ep.63 舞台女優
第二学年 十月二十日 火曜日
阪急逆瀬川駅周辺
一文字は、下校途中に逆瀬川駅付近にあるショッピングセンターの本屋に寄ることにした。
逆瀬川駅前にあるバスローターリーに差し掛かったときだった。
停車しているバスの裏手から姿を現した一人の女子高生が、こちらに向かって歩いてくる。
さらっとした肩まで伸びる髪、綺麗に整った容姿と着こなし、その小柄な少女は一見しただけで、どこか品格があり、育ちのよさが覗える。
以前に一度出会ったことがある、確か久美ちゃんと佐那が呼んでいた子だ。
あまりいいイメージを持てない子だったし、放っておこうとも思ったが、暗い影の掛かった佐那の顔が一文字の脳裏をよぎった。
(やはり放ってはおけない、)
一文字が歩みよると、久美のほうもそれに気付いたのか、警戒の瞳を湛えて立ち止まった。
一文字はなるべく警戒心を煽らないようにと、軽く微笑みかけた。
それが逆に怪しいとは思いもしないで。
キンと二人の目が合った、互いに様子を覗い空気が膠着する、
(とにかく、話しかけなければ、)
一文字が口を開こうとしたときだった。
目の前に佇む微笑めばとても愛らしいであろう少女は、凍てついた瞳を湛え、氷の冷静さを持って口を開いた。
「この前、上原さんと一緒にいた人ですね、私になにか用ですか?」
「うん、君と佐那について教えてほしいねん」
「佐那?あなた、上原さんの恋人なんですか?」
「いや、恋人やない、でも、佐那は俺の大事な仲間やねん」
事実を口にしただけだが、否定したことが、一文字にはどこか辛い。
久美は一文字に応じるかどうか考えているようだ。
彼女の冷たい視線から判断すると、とても協力的に事が進むとは思えない、
(駄目なのか)と、一文字が半ば諦めかけたときだった。
久美が発した返答は意外なものだった。
「いいですよ、黙り込むのは卑怯な気がするから。ただ、あまり時間がないんで、歩きながらでもいいですか?」
「ええよ、じゃあ、行こうや」
一文字と久美は、宝塚南口駅へと続く線路沿いを歩き出した。
おそらく久美の家の方角なのであろう。
少し歩いていると、無表情と無愛想を保ったまま久美が言葉を切り出した。
「それで、なにを知りたいんですか?手短にお願いしますね」
「おおう、じゃあ、いきなりやけど、君は佐那と友達なんやろ?」
「正確には友達だったですね、中学二年の十二月までは・・・でも、今はなんの関係もないですから」
そう言った久美はどこか遠くを眺めていた。
その視線の先には電線に腰をおろした雀がいたが、目に映っているのはもっと遠くのものだろう。
「なんで、友達やなくなったん?」
「佐那は、いえ、上原さんは、人間として赦せない人やから、」
「人間として赦せないって?」
「あなたは、上原さんが好きなんですね?」
「そ、そんなことは・・・」
「正直な人ですね」
なんとも言い返せず、一文字は思わず黙りこんでしまった。
一台の乗用車が二人の横を通り過ぎていく、神経質なほどブレーキランプが点滅するのが妙に目に焼きついた。
紅い残像が一文字の目でチカチカしているとき、久美は今まで以上に冷たい口調で言った。
「あなたは、上原さんが綺麗やから一緒にいるんでしょ、あの人はそんなにいい人やないですよ、あの人は残酷な人やから・・・」
「なにか思い違いがあるみたいやけど、佐那はそんな人やない、友達になって一年くらいになるけど、佐那は残酷やない、ものっそ優しい子やで」
一文字の必死の言葉に久美の冷静な表情にサッと憤りが浮かんだ。
しかし、それは瞬時の出来事ですぐに冷静な様子を取り戻す。
「そうですか、それでは上原さんを大事にしてあげてください。それから私には二度と関わらないでください、出来れば上原さんにもそう伝えてください。それじゃあ、私はここで失礼します」
久美は舞台女優さながらに礼儀正しく一礼すると、振り向くことなく静かな足取りで去っていった。
それは、大事なものを失った人が持つ、とても淋しげな後姿に見えた。




