ep.82 六甲山牧場1
第三学年 四月十六日 金曜日
六甲山牧場
見渡す空は、雲のひとつやふたつはあるものの、よく晴れた遠足日和だった。
目の前に広がるのは、青々と茂る芝生と一心不乱にそれを喰らう羊どもの群れだった。
「岡家の玉子焼きは、味が薄過ぎるな、調味料のイロハを知れ」
「白山家のミートボールは、明らかに市販されたもん丸出しやな、愛情が足りん」
「永嶋家のは、飯の量が少なすぎておかずが余る、非常にバランスが悪い」
「棚橋家のは、全体的にまずい」
「まずないわ!」
広がる芝生の上で一文字、永嶋、棚橋、正輝の男四人は円陣を組み、互いの弁当を酷評し合っていたのだ。
作った親にすれば「ほっとけ!」と言いたいところであろう。
「おった、おった、また、しょうもない話してるわ」
早口のするほうに振り向くと、林、佐那、川本、村瀬の姿があった。
「こんなええ天気やのに、ここだけじっとり湿っぽかったから、春を持って来てあげたで」
「俺らは梅雨か!」
「はい、開けて開けて!」
棚橋の精一杯のツッコミをほったらかしに、林は永嶋と正輝の間に強引に割り込んで行く。
相変わらずすごい女だ。
ふと一文字に可愛らしい声が掛けられた。
「ここいい?」
村瀬だった。
正面から目と目があった、こんな状況、いつ以来のことであろうか。
微かに鼓動が揺れるの感じた。(平静に平静に)
「ええよ」と一文字が応えると村瀬は微笑み、隣に座った。
二年前なら単純に嬉しかったであろうが、今はどこか複雑な気分だ。
すぐ近くには、佐那が正輝と他愛も無い話で笑いあっている。
そう、今は関係の無いことなのだ。
村瀬とは面識の薄い正輝が言った。
「このメンツも、あまりにも長い間、一緒やったから古ぼけた感があったけど、村瀬さんが来たから、なんや新鮮さを取り戻したな」
「なんや私らが、カビたみたいな言いようやん」
「いや、そういうつもりやってんけど」
頬を膨らましてクレームをつける川本に、両手を開いてふてぶてしく応じる正輝のでこに、「獲れ獲れピチピチや」と勢いよくツッこんだのは、林だった。
過去の経緯を何も知らない正輝は調子に乗って村瀬に言った。
「俺が見たところ、村瀬さんは一の好みのタイプやからな、ちょっかい出してくるかも知れんから気をつけたほうがええで」
「そうなん、じゃあ、気をつけるわ」と冗談ぽく微笑む村瀬の陰で、真顔でひっそり笑う永嶋を殺したかったが、すぐにそれどころでは無くなった。
過去を思い出し、どことなく動揺する一文字に、林が鋭利なナイフを突き立てたのだ。
「岡君、なに動揺してるん?さては、ほんまに狙ってるんとちゃうん?」
「あほ、動揺してへんわ、そんな訳ないやろ」
「まあ、そうやんね」
(何、この簡単な引き下がりかた・・・)
返って気味が悪い。
メエーメエーと羊が啼くのどかな昼下がり、談笑の中で楽しい食事が進む、そんな中で一瞬生じた間を嫌った正輝が、一文字に突然振りやがった。
「一、ここは一発、絶対にすべらへん話でもせえや!」
「あほ、そんなんあるか!」という一文字の反論は、皆の温かい拍手にかき消された。
皆が笑い待ちをするプレッシャーの中で一文字は唇を切った。
「あれは、去年の夏やったろうか、俺は親父と武庫川に毛ばりでハスを釣りにいったんや。
一時間、俺も親父も、全くあたりが無くてな、飽きてきたからそろそろ帰ろうかとか言ってるときやった。
「あたりが来たぞ!」誇らしげに叫ぶ親父の竿が動きよるねん。
ただ、不思議なことに針の先に魚影が見あたらへん、親父は嬉しそうに引き上げてみたけど、やっぱり魚はおらへん。
おかしいなと首をかしげた時やった、なんや毛鉤がピクピク動きよるねん、「なんやこれ?」と驚いてよく見てみたら、毛ばりよりちびっこい魚が針の先端に引っ掛かってピチピチ跳ねとってん!
俺は生まれて初めて針より小さい魚が釣れるのを目撃したな」
「長いわりには・・・」
笑いが来るか微妙なときだった、
「あ、なんやこいつら!」
「ちょっと、ちょっと!」
「うわ、小便、掛けんなよ!」
「うわ、あぶな!今、俺、玉踏まれそうになったって!」
「嘘つけ!」
「ほんまやって、今、俺、玉踏まれそうになったって!今、俺の玉、」
「もうええって!」
メエーメエーと、笑いの代償ばりに、弁当に惹かれた羊どもが殺到してきて、その場はグダグダになった。




