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祝炎の英雄  作者:
第一章 炎の御子 第二節 不撓不屈

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第二節番外編 壱 虎女の事情

「仕事ですか」


 それは、薙琳が皇都に来てから始めての命令だった。

 風家に拾われ、四年目の出来事だ。

 薙琳は珍しくも風家当主の私室へと呼び出されていた。目の前の卓に座る男の目は、虎よりも厳しい。真冬の水のように冷徹、それでいて全てを見透かすような目つき。この男の心は水底のように底知れない。

 しかし不思議と、男の落ち着きようからか、冷たい言葉を吐かれても突き放されていると感じたことはない。男は気候や季節で移り変わる水と違って、いつも理性的だからだ。

 何かに例えるのであれば、大樹だろうか。


「ああ、お前には祝融皇孫殿下に随行してもらう」


 皇孫ということは、皇帝の孫である。ほんの四年前は知らなかった言葉だ。風家の坊ちゃんが逐一教えてくれなければ、きっと今知ったに違いない。

 まあ、それが貴族とどれほどの差があるのかまでは、良く知らないのだが。ただ、祝融という名は覚えがあった。双子の皇孫殿下の成人が間近で、どちらも神力がある。軍属に入ればさぞや活躍なさるだろう――そんな噂話が、市井では飛び交っているのだ。

 その成人の儀式は数日前に行われたはずだが――軍部に入った男にどう随行しろというのだろうか。

 薙琳は頭を悩ませるも、すかさず風家当主は続けた。


「弟の回禄殿下は規定通り軍部入りになったが、兄の祝融殿下は軍部入りが取り消された。代わりの処置として勅命が下ったのだ」


 坊ちゃんには端的だが、薙琳には十二分に説明をしてくれる。薙琳には坊ちゃんと同程度を求めているわけではないから、だろう。

 とはいえ、詳細は伏せられたままだ。ともかく行け、ということだろう。


「ちなみに、何処ですか」

「藍州だ」

「藍ですか、お魚が美味しいと聞いたことがあります」


 藍州の特産といえば、海塩と海魚のはずである。他にあるのだろうが、忘れた。食べ物以外は興味がない。干物は酒ともよく合うはず……なんて考えていたのだが。


「海までは行かない。目的地は山だ」


 思わず舌打ちをしそうになってしまった。残念である。


 ――ああ、だからか。


 薙琳は山育ちだ――と言っても、獣人族なのだから当然なのだが。

 山で生きていたころは、山を駆け回り山魅退治を。山を降りてからは、妖魅退治を生業にしていた。要は専門職である。一応、それなりの歳月は生きているので、知識もそれなりにあると自負していた。


 ――妥当な仕事……と言いたいけど……。


 お貴族様どころか皇族相手、となると事情は変わってくる。


「……私、皇帝陛下の親族に変なこと言って打ち首とかないですよね?」


 そこまで自分を馬鹿ではないと思いたいが、言いたいことをうっかり言ってしまうかも知れない。いや、その時は逃げるか、適当にやり過ごすつもりだが。


「安心しろ、寛容な方だ。何より今回の件でお前の態度一つ一つを気にしている余裕などないはずだ」


 態度に関しては否定しないらしい。まあ今も、薙琳の態度や姿勢が良いとは言えない。十二歳の坊ちゃんが父の横にいる時は、背筋も腕もピシリと伸びて、大人顔負けの姿である。ところが薙琳といえば、だらりと腕を垂らし、時折頭を掻いていることもしばしば。背中もずっとまっすぐなど窮屈でしかない。

 お世辞にも態度が良いなどとは言えわないだろう。そもそもこの男はお世辞なんてものは言わない――多分。


 そうやって決まった藍州への旅路。久しぶりの遠出だが、どうやら龍に乗って向かうらしい。なんと贅沢な。


 ――お貴族様……皇族様は違うわねぇ。


 と、薙琳は悠長に構えていたわけである。

 薙琳自身は食客だ。仕事がなければふらふらとしていることが多い。出かけるのは、二日後ぐらいらしいが、大急ぎで準備する荷物もない。その身一つと剣があれば十分だ。

 だから、薙琳はいつも通り、昼間から飲み屋にでも出かけようか――なんて考えていた矢先――風家当主の部屋から出てまもない頃に、それは起こった。


「こんなところで何をしている」


 薙琳の背後から――風家当主に似ていなくはない、静かな男の声だった。若くはない。しかし風家当主ほどの年齢でもない男だ。薙琳はこの男の声が嫌いだ――というより、この男自身が嫌いだった。きっとあちらも今顔を曇らせているに違いない。

