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祝炎の英雄  作者:
第一章 炎の御子 第二節 不撓不屈

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十四 山神が消えた山 壱

 霍雨が目が覚めて最初に脳裏に浮かんだ言葉は、「しくじった」だった。

 視界は真っ暗だ。それは何も、意識が呆然としているから、というだけではない。段々と意識が浮上する中で、意識の外側にあるような感覚が音と認識できた頃には、それが呻き声や啜り泣く声だと気づくことが出来た。


 ――ここは……。


 身体は鉛のように重い。山の何かしらの――いや、あの時の状況を鑑みて山神の影響だろうと察する。どうやら思考は動くようだ。だが考えるよりも、頭の中は自分への罵倒で一杯だった。


 ――実戦が久しぶりだったとはいえ、なんとも間抜けだな。


 祝融殿下をお守りする立場であるにも関わらず、真っ先にやられた。それがどうにも情けなかった。


 ――何かが触れたと思った……あの時には遅かったのか……。


 剣を抜いた……はず。霍雨は腰のあたりに手をやると、空の鞘だけが軽々と持ち上がった。どうやら剣は落としてしまったらしい。ますます情けなくなった。 

 だが、いつまでもじっとはしていられない。最初は芋虫のようにもぞもぞと動く程度しかできなかったが、時間が経つと、なんとか身体を起こせた。その頃には、目は闇に慣れ始めていた。

 辺りを見渡すも、どうにも山中ではない様子。木々らしきものが見当たらない。それどころか、壁らしきものが四方八方にある。その壁に背を預けている者が多くいるから、見間違いではないだろう。


 ――ここは……洞か?


 冷えた空間、地面に手をついたが、冷たい岩のようだ。

 辺りには人の気配は、ほとんどが壁に身を潜めるようにしている。伏せっている者もある。流石に顔色までは伺えないが、だがどれも弱っているのか、あまり動きがない。時折泣いているようにも聞こえるのも、気のせいではないのだろう。

 だがそんな些細な音も強く響く。そう広くはない空間ということだ。


 ――高さは二間程度、幅は三間程度。入り口があるかどうかは、もう少し動いてみなければわからないな。


 霍雨は立ち上が廊下迷った。まだ万全ではないとおいのもあるが、まだ気にかかることがあった。


 ――私だけが捕まった……いや、確か先に一人……。


 一緒に攫われたであろう兵士は何処だろうか。いやそれよりも、祝融殿下は捕まってはいないだろうか。霍雨にとっては、今の自分の状況などよりも、姜家という主人の身の方が心配だった。


 ――洞の中では時間もわからない。


 さてどうしたものか。龍の目はある程度、闇でも使えるが、獣人族ほどの鋭敏な感覚ではない。しかも今は洞の中。下手に龍へと変じることもできないだろう。

 しかし、不可思議なこともある。何者かに連れてこられたはずだが、その何かの気配らしきものはない。あるのは、攫われた時に感じた腐敗の臭いだ。しかも、その臭いとは別に、血と肉が腐ったような臭いもある。あまり考えたくはないが、近くには怪我人がいる――あるいは死体があると考えるべきだ。もしかしたら何かしらの食べ残しという可能性もあるのだがが。まあ、自分がその食事の一部である可能性も否定できない。


 ――兎にも角にも動くしかないか。


 どうやら今は、辺りには山魅のような気配がない様子。霍雨が立ちあがろうとした、その時だった。


「……朱……霍雨様、」


 背後から、呻く男の声がした。なんとなくだが覚えがある。どうやら、視界に入らなかっただけで近くにいたらしい。振り返ると、地面に這いつくばるようにしている兵士が一人。毛将軍の部下の校尉らしき男だ。


「怪我は?」

「ありません……ただ……目眩が続いていて……」

「山神の力の影響だろう。慣れれば問題はない」


 霍雨もまだ、気怠い感覚が残っている。が、過去の経験則が、我慢すれば良いという思考に至らせているだけだ。


「ここは一体……」

「恐らくだが、山神に連れて来られたのだろう。近くにいる人間は村人の生き残りの可能性が高い……今ひとつ反応はないが」

「……あの、蘇……従卒の男を見かけませんでしたか……先に消えた……」


 言われて、霍雨は目の前の男が自分と同時かその後に消えたのだと気がつく。


 ――先に消えたのは別の男か……人の顔は見分けづらい……。


 辺りを見渡すも、転がってる人間がいくらかいる。鎧を着ているのもだ。


「……あそこらへんに転がっているのがそうではないか? お前は動けるのであれば、そこらの人間を見て回れ。私は出口を探す。武器はあるか?」


 男は動きにくそうに腰に手を伸ばす。カチャカチャ――と、金属特有のの音がする。


「あります」

「そうか、非常時には抜け。何が起こるかわからん」

「霍雨様は――」

「私は落としたらしい。そこらに剣が落ちていると良いのだが――いや、転がっている兵士から拝借するか」


 生きているかどうかもしれない兵士を見やる。今動けないのであれば、生きていたとて無用の長物だろう。有効活用させてもらおうと、霍雨は近くの男のそばへと近寄った。男は気を失っているだけだが、誰かまでは不明だ。暗闇でどうにも見え難い。が、一々、生きているか死んでいるかを気にしていると、時間が取られるだけだと剣だけ抜いた。


「霍雨様、その村人の確認を……」

「あとだ。今下手に騒がれると余計に危険な上、こちらの動きが制限される」

「確かにそうですが……」

「状況の確認が先だ。ここが大人数を連れて逃げられる場所とは思えんしな」


 何より、早く殿下と合流しなければ。霍雨は頂戴した剣の刃を確認しながら、肩慣らしの容量で軽く振った。


 ――少し軽いが、まあいいか。


 直刀両刃、刃が薄い。山神相手に太刀打ちできるかは、己の気次第だろう。


「お前はここに残り、動ける兵士を探しておけ。できる限り静かにな。此処にいる生き残りが村民かどうかは不明だが、あの様子からして動けんのだろう。今はまだ下手に希望は持たせるなよ、余計に寿命を縮ませるだけだ」

「……お一人で出口を探すおつもりですか」

「とりあえずは探るだけだ。出口があるかどうかもわからんからな。何せ相手は山神だ。神通力ぐらい持っているだろう。だからこそ、我々はここにいるわけだしな」


 校尉は不安そうにして、なんとか身体を起こすと辺りを見回した。多少は目が慣れてきた様子……とはいえ、只人の目だ。それが兵士でどれが村民かの区別はつかないのか、どうにも落ち着きはなかった。


「見えないのなら――」


 そんなことを言いかけた時だった。霍雨の背後にあった洞の穴の辺りから音がする。遠くからの反響だが、大慌てで駆けているように忙しなく響き続けている。段々と近づくそれに、霍雨は剣を構えた。


「戦えるか」

「……山神でなければ」


 校尉は不安そうにいう。山神であれば手も足も出ないのは、既に経験済みだからだろう。


「ならば安心して良い。恐らく獣だ」


 霍雨は穴の方へと近づく。校尉はできる限り背後で援護をしろと命じて、剣を構えた。

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