女子人気が非常に高い。
堂本が近くに寄るとふわっと制汗剤の香りが鼻孔をくすぐってくる。
「ん。またサッカー部の朝練か? 熱心なことで」
「おうよ。来週リーグ戦もあるし気合入れていかないとな!」
「まったく、ガキの頃は単なるはなたれ小僧だったのが立派になったな。比較されて惨めになるタイガーの身にもなってやってほしい。なー?」
「おいこら同意求めんな誰が惨めだよ。素直に応援してるわ、前の試合も応援行ったし」
「あんときゃサンキューな。次も観に来てくれよな、可憐も一緒に」
「いいね。だったらタイガー、スタジアムで一緒に焼きそば作るぞ。やっぱり一パック四百円くらいがベストかな」
「それより具材減らして三百円で売った方が客寄り付くんじゃないか? ソース味と紅ショウガ載せてりゃ売れるだろ」
「いやいやいや、ツッコむとこはそこじゃないだろタイガー。勝手に露店開いちゃ駄目だから」
「はんっ、つまんねー男になっちまったなぁ!」
何の実りもない話が尽きない。もっとハイソな話題はないのかと一時期議論にもなったのだが、「アホが頭捻っても話が続かない」として今の路線となった。確かにこっちの方が気が楽だ。
そう言えば、と堂本が話題を一転させる。
「今日の明け方、なんか地震あったよな。スマホに速報流れてこなかったけど結構揺れた気がする」
「あー、あったあった。ベッドから転げ落ちたの、あたしの寝相が悪いのか心配になったがそうじゃなかったんだな。安心安心」
「いやお前の寝相は壊滅的って評判だから多分無関係だぞ」
同意する可憐に対し大河は驚いた風な表情を浮かべる。就寝時から今朝まで地震によって目覚めた記憶はないし、今朝の硝子からもそういった話は出てこなかった。
「タイガーは気付かなかったのか? 俺はわりかしびっくりして目が覚めたんだけど」
「チハヤが飛び起きるなんてよっぽどだぞ。こいつ去年近所でちょっとした火事があったとき、消防団員が扉叩いて避難促してきてたのに爆睡こいてたほどの大物だからな。それくらいの奴が起きたのにタイガーは起きないとか……はぁ、牙を抜かれたタイガーなんぞただの可愛いネコ科動物だぞ」
「ネコ科云々は意味不明だけどそうだったのか……。その割にはネットニュースにも上がってないみたいだが」
スマホで検索かけてもネット記事にさえなっていない。SNSでごく少数が発信しているくらいだ。
「猫みたいに撫でてやろうか?」と茶化してくる可憐をあしらっているうちに予鈴が鳴る。授業が始まるや否やいつも通り可憐は寝息を立て、堂本は早弁している。
大河は一応板書を写しているものの(後で可憐と堂本が泣きついてくるため)、勉強意欲は皆無であり茫然と黒板の文字を追っているだけのような状態である。
(退屈だ……。そう、例えるなら昔千羽鶴を折ったときのような……いや、アレはアレで自分の上達具合を感じることができて割りと面白かった記憶があるな)
最終的には片手で鶴を折れるようになったのには感動すら覚えた。
大河は日々の張り合いのなさを感じながらも新たにチャレンジしたいものがあるわけでもないという、何とも中途半端な心持ちを抱えたまま時間は過ぎていった。




