最終回~ありがとうじゃ足りない
空耳かと思った。
会いたいという気持ちが作り出した幻聴だと。
だが、轟き巻き上がる火焔の向こう。
ほんの十数メートル先に、フォルクハルトがいた。
「ライラティーヌ様! 何故ここに!?」
フォルクハルトが駆け寄ってくる。が、火の粉を撒き散らしながら大木が倒れてきて、その行く手を阻んだ。
「ご無事ですか?!」
フォルクハルトとの間には越えられない炎の壁がある。
その渦巻く炎の向こうに、腕で炎を避ける、必死の形相のフォルクハルトが見えた。
全身でライラティーヌを心配している誠実な瞳。
こちらの気も知らないで、いつものように全力でライラティーヌの事だけを見ている。まるで自分はライラティーヌを護る為に生まれたのだと信じているかのように。
見慣れたそのヘイゼルの瞳に、心が震えた。
―――ルイありがとう。最後に一目、会わせてくれたのね。
焼き付けておこうと思った。
この瞳も、声も、優しさも。
「お怪我はありませんか?」
火焔の向こうから、フォルクハルトが呼びかけてくる。
―――貴方に何度心配をかけたかしら。
「それは騎獣ですね? ライラティーヌ様早くこちらへ!」
―――どれだけ、欲しい言葉を貰ったかしら。
「そちらに飛びますから、少し避けてください!」
―――貴方の真っ直ぐさに、どれだけ救われてきたか。
何も知らないフォルクハルトを、ライラティーヌは勝手に巻き込んだ。
あの時はただ、すがるものが欲しかったから。
信じられる人が欲しかったから。無理矢理その手を引っ張った。
それなのに、フォルクハルトは無償の忠誠で応えてくれた。
出会ったときは単なる推測だった。
でも今なら確信を持って言える。
フォルクハルトは『ライラティーヌ』と恋に落ちた。
愛する人を護って、死んでいった。
―――私は貴方の死なない未来を作ることが出来たかしら。
「……ライラティーヌ様?」
身動きしないライラティーヌの姿に、フォルクハルトの顔から、焦りの表情が消えた。
炎の壁を挟んで、見つめ合う。
一瞬、全ての音が消えた。
二人の間の空気が、静かに凪いだ。
真っ直ぐに見つめてくる、静かでひたむきな瞳。
それだけで、胸が熱くなる。
絶対に忘れない。
フォルクハルトに貰った沢山の優しさ、安らぎ。
無償の忠誠。
護られていた。
大切にされていた。
その全てへの感謝で胸が痺れる。
炎の向こうで、フォルクハルトがゆっくりと跪いた。
そして拳を胸に当てる。
フォルクハルトは瞬き一つせずに、静かにライラティーヌだけを見つめている。
まるでライラティーヌの姿を目に焼き付けておこうとでも言う様に。
何も言わなくても、フォルクハルトは理解してくれたのだ。
ライラティーヌがもう戻る気がない事を。
その上で、心に寄り添ってくれた。
ライラティーヌの頬に涙が伝った。
思えばいつも、フォルクハルトはライラティーヌを肯定してくれた。それがどれほど背中を押してくれた事か。
「ダノ爺を頼みます」
他に残す言葉はなかった。
ありがとうじゃ足りないこの想いを、表す言葉が見つからない。
――――――――――
その日、森林火災の混乱の中、嵐を駆け抜ける一頭の騎獣があった。
不思議な形をしたその騎獣を見た者はいない。
たが多くの者が、空から降り注ぐ女神の歌声を聞いた。
染み渡るようなその歌声は、激しい雨音にかき消されることもなく、人々の耳に届いた。
森の広範囲を焼いた火災であったが、森林の回復力は目覚ましく、人々はそれを女神の祝福だと讃えたという。
数カ月に及ぶ捜索の末、領主の娘の死が領内に伝えられたのは、冬も深まり年が明けた後の事だった。
ライラティーヌ・カロリング。
享年八歳。
元より病弱で知られたその少女の死は、領内に大きな混乱を齎すことはなかった。
