解決編のジオルレイド
ジオルレイドの長閑な庭のテーブルを親子三人で囲む。
「本当にここは魔術具の中なのか。完全に現実のように感じるが」
「うふふ。木々も屋敷も現実の物ですわ。隔離された空間に、現実の物を移植したような感じです」
「遠くの方は何もないね。空間の一部だけを作り込んでいるんだね」
コンラーディンが、境界線の向こうを指さした。
「ええ、あの向こうは砂の平原が広がっているだけですわ。うふふ。お兄様、今日はちゃんと見えているのですね」
「ああ、車椅子に乗っていては、騎士に変装した意味がないからね」
二人でにっこり黒く微笑み合うと、ヨアヒムが拗ねたように口を尖らせた。
「コンラーディンの事は、私も今日聞いて驚いたところだ。ライラティーヌは知っていたのだな」
「わたくしも知ったのは最近ですわ」
にっこり微笑むと、ヨアヒムが疲れた様に手で顔を覆った。
「聞きたいことが多すぎる。ライラティーヌ、順を追って説明しなさい」
「はい」
ライラティーヌは空を見上げた。
―――本当に、全然揺れないんだな。別空間って凄い。
「まず、ジオルレイドの事です。わたくしがジオルレイドを起動できると判明したのは、初めてヴォルデマールさんの店に行った時でした」
「! 勝手に魔力を流したという魔術具がジオルレイドだったのか」
「はい。ヴォルデマールさんは、ジオルレイドが起動できる事が周囲に知られると、わたくしが王族に囲われる事になるだろうと仰いました。わたくしを護る為、この件を隠す事に協力して下さったのです」
ヨアヒムはよぼど衝撃が大きかったのか、固まってしまった。
「ヴォルデマールさんを罰したりしないで下さいね。全てはわたくしの為にして下さった事です」
「勿論だ。……だが、そうか。……ヴォルデマール殿には感謝しかないな」
何とか納得したようなので、話を次に進める。
「今このジオルレイドを、ヴォルデマールさんがクレメンスの屋敷に運んでいるところです」
こうしてのんびり座っていても、実は移動中なのだ。
「次にコンラーディン兄様が完治している事を隠していた件ですが」
コンラーディンに顔を向け、バトンを渡す。
「私とライラティーヌは、長い間何者かに命を狙われて来ました。障害が完治したと分かれば、攻撃の力が強まると考えて、伏せておりました」
「なんと! ではライラティーヌが度々倒れていたのも……」
「わたくしの場合は……」
正直よく分からない。
魔力が多すぎるのは事実だし、一度は毒殺されている。
「もともと倒れがちな状況に便乗された、という感じでしょうか。病死に見せかける為に、毒を仕込まれる事が多かったです」
「いったい誰が……」
そう言いながらも、犯人は一人しかいない事をヨアヒムも分かっている様だった。
「気付いてやれず、すまなかった」
「いえ。私達も、何度も攻撃を受けておきながら、今まで一つの証拠も見つけられていないのです。全ては状況証拠のみ。確信を持って犯人を糾弾する事は、私でも出来ない」
コンラーディンは、一瞬屈辱に顔を歪めたが、すぐに微笑んでライラティーヌを流し見た。
「でもそれも、今日で終わるのだろう?」
「それは、今から分かります」
ライラティーヌは立ち上がり、屋敷前の魔石に魔力を通した。
『―――から声を掛けるなんて珍しいな』
空から声が降って来た。
「この声は、……マニュエルか?」
「今、外の音声を繋ぎました。こちらの声は聞こえていないので安心してください」
「これで、外の状況が分かると言う事だね」
「はい。もうすぐ首謀者が来る筈です。楽しみに聞きましょう」
ライラティーヌは振り向くと、二人に向かって無邪気に微笑んだ。
「領主の前での自白。これ以上の証拠はないでしょう?」
――――――――――
『自分がどういう設定で捕まるのか、知っておきたいだろう。私からの慈悲だよ』
「自供を始めましたね」
空から降り注いでくる音声が、勝利を確信した犯人が気持ち良く説明してくれる、というお決まりのターン入った。
