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祝炎の英雄  作者:
第一章 炎の御子 第二節 不撓不屈

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第二節番外編 弐 友として

 幼い頃から、よく出来た()()だった。

 皇族として生まれ、幼い頃から自身が皇帝の親族であることを自負している。

 祖母の縁というだけで突き合わされた雲景に対して偉ぶることもなく、双子の両殿下のどちらもが雲景を本当の友人のように接していた。

 運動が苦手な雲景に合わせてなのか、兄である祝融殿下は、何かと室内の遊びを勧めてくれた。両殿下の方が一つ上……というのもあって気を使ってくれていたのかもしれない。弟の回禄殿下も、祝融殿下ほど動き回る方ではなかったから、なのかもしれない。

 理由はどちらにしろ、雲景は二人と一緒にいて窮屈と感じることはなかった。

 両親はおらず、祖母も仕事ばかり。そのような環境でも、寂しさを紛らわせるのにも苦労はしなかった。

 だから、雲景にとっては幼い頃の方がよほど、皇族とはそれほど遠い存在には思えなかったのだが――事情が変わり始めたのは九歳の頃。

 貴族の子供は十歳にもなると官学へと通い始める。雲景は来年から――なのだが、両殿下は皇族のため、通常の学校へは通わない。代わりに家庭教師を皇宮へと招くのだが、これが太学で講義をしているような人物ばかりというのだ。雲景は両殿下よりも一つ下だが、同じく講義を受けないかと誘われた。

 雲景は躊躇った。雲景は朱家という家門の一員でこそあるが、祖母が当主の姉というだけで、何の取り柄も身分もないのだ。果たしてその場にいても良いのか。

 うだうだと悩んでいたのだが、知らない間に祖母が話を受けていた。ただ、二人との友人関係を終わらせたくはなかったので、それほど反抗心は湧かなかった。


 しかし、これこそが間違いの元だったと雲景は考えている。

 この辺りからだろうか。回禄殿下の様子がおかしくなった。それまでも回禄殿下は祝融殿下の後をついてまわっている、などと揶揄されていたが、それがより一層酷くなった気がしたのだ。劣っている方、なんて言葉も耳にするほど。

 大人しい性格、姜家らしい上背があっても、祝融殿下よりも劣った技術がその噂を助長させるのか。どれだけ学術が長けていても、軍役の義務をかしているほどの武闘派の一族とあって、歳を重ねれば重ねるほど、噂は酷くなる一方だった。

 祝融殿下も何もしなかったわけではない。平等を好む方だ。学友達にであれば牽制はしたし、だからといって執拗に回禄殿下に擁護する姿勢を見せたわけでもない。

 それなのに今度は、回禄殿下は兄に守ってもらわねば立ち行かない――などと、悪意ある言葉が広まった。 

 その頃からだ、回禄殿下が一心不乱に学術にのめり込むようになったのは。


 それまで、雲景の学力は回禄殿下とそれほどの差はなかった。時折、雲景の方が成績が良い時があったぐらいだ。しかしそれも、回禄殿下が一瞬の予断も許さなくなった。

 回禄殿下はいつも正確な回答を用意して、追随を許さないまでに勉学にのめり込んでいた。

 姜家の軍役は義務だが、短ければ十年ほどらしい。その後に文官職も望むことも可能らしく、回禄殿下はその為の準備を始めた――と気づいたのは、雲景が回禄殿下にとあることを言われたからだった。


『雲景は優秀だ。将来的に僕の下につくことを考えないか』


 と。それまで、雲景は両殿下と主従関係について話し合ったことはない。初めてのことだった。雲景は「考えておきます」と言葉を濁した。

 将来の立場――十五にもなれば、そういった話も出るだろう。回禄殿下は他にも声をかけていた。

 十年、軍役があるとはいえ、その後の道を作っておくことは確かに有益だ。寧ろ将来を考えればこそ。

 それでも雲景は虚しくなった。


 ――もう既に、私のことは配下として見ている……ということか。


 この頃には祝融殿下は雲景と距離をとっていた。恐らく、下手に軍部入りに巻き込まないためだ。雲景も下手に周りを刺激しまいと、その距離を受け入れていた。祖母は姜家に尽くすことしか考えていない。両殿下のためになるのであれば、孫ぐらい差し出す。しかしそれで不釣り合いな軍部へと入らされる――そればかりは雲景の望むところではなかった。だから、今の状況は致し方ないことでもある――だのに、虚しさは消えない。いや、自分がいかに何も考えていなかったかが、浮き彫りになっただけだった。


