ep.100 漆黒の女生徒
第三学年 十月一日 金曜日
宝塚ゆずり葉高校 生徒用玄関
大方の生徒は既に帰宅したのか、玄関には一文字一人きりだ。
やけに静かだ、しとしとと雨の音だけが耳に響き渡ると、一文字はなにか言い知れぬ寂しさを感じずには居られなかった。
ガタン、金属製の靴箱を閉じる音がした。一文字は音がしたほうに振り返った・・・
そこには、腰までもある光を孕んだ黒髪が印象的な女生徒が立っていた。
黒髪の中には透き通るような白く整った顔があり、純粋な漆黒の瞳は気高さを湛えているようであった。
漆黒で潔白な美しい女生徒は、見慣れた黒色のセーラー服に映え、どこか神秘的な存在に思えた。
じっと見つめる一文字に気がついたのか女生徒の黒い瞳が一文字に向けられた。
一文字は目を逸らすこともできず、女生徒の瞳をじっと見つめ返した。
訳もわからず鼓動が高鳴り、全身が凍てつくような感覚がする、呼吸も上手く出来ない。
目の前に舞い降りた女生徒は微笑み、言った。
「一君、話ってなんなん?」
女生徒の奏でる優しい旋律はどこか震えていた。
これからの一文字の話がどういうものか既に予想しているのであろう。
今から起こること、それを思うと、音が外に漏れるのではないかと思えるほど一文字の鼓動は激しさを増した。
言わなければならない、なのに言葉が出せない。
張り詰めた空気の中で、佐那と出会ってからのこの二年間がやけに遠い思い出のように浮かんでは消えていく。
共に歩んだ道の中で見つけたもの、貰ったもの、気付いたもの、
『強がりでも前を向かんといかん』託してくれた人がくれたかけがえのないもの、
深く息を吸った、
半端でない覚悟が背中を押すと一文字は静かに告げた。
「俺は、君を、上原佐那を愛しています」と、
言葉を受けると佐那の綺麗な瞳が涙に滲んだ。
瞳と瞳が交差する中、一文字は佐那のこたえを静かに待った、
雨音だけが耳に響いてくる、
長い時間が経ったような気がする、
そんなとき、佐那の透き通った声が耳に流れ込んできた、
「一君、嬉しいです、私も一君のことが・・・」
詰る声、一文字は息を呑み次の言葉を待つ、少しして沈痛さを帯びた声が流れた、
「でも、ごめんなさい、やっぱり私は、」
一文字を気遣っているのだろうか、自分を責めているのだろうか、瞳を潤ませ視線を落とす佐那に一文字は優しく言った。
「上原佐那は千葉佐那とは違う」と、
「え、」
自分の核心に触れられたような気がした、佐那の驚きを孕んだ漆黒の瞳が、再び一文字に向けられると、一文字の瞳がそれを受け止める。
「それに、人を好きになることは人を弱くなんかせえへん、好きな人が見てくれるから、好きな人を守りたいから頑張れる、強くなれる、そして生きていける。
人を好きになることは弱くなるんやない強くなることなんや。
佐那は今よりも強くなれる、俺と一緒ならもっと強くなれるんや」
「一緒に強くなれる?」
「そうや、一緒に強くなれるんや」
「そうかも知れへんね、そうかも・・」
「俺を信じてくれ佐那、共に道を歩み、高みを目指そう、そして幸せに」
佐那はそっと瞳を閉じた。瞼の裏、暗い闇の中で一体なにを思うのだろうか、
再び瞼が開いたとき、佐那は細い声で言った。
「時間をください、一週間、考える時間を・・・」と、
一文字は静かに頷き、佐那の願いを聞き容れた。
女生徒は申し訳なさそうな表情で軽く頭を下げると、静かな足取りで玄関を出て行った。
紅い華がぱっとひらくと女生徒は雨の中に消えていった。




