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祝炎の英雄  作者:
第一章 炎の御子 第二節 不撓不屈

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十五 山神が消えた山 弐

 そこからは激震のようだった。迫り来る大猿の怒涛の勢い。穴を塞ぐように立ち塞がる霍雨を見るなり、怒りを見せ、荒々しい拳を振り上げてきたのだ。まるで、何かから逃げてきたような――切迫した姿に霍雨は疑問を抱きながらも、剣を振るった。


 ――見たことがある……あれは玃猿(かくえん)……だったか。


 山神ではない。軍から退いて久しい霍雨だったが、猛進してくる山魅の中に、自分を此処まで連れてきた強い気配がないことだけは確信していた。


 ――だが、いつまでもつか……。


 実戦から遠のきすぎた。剣は軽いが、気を通し続けることがいつまで続けられるのか。玃猿の振り上げる拳は重く、身体は巨体だ。道幅が狭いお陰で、一体づつの戦闘は功を奏したが、反対に剣の(きっさき)に気を使いながらとなると骨が折れる。

 あと何体いるのか。反響のせいで、正確な数は把握出来そうにない。霍雨は己を奮い立たせ、無我夢中で剣を振るっていた――が、ふと声がした。


「霍雨‼︎」


 御守りすべき、祝融殿下の声だ。同時、暗闇に赤い光が灯った――いや、赫赫と闇を照らしたのは、轟々と燃ゆる炎だ。途端に、目の前にいた猿たちが怯え出す。逃げようと拳が更に荒立つ。力は強いが、隙だらけ。霍雨は更に剣に気を込めた。次々と大猿を蹴散らした――それは、反対側から祝融殿下が猛追もあって、大猿達の攻めはあっさりと終わりを告げた。


「霍雨、無事か」


 そんなことを、十六の青年が真剣な眼差しで問う。 肩で息をして、しかし身体の芯は真っ直ぐだ。怯えてもいない。此処に脅威があるような様子もない。 

 霍雨は全てを察した。

 己が拐われたあと、殿下は全てやってのけたのだと。揺蕩う炎を宿した剣――火は妙に暖かい心地を与える。まるで、陽だまりのようだ。あれだけの猛々しさを目にしていながらも、霍雨が感じたものは確かな安心だった。


「……私はこのとおり、怪我も無い身にございます」


 鉄仮面に似合わぬおっとりとした声で言って、霍雨は背後を指し示した。


「どれだけが生き残ったか――把握はできておりません」

「そうか……」


 酷く寂しげな声だった。初めての経験だ。どうやっても感情が先行きして心が揺れてしまうだろう。炎に映し出された面差しは沈痛の色を示している。そこでようやく、青年が十六という子供に戻った気がした。



 ◆◇◆◇◆



 全ての片がついたのは、山神討伐から三日が過ぎた頃だった。

 生き残りの救助や死亡者に身元の確認及び捜索。

 実際の被害規模の確認。

 仙術士達による、山の精気の流れの調査。

 現地確認や討伐状況、村での損害の確認などなど。

 毛将軍だけでなく、祝融や薙琳も現地での調査に身を徹した。何せ討伐した本人もそれなりの報告をせねばならないので、此処で手を抜くわけにもいかないのだ。特に祝融は、というのもあった。毛将軍と齟齬があると一体どんな追求を受けるのか。不備があって困るのは自分なのである――そう、霍雨から教わった。

 そうしてようやく書き上げた報告書と、現地での協力を終えた頃には五日が過ぎていた。

 その頃にもなると、霍雨の体調は万全となり、皇都への帰郷も問題無しと仙術士からのお墨付きも頂いたのだった。


 そして六日目の朝、早々に立つと知らせていたからだろう。毛将軍が宿まで見送りに駆けつけてくれいた。部下の二人はまだ休ませているらしいが、本当は礼を言いたかったとのことだった。


「此度の任にご協力頂き感謝申し上げます」


 別れ際の毛将軍の姿は、軍服を脱いでいたのもあるかもしれない。部屋へと訪れて早々に、祝融へと向かって揖礼をする毛将軍の姿はは妙に清々しかった。


「早期解決により、被害拡大は防げました」


 そう言って顔を上げた毛将軍に、祝融は椅子をすすめよとした。しかし、それよりも早く、毛将軍はその場に跪いていた。


「昨日の数々の無礼を此処にお詫びいたします。私めの力不足により今回の事件は長引きました。最初から他力本願で殿下をお迎えし、勝手に落胆しました。私は隠そうともせず、不敬罪に問われてもおかしくはありません」

「それは――」


 祝融も仕方がないことと決め、毛将軍への追求などしない気でいた。むしろ忘れていたぐらいだ。しかし、今回、祝融は一武官ではなく、皇孫としてこの場にいる。藍州諸侯や、藍太尉とも対面するに至ったが、どちらも討伐後は城への滞在を求められた。もちろん断った。元々求めてはいない対応の上、軍の関係者と同等の扱いで良いと考えていたからだ。

 だが、それでも毛将軍は報告書に自身の対応を書き連ねたのだと言った。


「私には減俸処分が下ります」

「そのようなことをする必要はないのだが」

「そうはいきません。私が自分を許せない」


 これが、毛将軍にとってのけじめなのだろう。


「祝融殿下、私は皇都での出来事は知り得ません」

「……だが、何かがあったことは察したのだろう」

「ええ、ですが――当てつけの采配でなかったことは確かです。皇帝陛下の慧眼は、祝融殿下の力を見抜いておられたのでは――そう、思います」


 それは、遠方にいる毛将軍だからこその言葉だったのかもしれない。


「私のような一介の武官が差し出がましい発言を致しました」


 毛将軍は最後まで礼を忘れることなく、感謝と敬意を抱いたような顔で、別れを告げていた。

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