 ――純粋な友人を続けられると思ったのが間違いだったのか。


 主従ではなく、いち友人として。それが皇族相手にいかに難しいかなど、考えてもこなかったのだ。

 祝融殿下の態度からも、単純な友人関係が難しいのだと思わざるを得ない。どうやっても、血が、立場が影響してしまう。

 その頃になってようやく、雲景は二人が皇族という存在を思い知らされたのだ。



 そして、運命の成人の儀――その直後。

 儀式が終われば、両殿下が拝命と共に報せを寄越す予定だった。しかし何も沙汰はなく、変わりに学友の一人が儀式で何か事故があったとだけ伝えに来た。その時に祝融殿下の身に問題が起こったとも。

 どうにかして詳細が知りたいと考えていたところに、回禄殿下から学友達に説明するとの話が回ってきた。以前、講義の場として使っていた部屋へと雲景は急ぎ馳せ参じたのだが――。


「祝融は儀式で怪我を負い、軍部への配属が取り消された。暫く配属のお達しもないかもしれない。今後のことも不明だ」


 祝融殿下が儀式の後も顔を出さぬでは不審がるだろうと集められた学友達。回禄殿下は悲痛めいて話をするも、雲景はそれがどうにも――気味が悪かった。


 ――何故、口を閉ざさない。これでは祝融様を貶めるだけだ。


 何かあった――しばらく怪我で動けない――回復に向かっている――言いようはいくらでもあったはずだ。だのに、祝融殿下の将来は絶望的だと断言しているような言い回し。

 それはお労しいことだ、と同調する声もあったが、中には祝融殿下との付き合いを続けるかを話し合う声も聞こえる。

 たったそれだけのこと、まだ現状を見てもいないのに。


 ――うんざりだ。


 雲景が、回禄殿下と距離を置くことを決めた瞬間だった。もう自分のことを友人などとは思ってもいない。


 ――昔のように友人と考えていたら、先んじて話をしてくれただろうか。


 夢物語のような過去の記憶を打ち捨てるように、雲景は急ぎその場を去ろうとした――のだが、


「雲景、」


 と、小声で話しかける声があった。学友の中で一番幼い声だ。


「……鸚史様」

「話せるか」


 鸚史は外を指差している。雲景は頷いた。居心地の悪い場で、唯一の救いだとも思えた。

 鸚史は祝融殿下を一番慕っていた手合いだ。雲景にはそう見えていただけかもしれないが。その鸚史が、今の現状を据えた目で見ている。一番信用できる気もした。

 そこから、雲景は鸚史と共に皇城を出た。風家の馬車に揺られながら、向かい合ったまま沈黙が続いていた。が、馬車が動き出してしばらく、会話の皮切りに鸚史が口を開いた。


「雲景は祝融殿下の幼馴染だと聞いたことがある」


 祝融殿下から聞いたのだろうか。雲景は正直に答えた。

 

「ええ、幼い頃はお二人の遊び相手として皇子宮へと赴いていました」

「じゃあ、率直に聞くけど――今日の回禄殿下のことどう思った?」


 どう――雲景は一瞬戸惑った。鸚史は学友でこそあるが、祝融殿下とばかり関わりが多いのもあって話をしたことはあまりない。どこまで心を許して良いかの判断が出来なかった。しかし、回禄の話を間に受けていた者達とは違う――それだけは確かだ。