亡骸もないその葬儀は慎ましく、参列者もごく少数。
実に寂しいものであったという。
吟遊詩人に詠われるような事もなく、一人の薄幸な少女の物語は終わった。
――――――――――
別れを告げる低い鐘の音が、さざ波のように辺りに染み渡る。
ヴォルデマールは黒いコートを羽織ると、冷えた石畳を踏みしめた。
「もうお帰りですか」
声をかける者がいた。
同じように黒い服に身を包んだフォルクハルトだった。
「とんだ茶番だからな」
「ですが、必要な茶番です」
今頃あの娘は、どんな顔で笑っているのか、想像するだけで頭が痛い。
本人のいない葬儀など、とんだ茶番に付き合わされたものだ。
「綺麗さっぱり片付けて逃げおった。見事としか言いようがないな」
「本当に」
フォルクハルトは眩しそうに目を細めた。おそらくその瞳は今、ここにはいない主君を見ているのだろう。
どうせ忘れる事など出来ぬのだから、無理にでもついていけば良かっただろうに。
「……私に仕えるか?」
「……お気持ちだけは有難く。ですがカロリングを護っていく事がライラティーヌ様のお気持ちに沿う事だと心得ますので」
「主人なくとも操はたてるか。健気だな」
「騎士とはそういうものでしょう」
本当に、短い期間で騎士の顔になった。
アレの残したものは、計り知れない。
「優秀な騎士を引き抜かれては困ります」
振り向けば、コンラーディンが歩いてきた。
柔らかな物腰。
とても長年歩いていなかった人物とは思えないしっかりとした足つきだ。
―――どんなカラクリなんだか。これは聞いていなかったぞ、ライラティーヌ。
「ヴォルデマール殿にこれを預けたいのです」
コンラーディンは小さな包みを差し出してきた。
「預かる? いつまでだ」
「持ち主が現れるまで」
コンラーディンは微笑んだまま、静かに目を伏せた。
それは愛しい者を想うときの顔だ。
「何故私に」
「勘です。頼るならば貴方でしょう」
言って、微笑みを落とす。
「少し、悔しくはありますが」
―――まったく。実の兄までたらし込むか。
「……現れる保証はないが、構わぬか」
「十分です」
カロリングに住む者たちは、自分が一人の少女に救われた事を知らない。
アレがカロリングの未来の為に行った地ならしを知らない。
だがそれは紛れもない事実。
ごく少数の者の中に、鮮やかな印象を残して消えていった少女。
三人で冬の空を見上げる。
この空の下、どこかにいるライラティーヌを想う。
これから手に入れる人生が、あの娘の望むものである事を祈る。
ヴォルデマールが誰かの為に祈ったのは、随分と久しぶりの事だった。
完
最後まで読んでくださってありがとうございました。
描き始めから、ラフレモーサ→出奔までの展開は決めていた事でした。
今からライラティーヌはカロリングを飛び出して、平民として生きていく事になります。
まあ、ライラティーヌが大人しく一介の平民におさまる筈もないのですけど。笑
カロリングの人々とはしばらくの間お別れです。
舞台も登場人物も、ガラッと変わるので
キリが良いので、ここでいったん最終回とさせていただきました。
続きは既に数話書き溜めてはいるのですが
他にほったらかしている連載があるので、先にそちらを書かこうかと考え中です。
今作では連載中に読者の方から感想を頂くという、貴重な体験をさせて頂きました。
のたうち回るほど嬉しかったです。
一日休んで、残り2話をアップします。
これは映画で言うと、エンドロールの後に流れる小話みたいな感じです。
是非そこまでお付き合いください。
本当にお読みくださってありがとうございました。
評価やブクマ、誤字報告や感想を下さった皆様。感謝感謝です。




