ep.56 香
第二学年 九月十四日 月曜日
宝塚ゆずり葉高等学校 二年三組教室
夏の日照りも一段落着き、穏やかな風が窓からゆらりと吹き込んでくると、佐那の長い漆黒の髪が舞い、一文字の元に清楚で凛とした香りが流れてくる。
それはどこか懐かしく心を澄ます。
一文字は前々から秘めていた疑問を明らかにするため、隣で頬杖をつき授業を受けている佐那に手紙を送った。
『質問!佐那は香水つけてる?』
受け取った佐那は、くすっと笑うと返事を返してきた。
『つけてへんよ、なんで?』
『なんかすっとした香りがする。
この匂い、どこかで出会った気がすんねんけど?』
『それはお寺とか仏壇とかと違う?
私は白檀香が好きやから、自分の部屋でいっつも焚いてるねん。
たぶん、その匂いがついてるんやと思う』
『お香か、渋いな』
「そ、そうかな、家がお寺やから昔から普通にあったから」
「上原、どうかしたか?」
つい言葉で返してしまった佐那は、教師に捕まり慌てて答えた。
「すいません、なんでもないです」と、
授業が終わった後、林が佐那の頭をくちゃくちゃと撫でながら言っていた。
「佐那~、お馬鹿ちゃんですね~」
(馬鹿はお前じゃ)と一文字は心の中で林にツッこんどいてあげた。
一日の授業が終わり、多くの生徒が家路につく。
林がどこかに姿をくらましたため、佐那は一人で帰るようである。
一文字は永嶋を置き去りにして佐那と一緒に帰ることにした。
「今度の曲はめっちゃええで!ほんまにお勧めやで」
「ほんまに?それやったら試しに聴いてみるわ」
合気道、試験、友達、音楽、とりとめの無い話をしながら二人は肩を並べて歩いていた。
事態が急変したのは、二人が阪急逆瀬川駅前に差し掛かったときだった。
先程までは一緒に微笑んでいた佐那が急に声を失い立ち止まったのだ。
妙な違和感を覚えた一文字が、佐那の顔を覗き込むと、そこには怯えたように揺らぐ瞳があった。
すぐさま一文字は佐那の視線を追う、その先には、どこかは分からないが私立高校の制服を着た小柄で繊細そうな少女がいた。
その少女はこちらに向って歩いてくる。
相手が佐那に気付いた、二人の目と目が合う。
が、その少女はすぐに視線を逸らすと、うつむいたきり視線を合わそうとはしない。
互いの距離が数歩になったとき、佐那が微笑みながら少女に声を掛けた。
その声は緊張を孕み、浮かべた笑みはどこかぎこちない。
「久美ちゃん、久しぶりやね、」
久美と呼ばれた女子は、ぴくりと小さく反応したが、まるで佐那に気付かない素振りで足早に通り過ぎていった。
久美の足音が遠のくと佐那は寂しそうにうつむき、言葉を失っていた。
気になった一文字は佐那に声を掛けてみた。
「どないしたんや?今の子、誰や?」
「え、うん、昔の知り合い・・・」
弱々しく応じる佐那に、これ以上のことは訊けなかった。
それからは沈黙が続き、そして別れた。
別れ際に佐那が言った。
「ごめん」と、
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