「昔は、祝融様よりも温和な印象がある方でした」


 祝融殿下が強く灯り続ける篝火の炎であるなら、回禄殿下は安定して燃え続ける行燈の灯火だ。

 篝火は力強く辺りを照らしてくれる。が、強い炎では薪はすぐに燃え尽きてしまう――そんな危うさがある。

 反対に、行燈はか細いが一定して辺りを照らしてくれる仄かな灯りだ。が、同時にほんの些細な風で消えてしまう儚さがあった――それが回禄と重なった。


「何より、お優しい方……しかし先ほどの発言は――」

「殿下を貶めている」


 躊躇った雲景をよそに、鸚史は何も気にしていない。互いに目を合わせ、嘘偽りなく答えている――そう感じた。


「私もそうです。あれは一体どう言うことなのか。以前の回禄様であれば、考えられない発言です」

「……そうかな、機会は伺っていたんじゃないか?」


 嫌な考えが、雲景の脳裏にも過る。祝融殿下を貶めることで、回禄は心の平穏を手に入れた――しかし、姜家らしくない考え方だ。


「そんな矮小な理由で?」


 確かに回禄殿下は何をやっても空回りするように悪い方向へと噂が持っていかれがちだった。祝融殿下はずっと、回禄殿下の身を案じていた。心の障は、不死には毒にしかならないから。

 回禄殿下も理解しているはずだ。だのにどうして。

 

「本当のところの理由は僕もわからない。それに根本的な問題はそこじゃない。祝融殿下の容体は聞いているか?」

「わかりません。いま、祖母は神殿にいるので……」

「あぁ、そっか。じゃあ、僕の伝手でお見舞いに行けるとしたら、同行するか?」


 ありがたい申し出だった。まだ外宮への通行の許可を、雲景は持っていない。


「是非、お願いします」


 祖母の帰りを待てばどうにかなる事だが、すぐに動かなければならない――そんな気がして雲景の口を動かした。あまりに直ぐ答えを出したものだから、鸚史は幼い顔で目を丸くしている。


「……雲景って、喋るんだな」


 他であれば、失敬に聞こえた言葉だったかもしれない。雲景むしろ、「あぁ」と同意してしまいそうだった。

 

「雲景って、いつも無表情で机の前に座ってるだけだったから」


 言われて、雲景は自身の姿を思い返す。

 講義は真面目に受けていたが、特に濃い友人関係は作っていない。時折、回禄殿下と話しをする程度だ。それも、「いつか下に――」そんな話をされてからは敬遠してもいた。つまりは、基本一人でいたのだ。


「何にも興味なさそうな顔してたし……でも、祝融殿下から、昔は仲が良かったって聞いたことあってさ――もし、今日の件でも無反応だったら、声かけるつもりはなかったんだけど」


 鸚史の判断は、ある意味で正しい。祝融殿下がもし、回禄殿下と同じように、従卒として……なんて誘われていたら、それこそ集まりにすらいかなかったかもしれない。


「……そうですね……私は自分の今後を一切考えずに学びの場にいました。あそこは、皇族と縁を繋ぐことや、将来性を見出そうとする者ばかりで、合わなかったのだと思います。多分、私には向上心がない」

「じゃあ、なんで続けてたんだ?」


 学ぶ場は、皇族相手の講義でなくとも、いくらでもあった。それこそ、官学にでも行けば良い。祖母も、無理には続けさせなかっただろう。それでも雲景が続けた理由は――。


「さあ、どうしてでしょうね」


 ガタリ――と馬車が揺れる。恐らく朱家の本邸へと送ってくれるのだろう。


「……ま、教えてくれなくても良いや。明日また迎えにくるから」

「そんなに早く?」

「多分いける」


 多分、と言いつつも少年のしたり顔は確信があるようにも見える。


 ――まあ、左丞相であれば……か。


 雲景は身を任せることにした。今の自身には権威など遠いものだ。遠ざかろうとすらしていた。しかし、何かが己の心の中で蠢き始めているような気もする。


 ――祝融様と向き合って話をすれば、私も何か決められるだろうか。


 特に取り柄もない――強いていうなら、神通力が他より少し優れている程度。

 それでも、友として何か出来るのであれば――。



 第二節番外編 弐 友として 了

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