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ep.76 頼れる人1

 第二学年 二月六日 土曜日

 宝塚市内某所


 合気道の練習を終えた正輝は、「ちょっとビリヤードに付き合えや」と、永嶋を誘い、馴染みのプールバーへと向っていた。


 この日の夜空は、月が雲にひそみ、いつにも増して冷たく暗かった。


「この前は、油断しとったから負けたんや、今回は初めから全力でいくで」


「この前もここから全力やとか言って、一回も勝てんかったやんけ」


「そうやったっけ?まあええ、今日の俺は今までの俺とは違うで」


「まあええわ、一時間だけやで、今日はスキヤキやからはよ帰らなあかんねんから」


「いつの理由やねん、」


 馬鹿話をしながら歩く二人を、夜道の陰に腰を降ろしていた男が見ていた。


 男はその方向を指差し仲間の男に言った。


「前川さん、あれ白山やないですか?」


 前川と呼ばれた坊主頭の男は、指先の方向に憎々しげにガンを飛ばすと、勢いよく唾を吐き言った。


「こんなとこで会うとはのう、あんガキ、殺したら」



「とにかくスキヤキやから、俺は早く帰るで」


「まあええ、一時間あれば充分や」と正輝が応じた時だった。


 突然、背後から声が掛かった、それは聞き覚えのある不吉な声だった。


「白山君、久しぶりやん、元気やったか~」


 振り返る、そこにはチカチカと点滅する街灯の下で陰険な笑みを浮かべる前川がいた。


 爬虫類のような表情、目はまるで笑ってはいない。


 前川の後ろには体格のいい男が二人控えている。


 こいつらも知っている。前川の腰巾着だ。


 言葉を失う正輝に前川は続ける。


「なんやお友達とお散歩かいな、えらい真面目そうな子やけど、そんなお友達がいたん?それとも白山君、お勉強にでも目覚めちゃったん~?」


(俺だけやったらともかく、永嶋がいるときに・・・)


 横目で永嶋を見やると、明らかに青ざめ、寒さとは異なる感覚に小刻みに震えている。


 その様子に気付いているのだろう、優位にある者が持つ残酷な響きを帯びた口調で言った。


「ぼく~、お兄さん達はこれから白山君と遊ぶねんけど、ぼくも一緒に遊んでくれるやんな、まさか白山君だけを置いて行っちゃうなんて言わんといてや」


 永嶋は何が何だか訳が分からない。


 ただ、危ない人に絡まれていること、その人が白山となんらかの関係があること、そしてその関係は険悪であること、これらだけは確かだと理解できた。


 緊張に縛られ言葉がでない永嶋に代わり正輝が言った。


「こいつは関係ないやんけ、遊びたいんやったら付きおうたるから、こいつは巻き込まんといてくれ」


 突然、前川は白山の頬をピシャリと打った。


「一緒に遊んで下さいやろ!言葉、きいつけんかいボケ!」


「・・・・・・」


 沈黙で睨みつける正輝、前川の眼も鋭さを増し、妖しく輝く。


 明らかに分が悪いこの状況、永嶋だけは巻き込みたくない、正輝は堪え、怒りに震えながら言った。


「一緒に遊んで下さい、こいつは巻き込まんといて下さい・・・」


「聞こえんわボケ!はっきり言わんかい!」


 再び頬を打たれる正輝、怒りかヤケか自分でも分からないが、大声で言った。


「一緒に遊んで下さい!こいつは巻き込まんといて下さい、お願いします!」


「この根性なしの言葉、お前ら聞いたか?」


 前川が愉快気に後ろを見やると、仲間の二人もニヤニヤと笑い応じた。

 その笑みは正輝を嘲笑うというよりも前川に媚びたものだった。


 気をよくした前川は、より支配者の響きを強めて、冷たい表情で言った。


「せや、ええこと思いついた。白山~、十分だけ俺らのサンドバックになってくれへん。気い失わんかったら二人とも釈放したる。勿論、このボクにも手えださへん、どないや?」


「十分、いや二十分、サンドバックになるから、こいつは今すぐ解放してやってくれ」


「ほお~、男やのう。じゃあ、まずは五分耐えたらボクを逃がしたる。これ以上は譲る気ないで」


「分かった、じゃあ、こいや!」


 正輝が気迫の一声をあげると前川ら三人が、取り囲む、これから人間サンドバックという名のリンチがはじまるのだ。


 正輝と前川のやり取りを恐怖と驚愕の中で呆然と聞いていた永嶋はギリギリに追い詰められた心中で思った。


(俺は助かるんだろうか・・・、正輝はどうなる・・・、正輝が助けてくれたんか・・・、いや、そもそも俺は関係ないやんけ・・・、俺は助かる!)


 前川は正輝の胸ぐらを掴むと手始めとばかり平手で頬を打ち始める。


 数回打つと掌が痛くなったか、拳で鼻を殴りつける。


 鼻からドロリと血を流して後方によろめく正輝を後ろに立っていた男が蹴りで前につき返す。


 前川は戻ってきた正輝の髪を乱暴に掴むと、二度三度、腹に膝をえぐり込ませた。


 そして力任せに髪を引っ張り隣の男にぶん投げる、受けた隣の男は前川へのご機嫌伺いか、容赦なく腹に拳を叩き込む。


(俺は助かる、俺は助かる、俺は助かる、俺は助かる、俺は助かる、)


 恐怖と暗い希望の中、永嶋の脳裏にふとあの言葉がよぎった。


「頼れる人になっていれば・・・」


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