ep.87 漢のチキンレース
第三学年 五月十六日 日曜日
武庫川河川敷
初夏の太陽の下、腕を組み自転車に跨る正輝が言い放った。
「ええ天気やな、まさに勝負日和やな」
「おう、ほんまやな、これこそ男の勝負や、なあ、銀ちゃん」
「いや、俺はほんまはやりたないねんけどな」
一文字の振りに銀ちゃんは、どこかへこみ気味な笑みを浮かべた。
永嶋に至っては、諦めた様子でうつむき口さえ開かない。
そう、彼らは自転車で猛ダッシュして、河川敷ギリギリで止まる距離を競い合う、漢(男)のチキンレースを敢行しようとしていたのであった。
「だいぶ暖ったかなってきたけど、まだ水は冷たいんちゃうかな」
「せやね、でも、それ以前にほんまにあほやと思わへん」
「ほんまやね、たぶん一生治らへんやろうけど」
「まあ、でもそこがええとこかも知れへんよ」
「友里は、優しいな~」
そう言いながらケタケタと笑う林を見て川本はふと冷静に思った、
(とか言いつつもギャラリーに来る私らも、結構、あほなんかな)と、
ともあれ、男達は思い思いに愛車と共に勝負の時を待った。
川本は思う、ママチャリに跨る男四人の後ろ姿は滑稽だと。
勝負の時が近づく、気を練り、男達の眼光は鋭さを増す、その顔は勝負師のものとなる。
「ブルン、ブンブンブン、ブルン、ブンブンブン」と言いながらバイクに見立ててママチャリのハンドルを真顔で回す銀平は異様な奴だった。
正輝が気合の入った声で叫んだ。
「佐那、いつでも合図せえや!」
「え、私なん、」
不意をつかれた佐那は、驚き、頭を撫でた。
そして気を取り直して叫ぶ。
「じゃあ、行くで!」
ザッ、一斉にペダルに足を乗せ、ハンドルを握り締める。
川の流れる音がする、鳥のさえずる声がする、遠くで原付の排気音がする。
「レディ~」
佐那の声に合わせて、ペダルに乗せた男達の足にグッと力が入る。
「ゴ~!」
合図と共に、男達は一斉にペダルこぎ始める。
鬼の加速、泣く子も黙るほどにみな全力だ。
川まで五メートル、誰もブレーキを掛けない。
三メートル、誰もブレーキを掛けない。
ニメートル、一・五メートル、キキーっとブレーキの音がする。
五十センチ、永嶋が止まると同時にキキキキーっと一斉にブレーキの奏でる金属音が鳴り響く。
ザザザッ、地とタイヤが織り成す摩擦音と砂煙の中、容赦なく前輪が飛び出し、負けず嫌いな三人はそのまま川へとダイブした。
「おかあちゃ~ん!」
(え、今のだれ?)と思いつつも、とにかく今はそれどころではない。
「大丈夫?」とばかりに佐那らが駆け寄ると水の中でやけに元気にもがく一文字らがいた。
「あっ、つめて~!」
「おい、一、チャリ早どけろ、邪魔や!」
「あかん、ごっつい水飲んでもうた!」
「うわ!ごっつい蟹がおるぞ!」
「一、訳分からんこと言っとらんで、早どけんかいボケ!」
勝負の結果、思いっきり安全圏でブレーキを掛けた、ヘタレ永嶋が優勝したのだった。
林は両手を広げると呆れ口調で言った。
「しょうもな、はよ、ボウリング行こ、」と、




