ep.85 あの日のファーストコンタクト
第三学年 四月二十四日 土曜日
川西市一庫公園(一庫ダム)
「俺の彼女になってくれへんか?」
「え、」
それは、いきなりの告白だった。
眼前に広がる湖に向けていた視線を戸惑う佐那に向け、正輝は再び言った。
「俺の彼女になってほしいんや」と、
爽やかな風が吹くと一面に広がる芝生がサラサラと揺れる、辺りに響き渡る子供たちの声は、二人には届かない。
佐那は正輝の真剣な眼差しを、見つめ返して静かに言った。
「ごめんなさい、私は、付き合えへんねん・・・」
正輝は空を見上げてゆっくりと息を吐くと、再び佐那を見やり照れたように微笑みながら言った。
「そうか、じゃあ、しゃあないな・・・」
申し訳なさそうに、瞳を曇らせる佐那に正輝はいつもと変わらない明るい口調で言った。
「なんや、暗い顔すんな、それは俺の役目のはずやろ」
「ご、ごめん・・・」
「謝んなって、それよりびっくりしたか?」
「うん。でも、なんとなく、そうなんかなって気もしてた、」
「ほんまかって、そりゃ、二人きりで、急にバイクでこんなところに連れて来られたら予想もできるわな」
「うん」
「暗い、暗い、この話はここまでや。そうや、前から聞きたかったことがあんねんけど」
「何なん?」
どこか緊張を孕んだ表情の佐那を、少しでも安心させようと正輝は自分なりに優しい表情を心掛ける。
「俺と佐那のあの最悪なファーストコンタクト覚えてるか?」
「うん、覚えてるで、あの時は・・・」
「あの時、佐那の髪掴んでた俺の手の小指を折ろうとしてへんかったか?一が叫んで俺の手が緩まんかったら折るつもりやったんか?」
佐那は大きく瞳を見開き、あからさまに驚きの表情を浮かべた。
「知ってたん?」
「やっぱりな、あの時、一の声に救われとったんは俺のほうやってんな。それにしても容赦ない女やな~」
「ごめん・・」
「だから謝んなって、言うても俺は強いからな、そうでもせな隙をつくれんかったんやろ」
「うん」
「素直なやっちゃな~、まあええ。それより気になったんは、なんで最後はあんなに簡単に俺の腕を放したんや、あの状態からやったら俺の腕持っていけたやろ」
正輝はそう言いながら自分の太い腕をピシピシと叩いてみせた。
佐那は小さく頷き、静かに言った。
「拍子を知ること」
「ひょう・・え、何?」
「拍子を知ること」
「なんやそれ?」
「拍子を知ることとは、宮本武蔵が五輪の書に書き記した兵法の基本であり究極的なもの、用いたのは私なりの空の拍子」
「空の拍子?」
「相手の拍子を見抜き、相手が考えもしない拍子によって勝ち、危機を脱する」
「なんや分かるような分からん話やな」
「うん、せやね。実は私もよう分からへんねん。ただ、あの時はとっさに、ああしたらお互いが傷つかずに済むような気がしたから」
「相手の拍子を知るか。相手の考えというか行動というかを予測するってことか?ってことは俺はそんなに単純なんか!」
「せやね、かなり分かり易いかな」
佐那はそう言うと悪戯っぽく笑った。
そこに正輝の笑い声が重なった、互いに辛い笑い声を上げていたものだ。




