ep.90 線香花火
第三学年 七月五日 月曜日
武庫川河川敷
長らく続いた梅雨もようやくなりを潜めたようだった。
待ちに待った初夏、一文字らは花火大会開催と意気込み武庫川へとやって来たのだ。
「風情を持ってきたで」と白地に多彩な水玉が漂う浴衣姿の林が言った。
雰囲気づくりのためと、女性陣は浴衣を着て来たのであった。
一文字はちらっと佐那を見やった、紫の生地に清楚に咲く朝顔を纏った少女はあまりにも可憐で、思わず自分とは次元が違う領域の人ではないかと、この人が本当に俺に気があるのかと、不安にさえなってしまう。
「おい一、この地獄極楽8連発って奴をぶちかまそうぜ」
正輝が大筒系の花火を片手に息巻いている。
ど派手な花火は一文字も嫌いじゃない、ノリノリで意気投合して着火するや、赤、青、黄、緑、白・・様々な色の大輪が夜空に咲いた。
「うわ~綺麗やな~」佐那ら女性陣もうっとりと見とれているようだ。
「こっちも行くで!」
林が地面に置いてある花火に火を着けると噴水のように火花が飛び散りはじめた、
「イヤッホー!」
その上を銀平が飛び蹴りで越えていく、七色の火花を背景に浮き上がったそのシルエットは極端に足の短さを強調させ滑稽だった。
「こっちもやるで、」と、女子らが手持ち花火を始めると、パッと鮮やかな色彩が咲き乱れる。
その光景にああ日本の風物詩だなと一文字はしみじみと感じてしまった。
「あち!」突如、一文字の横っ腹に痛みが走った。
「オラ、岡一文字、俺らはいつでも戦場や、油断しとったらあかんぞ!」
正輝がロケット花火を一文字に向けてぶっ放し始めたのだ。
「このやろう!」とばかり一文字も応戦開始。
二人が文字通り火花散らす激戦を繰り広げる中、
「あいつ、何やっとんねん!」
いつの間にか女子と手持ち花火で馴染んでいた永嶋に集中砲火が向けられる。
堪らず、逃げ惑う永嶋、それが面白く手を組んだ一文字と正輝は執拗に追いかけ廻してあげた。
視線の横では自分で放った大量のねずみ花火に追いかけられている銀平の姿があったが、そこはあえてそっとしておいてあげた。
佐那が青白い火花を散らす手持ち花火で大きな輪を描くと川本が黄色いS字を書く、それじゃあと村瀬が紅い蝶を描くと林が天使降臨とかいいながら頭上で花火を振り回す。
キャーキャー言いながら女子らは飛び散る火花を避けるために蜘蛛の子さながら散り散りに逃げ惑う。
そんな様子を見ていた一文字は、林は女子の中ではポスト正輝なんやなとしみじみ思った。
(あれ?線香花火?)
ちょっと目を離した隙に人目を避けるように永嶋が一人、線香花火をはじめやがった。
(いつも地味な奴だが、なんか、今日は一段とテンションが低いような気がする)
そういえば学校でもそうだった。どこか青ざめて口数も少なく、何より唯一の取柄であるツッコミさえ全くキレが無かった。
(何かある・・・)一文字の第六感が疼いた。
皆、一段落着くと線香花火に興じようとわらわらと永嶋の元へと集まっていった。
永嶋の哀愁漂う姿が気になった川本が冗談ぽく言ってみた。
「永嶋君、男一人で線香花火なんかやってたら、ちょっと怖いよ」
「え、そ、そう・・・」
(反応わる!)
そこにいた誰もがそう思った。
真相を炙り出すため一文字は直接撃って出た。
「おい永嶋、なんか今日、ずっとテンション低いけど、どないしたんや?」
「体の調子でも悪いん?」
「いや、その・・・」
気遣う村瀬の言葉にどこか動揺しているような感じさえする。
奴はいったい何を秘めているというのか。
「なんや、なんや、男やったらはっきりせんかい!」
燃焼しきらない永嶋に勝手に業を煮やした正輝が怒鳴ったのだ。
「男やったらか・・・」
夜の闇の中、青ざめた顔でぼそっと呟く永嶋はやっぱりなにか異常だ。
再び正輝が声を掛けようとしたとき、永嶋が反応を示した。
「とりあえず線香花火でもしようや」と、
(うさんくさ!)
誰もがそう思ったがとりあえずその言葉に従った。
パチパチとした愛らしい光を放つ線香花火は、繊細な日本の味を醸し出し、見るものを幻想的な世界へと連れて行ってくれるようだ。
その光景に皆が酔いしれていたとき永嶋が静かに口を開いた。
「こういうのは俺の性分やないねんけど、あえてここで言いたいことがある」
皆、瞬時に視線を永嶋に向けると次の言葉を待った。
永嶋は相変わらずこわばった表情を張り付かせていた。
永嶋は、一時、瞳を閉じると大きく息を吐く、そして開いた瞳には覚悟の光が灯っていた。
それこそは彼が人生の中で創り上げた光だったのだ。
永嶋が言った。
「今から三年前のこの日、俺はある人に告白して、そしてフラれた」
(えーっ!)
永嶋の唐突な言葉に皆が絶句した。
この手の話が出てくるとは誰も思いもしなかったのだ。
いやそれ以上にこの手の話を絶対にしたがらない男だと認識されていたからだ。
驚きに呑まれるみんなをよそに永嶋は静かに語る。
「フラれた時、俺は自分に何が足りないのかその人に聞いてみた。
その時、その人はこう言った、外見とか、勉強出来るとか、腕力あるとか、そんなことを求めてるんやない。
理屈やなく、ただそばにいるだけで安心をもらえる様な、頼れる人ならばと・・・」
「三年待ったげる、その時に頼れる人になっていれば、私から告白してあげるって確か言ったかな」と続けたのは林だった。
予想も出来ない急展開に一文字、佐那、正輝、銀平、川本、村瀬、その場に居合わせた者全ての時間と顔面が硬直した。
そして何より、そこには幻覚ではない一人の女性としての林がいた。
月光に照らし出された林は穏やかな調べで言葉を紡ぎだした。
「三年間、勉強、合気道、友達付き合い、無理して必死に挑戦してたね。
今年の二月なんか、顔腫らして学校来たやんか。
アンタは頑なに何も言わんかったけど白山君からは話聞いてたで。
ほんまに頑張ったな、ほんまにすごいと思う。
でもそれだけやない、あれからの三年間、いつでも私を見てくれていたこと、私は知ってるで、ほんまにありがとう」
柔らかな笑みを浮かべる林は、永嶋をじっと見据えて静かに言った。
「勝君、私と付き合ってください」と、
緊張にこわばっていた永嶋の顔が安堵と喜びで緩んだ。
と同時に再び動き出した時間の中で皆が歓声を挙げ、線香花火で二人を祝福したのであった。
パチパチと咲く光の絨毯の中で照れながら微笑む永嶋と林、それを自分のことのように喜ぶ佐那の横顔を見やって一文字はふと思った。
(頼れる人になっていればか、俺は佐那にとって頼れる人なのだろうか・・・)
林が冗談まじりに言った。
「どうせやったら、三年と二日待てばよかったわ、そうすれば織姫やったのにな」と、