「相当に慢心しているみたいだな。自分からここまで話してくれると、後が楽だね」
コンラーディンも嬉しそうだ。
ヨアヒムは、初めて触れるダミアンの本性に、少なからずショックを受けているようだった。
「それにしても、ダミアンが自ら出向いて来てくれて助かったね。本人の言葉じゃなければ、後でどうとでも言い逃れが出来ただろうに」
政治家の、全ては秘書が勝手にやった事です方式だ。
どんなに状況証拠が揃っていても、スケープゴートをたてられたら意味がない。
―――それを防ぐ為に、そこそこ知恵を絞ったもんね。
「プライドの高い方ですもの。クレメンスが自ら窃盗犯を捕縛したお陰で、随分と差が出ていましたから。では自分も、と考えたのでしょう」
「まさか、この為にあの事件に首を突っ込んだのかい?」
「うふふ。丁度手頃な事件があって助かりました」
あの事件で、気付けば自分の陣営は弱くなり、クレメンスの力は上がっている。相当歯痒い思いをしただろう。
加えてあれ程挑発したのだ。
自分の手でクレメンスを捕まえに出張ってこない筈はなかった。
ダミアンを精神的に追い詰める為だけに始めた捜査だったが、リィンという優秀な味方もゲット出来た。
結果としては花丸百点だ。
「手頃な事件、ね。情報源はアンヌかい?」
「ええ。うちのアンヌは優秀なのです」
にっこりと胸を張る。
「マニュエルが重病だと広めたのは何故だい?」
「それが一番血が流れない策だったからです。相手が攻めたくなるような隙を敢えて作る。喜んで攻めて来たところを仕留めるのが一番効率的です」
「マニュエルを隙として利用したのか」
「いえ、わたくしが用意した隙はクレメンスです」
命に関わる不治の病。
アーレントの人間は小躍りして喜んだ事だろう。
跡取りのクレメンスはまだ育ち切っていない。
マニュエルが死ねば、一気に次期領主をヘルマンに決めてしまおうと、鼻息を荒くした筈だ。
「そんな時の不正事件です。ふふ。相当焦ったでしょうね」
そこまで追い詰められれば、邪魔なクレメンスを消す事に舵を切っても仕方ない。
クレメンスは父親の命を繋ぐ為には藁をもすがる思いの筈。余裕のない人間を罠に嵌めるのは容易い。
丁度陰謀に使いやすい、ラフレモーサもある。
ダミアンには一番邪魔なクレメンスが、一番隙だらけに見えた事だろう。
―――まあ、ルイがくれた本のお陰なんだけどね。
クレメンスが親族殺しで処刑される事は分かっていた。
ライラティーヌはその予言を利用したのだ。
予言が示すくらいだ。
状況さえ整えてやれば、必ず陰謀を仕掛けてくるとの確信があった。
――――――――――
『哀れな娘だよ! この俺に勝てると思ってたんだろうなぁ。策略に嵌められてるとも知らないで、いい気なもんだなぁ! クレメンスどころか、自分も死んでちゃ世話ねえぜ! お前らは負けたんだよ! 俺を見下した事をあの世で悔いてろ、ばーか!』
ダミアンの醜悪な高笑いが、ジオルレイドの中に響き渡る。
―――これは……、予想を上回る自白っぷりだわ。
初めの内こそ、外の声に反応して、あれやこれやと会話をしていたが、徐々に誰も口をきかなくなった。
ヨアヒムは、真っ青になって怒りに震えている。
握りしめた拳には血管が浮き出ている。
コンラーディンの笑顔が真っ黒だ。
黒い魔力がユラユラと漏れ出しているようで、かなり怖い。
ライラティーヌも、最初は上手く踊ってくれているダミアンにホクホク顔だったが、段々と腹が立って来ていた。
『あの方は、死なない』
―――クレメンスは何も知らないんだよねぇ。ごめんねぇ。マジで。君が今回の一番の立役者だよ!
『コンラーディンの事を心配しているのか? お前と言う目と足を失えば、最早生きる屍同然。殺す価値もないわ』
ライラティーヌは立ち上がった。
コンラーディンを貶める発言は捨て置けない。
「我慢の限界です。わたくし、行って参ります」