 嫌々ながらも振り返れば、思ったとおり侮蔑の顔色。風家当主の第一子で、今は何処ぞでお役人をしている御仁だが、どうにも好き嫌いははっきりさせる性質らしい。都会では良くある獣人族嫌いというやつだ。お互い嫌いなので、薙琳はお互い様と考えている。


「今いま、旦那様に呼ばれただけですよ。では、」


 そそくさと立ち去ろうとするも、今度は「待て」と言って引き留める。


「何の要件でだ」

「余計な話はするなと言われておりますので。ご自身で伺ってください」


 薙琳は適当に言い連ねて、男が更に顔を歪ませるのを尻目に、そそくさと退散した。言うな、とは言われていない。事情を知らない相手に何もいう気はないだけだ。説明が面倒なのである。


 本当は飲み屋にでも行くつもりだったが、長男の登場で白けてしまった。仕方なく風家の邸宅の中に用意された自室へと足を向ける。

 私室というが、おそらく客人用の部屋だ。薙琳は使用人用で良いと言ったので、その中でも一番質素な部屋にしたらしい。

 古いが、質の良い調度品が取り揃えられ、寝台も天蓋付き。貴族では質素になるらしいが、庶民からすればこれは豪華というやつだ。それを食客とはいえタダ飯食らいに当てているのだから、文句も湧くかもしれない。

 しかも、何もしないでダラダラしているだけの存在。目にし続ければ、嫌いにもなるかもしれない。それでも何も言えないのであれば、見てみぬふりでもしてほしいものだが。

 寝台に横になって、何をするでもなかったのだが、昼寝――と洒落込みたいところでもあったが、今ひとつ。仕方なく、武器の手入れでもしておくかと腰を上げた。


 ――四年か……。


 皇都に来て四年。寝台横に適当に置きっぱなしになっていた剣へと目を向ける。特段、良いものというわけではない。昔から使い慣れているから使いやすいというだけだ。

 妖魅や山魅と戦うとなると、気を流し込まねば戦えない。手に馴染むというのは重要で、なかなかに新しいものへと変える気にはなれないのだ。

 そうやって、まじまじと眺めながら磨いていると、足音が聞こえる。おそらく薙琳が獣人族だから聞こえるだけで、距離がある。薙琳の私室は客室だが、一番端の部屋だ。そう誰かが尋ねてくるような場所でもない。そこへとなると、来訪者は限られる。旦那様か、もう一人。どうにもこそこそと歩いているが、足音は子供のようだ。もう一人の上で間違いないだろう。その足音が、薙琳の部屋の前で止まったかと思えば、そろりと扉の隙間から顔を出した。やはり子供――風家の子――風鸚史だった。それも、何やら神妙な顔つきで、だ。


「薙琳……」


 と、声も内緒話でもするかのようでもある。いつもは背伸びをして大人ぶっているのに。相当な困り事か、相談事か。薙琳が剣を磨いたまま「どうしたんですか」といつもの調子で話しかけても、風鸚史の顔色は変わらない。

 慎重に足を運び入れ、寝台の横へと杌凳(ごつとう)を引き寄せると、ちょこんと座った。

 十二歳の割に小柄だからか、仕草が幼く見える。いや、今日はどうにも鸚史自身が不安を纏っているようにしているからそう見えるのかもしれない。

 そうしておずおずと目線を上げて、薙琳の手元へと目がいった。

 

「藍州に行くんだろ?」

「あら、ご存知だったんですね」

「知ってる。祝融殿下の手紙を父上に届けているのは僕だ。殿下からも勅命の話は聞いたから」

「……ということは、お話はそれ関連と」

「祝融殿下を()()なんて言ったらダメだ」


 言い方が悪かったからか、鸚史は膨れっ面になっている。癇に障ってしまったようだ。珍しい、と考えながら、薙琳は「はいはい、すみません」と子供を嗜めるように返した。

 それで満足したわけではないだろうが、やはりどうにも気落ちしたような顔色のまま、今度は鸚史は足元へと目線が落ちている。


「……祝融殿下は今大変なんだ。だから、薙琳が一緒に行ってくれるなら安心できる。殿下を助けて差し上げてほしい」


 あまりにも落ち込む様子は些か不可思議だが、貴族と皇族の関わりなんてものが何なのか薙琳の知ったことではない。薙琳は命じられて仕方なく藍州へと行くだけなのだ。

 

