ep.84 六甲山牧場3
ケーブルカーで六甲山を下った後、「帰るまでが遠足」という体育教師・原田の恥ずかしいセリフと共に阪急六甲駅前で解散となった。
帰りの電車の中、皆、はしゃぎ疲れたのか、言葉数は少なく、ガタンゴトンと電車の振動音がやけに耳に届いてくる。
そんな状況に退屈を覚えた一文字は、隣で吊革を手に立つ永嶋の耳元でそっと囁いた。
「なあ、どっちが車掌上手いか勝負しようぜ」
「ええって」
「なあ、車掌勝負しようぜ」
耳元で執拗に迫る一文字を、頑なに拒む永嶋、一文字は仕方ないので、勝手にはじめることにした。
「みなさま~、ご乗車~、ありがとう~ございます。次は~、おかもと~おかもと~に、停車いたします」
「もう、ええって」
「次は~、おかもと~おかもと~で、ございます」
「もう、ええって!」
執拗に続ける一文字の頭を永嶋がひっぱたいたのだった。
二人のあほなやり取りを永嶋の隣に立って見ていた佐那は、頬を引き攣らせながら必死に笑いを堪えた。
電車の振動音が響く、見慣れた車窓、たいして面白みの無い電車の広告、続く沈黙、またも退屈を持て余した一文字は、そっと永嶋の足を踏んでみた。
「踏んでる」
永嶋は視線を窓の外に向けたまま、無表情でそう呟いた。
「あ、すいません、気づきませんで」
一文字は、慌てふためいた様子で、大袈裟に何度も何度も謝りながら足を引っ込める。
そして、舌の根も乾かぬうちに、そっと永嶋の足を踏んでみた。
「踏んでる」
先程と同様に永嶋は視線を窓の外に向けたまま淡々と呟いた。
「あ、すいません、気づきませんで」
これまた同様に、一文字は慌てふためきつつ、大袈裟に謝り足を引っ込める。
そんな一文字と永嶋のまぬけなやりとりを隣で見ていた佐那は、ふと、参加してみたくなり、そっと永嶋の足を踏んでみた。
(え、よりによって三回目に!)
瞬間、一文字の脳裏には驚きとともに一つの関心事が芽生えた。
(三回目は、ツッこまれる間や、そんなこと知らん佐那を相手に永嶋はどうでるんや?)
「踏んでるわ!」
叫び声とともに、永嶋は容赦なく佐那の頭をひっぱたいたのだ。
「痛っ!」と頭を押さえながらも、この新鮮な出来事に佐那は驚き、笑っていた。
「うわ~、今のツッコミは容赦無いな」と、言った棚橋に永嶋は堂々と言い放った。
「女、子供とて容赦はせん」と、
(神?)
もはや奴に聖域などは存在しない。
そう、永嶋のツッコミは神の領域に入ったのだ、一文字はそんな永嶋さんに尊敬の念を抱かずにはおれなかった。
(岡の車掌は、声の鼻に掛かり具合が絶妙やったな)などと、くだらない事を考えながら家のトイレで用を足していた永嶋は、ふと、自分に挑戦してみた。
「次は~、おかもと~おかもと~で、ございます」
(あほちゃう、)
トイレの前を通りかかった、美佳はうんざりした気持ちでいっぱいだった。




