ep.77 頼れる人2
(頼れる人になっていれば? こんな俺が頼れる人か? 友を見捨てて自分だけ逃れようとしている俺が? 俺はこれまで何をしていた? 頼れる人? 何のために今まで?)
「はい、一発、二発、三発!」
荒々しい狂気の声と共に男達の拳が唸り、正輝は血反吐を吐く。
(頼れる人? 男として? いや、武人として)
「三人掛かりは・・・」
絞り出したつもりだったが声にならなかった、
(冷静に、冷静に・・・)
息を吐き、大きく吸う、そして覚悟の気迫!
「やめろや!三人掛かりで無抵抗な奴に手をあげるのは卑怯やないか!」
時間が止まった。
殴る男達、殴られる男、叫んだ男、瞬時、全ての時間が止まった。
四人の視線が一斉に注がれると、永嶋は静かに、そして堂々と言い放った。
「三人掛かりは、卑怯や、まして、無抵抗な人間相手に、」
予想だにしなかった永嶋の行動に一瞬呑み込まれたが、すぐさま自分を取り戻した前川は、氷の笑みを浮かべて言った。
「よく聞こえんかった、もういっぺん言ってくれへんか?」
「三人掛かりは、卑怯や、まして、無抵抗な人間相手に、」
永嶋に一切の怯みは無い、それだけに前川は苛立ったが、これからの楽しみのため敢えて冷静な口調を保った。
「そうやな、無抵抗な奴相手に三人掛かりは卑怯やな、」
そう言うや、額に指をあててわざとらしく考えた振りをする。
少しして、名案がひらめいたかのように両手を合わせると永嶋に冷たく言い放った。
「そうや、それやったらタイマンはろうぜ、俺とお前で」
「あほな!そんな話に乗るな、ええな、絶対のるな!」
例え性根が腐っていても、前川は、喧嘩、喧嘩の日々を過ごした百戦錬磨の男だ。
到底、永嶋がやりあえる相手ではないのだ。
正輝の制止をよそに永嶋は言った。
「白山、分が悪いの分かってる」
正輝は思わず声を失う、永嶋の瞳は覚悟の色を湛えていたのだ。
それは、はじめてぶつかりあった時、佐那が灯していた瞳の輝きと同じものであった。
永嶋は前川に向き直り言った。
「どっちが勝っても、これで終わり、今後も一切無し、それなら受けるで」
「へえ~、勇気あるねえ、ボク。それでええ、その代わり死んでも文句無しやで」
前川は、眼を以前にもまして怪しくギラギラさせながらすっと両拳をあげた。
対する永嶋は、左半身の自然体となる。
数秒の膠着、一気に勝負を決しようと前川が仕掛ける。
(こんな雑魚、一発で終わりや)
勢いよく突進し、間を詰めると大振りの右ストレートを放つ、永嶋は後方に移動し、かわす。
(運がええな、せやけど次で終わりや!)
さらに突進力を増す前川、再び間合いを詰めると、右左の連打を繰り出す。
(今や!)
永嶋は左前方に素早く入り身してそれをかわすと、すかさず前川の後ろ襟を握り自分の肩口に引き付けた。
「永嶋の奴、ええタイミングで入りよったな、そのまま刈れ!」
永嶋は空いた腕で前川のアゴを持ち上げるように刈り、後方へと投げる。
「うぐっ!」前川の呻き声とザザッというアスファルトを擦る音が重なった。
ビビって縮こまるだけだと思っていた永嶋の予想外の反撃に、前川は驚いたが、すぐに気を取り戻すと鋭い眼光で永嶋を見上げた。
視線の先で、永嶋が言った。
「終わりにしませんか?」
「あほか!喧嘩はスポーツと違うんじゃボケ!どっちかがくたばるまで終わらんのや!」
前川は素早く立ち上がると、前回し蹴りを放つ、とっさに永嶋は後方に避ける。
(このガキ、マウントでボコったる!)
苛立った前川は、永嶋の腰にタックルで掴みかかり、がっしり組み付くと後方に倒そうと力強く突進する。
「おらあああ!」
「ううううう・・」
永嶋はヨチヨチとふらつくも必死に堪えながら、左手で前川の右腕を抱え込み、右手で腰の中心部あたりのベルトを握る。
「このへなちょこが!」
怒声と共に前川がさらに力を増し突進すると、永嶋は後方に倒れ込む。
(見さらせ!)と前川が思った時だった。
永嶋は脛を前川の内腿に当て、ベルトを引き込み、背中が地面につくと同時に足を押し上げ、頭越しにぶん投げた。
「よっしゃ、捨て身の引き込み返しや!」
正輝が熱狂的に叫ぶ中、前川は宙を舞い、再び背中から叩きつけられた。
激痛という衝撃が走り、一瞬呼吸ができず動けない。
その隙に永嶋は後方に一回転、前川の腹の上に腰を落とした。
いわゆるマウントポジションである。
すっと拳を振り上げ、永嶋は言った。
「終わりにしませんか」と、
呼吸を取り戻した前川は、怒りに震える刃のような眼光を、永嶋に向けつつ鋭く言った。
「そんなに終わりたいんか?」
「できれば終わりたい」
「正直、お前がここまでやるとは思わんかった、じゃあ、終わりにするか?」
永嶋は頷き、心に安堵が生まれた瞬間だった。
「あほ、油断すんな!」
正輝が叫んだ瞬間、永嶋の額から勢いよく鮮血が舞った。
「うああああ・・・!」
激痛の中で永嶋は額を抑えて地に転がると前川の手には紅く輝くメリケンサックが握られていた。
堪らず正輝が叫ぶ。
「前川、卑怯やないか!」
「卑怯?喧嘩ってのはこういうもんやボケ!」
はき捨てるなり、地面に這いつくばる永嶋の腹に、容赦のない蹴りを放った。
「うああ、うっ、うああ・・・!」
(あかん、とにかく助けんと)
正輝が一歩踏み出しとき、前川は正輝を一瞥して警告した。
「なんや、俺とこいつの勝負に水を指すつもりか?もし、そんなんしたら、こいつとの約束は破棄せんといかんな」
恐怖の中、戦い、そして今は耐え忍ぶ永嶋、
(ここで下手に手を出して、永嶋の想いを水の泡にすることはできない)
正輝は唇を噛み、震える拳をぐっと握り込んだ。
「オラオラ死なんかいボケ!」
容赦のない蹴りを何度も何度も叩き込む前川、
「あ、が!」言葉にならない声をあげ、のたうちまわる永嶋、
「オラオラ、もう終わりかボケェ!根性ないのう!」
腹を蹴り、腹を蹴る、永嶋が堪らず両手で腹を庇うと、容赦のない蹴りが顔面に叩き込まれた、鼻と口から血が飛び出した。
うつ伏せになってうずくまり、なにやら呻く永嶋、その傍らに立ち冷ややかに見下ろし前川は言った。
「おどれの負けや!泣いて詫びいれんかい!」
返事をしない永嶋、いやできないのか、再び腹に蹴りを叩き込む。
「弱いくせにしゃしゃり出てくるからや、このボケが」
苛立たしげに吐き捨てると、ポケットから煙草を取り出し火を点けた。