「まあ、助けてはあげますけど、やる気が出るかどうかは、相手の出方次第ですけどね」


 と、今ひとつ乗らない気のままに言葉を吐いたのだが――突如、鸚史は杌凳を倒す勢いで立ち上がった。

 

「祝融殿下はそんなお方じゃない‼︎」


 熱り立つように声を荒げる鸚史。これもまた珍しい――が、少々、大人気ないことを言ってしまった。反省である。


「……えーと、私、皇族の方ってよく知らないんですよね」

「姜家は基本的に人民に等しく接される方達だ。温厚だし、揉め事や奸佞(かんねい)を嫌う。祝融殿下は、家柄で差別なんてしない、人種で差別しない、年齢も気にされない。すごくお優しい方なんだ」


 祝融殿下は今年十六歳。四歳も違えば、憧れも抱くだろうか――とも思ったが、もう一人の双子についての言及がない。剣を置いて、膝に肘をつく。


「祝融殿下は――と仰いましたけど、その基本お優しい姜家の方々は、どうして困っている祝融殿下をお助けしないのでしょう。私を頼らなければならない理由があるのですよね?」


 皇帝陛下が温和であることは、薙琳も知っている。この国に内紛なるものがないのは、炎帝の統治が滞りなく上手く行っているからだ。もちろん、地方によっては獣人族は迫害されたりもするが――皇都では獣人族嫌いのお貴族がいる程度。方針としては差別はない。

 その方針を体現したような人物が、鸚史のいうところ祝融殿下なのだろう。

 だったら何故、風家の手下でしかない薙琳に話がきたのか――どうにも得心がいかなかった。とはいえ、追及する先は間違えたかもしれない。目の前にいるのはまだ十二の子供だ。唇を噛み締めて、口篭ってしまった。きっと、言えないことなのだ。

 しかし、どうにかやっと心持を取り直したのか、持ち上げた眼差しは真っ直ぐに薙琳を見つめていた。


「祝融殿下は愚か者なんかじゃない――薙琳も話せばわかるよ」


 今の鸚史の精一杯の説得なのだろう。これ以上、祝融殿下を罵るようなことを言えば、薙琳は大人気ないだけの人間になってしまう。


「……そこまで坊ちゃんが言うのであれば、信じるしかありませんね」


 何より、誰かのために懸命になる姿は嫌いではない。と、見直したところだったのだが――


「ぼ……僕もついて行ったらダメかな」


 これは、度を超えている。

 

「ダメですよ、足手纏いです」


 薙琳はキッパリと断った。何が起こるかもわからない土地に、主人の子なんて連れて行けるわけがない。

 

()()()()()()()()()()んだぞ!」

「それは知ってますけど、二人もお守りしなきゃいけないなんて無理です。それに、神力は上手く扱えるようになったんですか?」


 鸚史は「うっ」と呻く。


「それは……まだだけど」

「話はそれからですね。帰ってきたら、また特訓に付き合ってあげますから」


 薙琳に言われ、渋々ながらも鸚史は納得した様子――いや、口を尖らせて拗ねてる。そうして一言、


「僕もあと四年早く生まれていれば……」


 なんてどうにもならない事を言っている。


「なぁに言っているんですか、不死の四年なんて十年も二十年も経ったら気にならなくなりますよ」

「僕は今の話をしてるんだ」


 はいはい、と適当にあしらって、薙琳は何気なく寝台から降りた。


「どこかに行くのか?」

「肩慣らしに行こうかと。お付き合い頂けますか?」


 剣を手にして扉へと向かえば、鸚史の顔色が一段と明るくなった。


「うん、行く!」


 子供はこうでなくては。薙琳は鸚史をみていると思い出すことがある。もうずっと昔に経験した懐かしい記憶だ。その想いがまた、一段と鸚史の願いを叶えてあげようと思わせているのかもしれない。


 ――この子の言うとおり、誠実な方であってほしいですねぇ。


 薙琳は鸚史と共に並び、鍛錬場へと向かいながら、まだ見ぬ御仁へわずかな期待を胸に抱いた。



 第二節番外編 虎女の事情 了

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