解決編のフォルクハルト
数刻前。
森。
「お前も騎士だろう。志は何処に捨てた」
「騎士としては僕の方が先輩だよ」
フォルクハルトが剣を構えた。
緊張を孕んだ空気を、風が運ぶ。
「ちょ、ちょっと待ったぁ! アヒムもフォルクハルトも、こんな事をしている場合じゃないですよ!」
死んだふりをしていたライラティーヌは、大慌てでぴょこんと起き上がった。両手を振って、二人を止める。
「ライラティーヌ様!」
フォルクハルトがフリーズした。
ドッキリ大成功――と叫びたい気持ちをぐっと抑える。
「はい。ライラティーヌです。この通り生きています」
力こぶを作って見せる。
―――やったよ、やった! 今回一番の難所を乗り切ったよ! 私頑張った!
「駄目ですよ、フォルクハルト。死亡の確認はちゃんとしないと」
テンション高く、ピンと指を立てて、偉ぶって注意なんてしてみる。
「すみません。って、いやいや! どういう事ですか?! 剣を突き立てられていましたよね?!」
「はい。とても痛かったです」
恨みを込めて、じろ――っとアヒムを睨みつける。
「す、すみません。でも、そういう段取りで……」
「その前に背中をバックリやったでしょう。あれは余計だったのでは?」
「あ、あれは、ライラティーヌ様が勝手に動いたからで……」
「だって、フォルクハルトが短剣を投げようとしてたんですもの。ああでもしなきゃ、アヒムは殺されていましたよ。ね? フォルクハルト」
振り仰ぐと、フォルクハルトが魂の抜けたような顔で立ち尽くしていた。
「ね、フォルクハルト。アヒムを狙ってましたよね?」
下から覗き込んで、何とか視線を合わせる。
「おーい。フォルクハルト、戻っておいで――」
呼び掛けて、どうにか覚醒させる事に成功した。
フォルクハルトは、前髪を掻きむしる。
「……つまり、なんですか? アヒムとライラティーヌ様はグルって事ですか? 死んだのは狂言だと」
「そうです」
「騙して申し訳ない」
二人揃って頭を下げる。
「……制圧出来る状況だったにも関わらず、無理に飛び出したのは、殺される為だったと?」
「ほら! やっぱりアヒムを狙ってたでしょう。アヒムを護らなきゃと思って。それに制圧されちゃったら、計画が台無しですからね。頑張って飛び出してみました!」
自分の創意工夫を誇るように、どーんと胸を張る。
―――私の演技力も中々じゃない? うふふ。……ん? 何が物凄い悪寒が……。
「成る程。すっかり騙されました」
笑顔全開だ。
―――怖い! コンラーディン兄様みたい! 氷の笑顔だ!
「それで? 何の為にこんな事を?」
「はっ! そうでした! こんな事してる場合ではありません。急いでクレメンスの所に行かなくては」
立ち上がると、服の惨状が目に付く。
大きく切り裂かれ、血で赤く染まっている。
まあ、半分は血糊なんだけど。
地面に散らばる死体を確認する。
「一人は無事に逃げ出しましたね」
「はい。ダミアンへ報告に向かっています」
「完璧です」
ライラティーヌはフォルクハルトに向き直り指示を出す。
「そこの二人はまだ息があります。回復させて連行して下さい。大事な証人です。絶対に死なせないように」
ぽぽいっと回復薬を投げ渡す。
「一人で行くつもりですか?!」
「時間との勝負なのです。一人で参ります」
ライラティーヌは歩き去ろうと足を出す。
「詳しく説明できなくてごめんなさい。後で必ず、説明しますから」
数歩進んだ時、後ろから温もりに包み込まれた。
―――え?
バックハグだ。
―――ええええ?! このタイミングで何モード?!
「え、えっと、フォルクハルト?」
「止めません。私を連れて行けない理由があるのですね」
「……ごめんなさい」
フォルクハルトの吐息が耳にかかる。
ぎゅうっと、抱きしめる腕の力が上がった。
力強く。でも宝物を抱くように、愛おしげに。
作戦成功でブチ上がっていたテンションが急に萎み、現実を突き付けてきた。
これほどに大切に想ってくれているフォルクハルトを、騙す様な真似をしてしまった事に胸が痛んだ。
「……生きていてくれて、ありがとうございました」
やっと耳に届く程の、震える声だった。
どれほどの喪失感だったのかを、その声が伝えてきた。
「……本当ならこの役目はゲルルフ団長が適任でした。彼なら計画を知っても演技が出来たでしょう。ですが、わたくしが夜の森に行く時、同行するのはフォルクハルトでなければ不自然過ぎたのです」
ライラティーヌは言葉に嘘がないか、自分の心を確認した。少しだけニュアンスが違うような気がした。
「いえ、……フォルクハルトでなければ、嫌だったのです。貴方の気持ちを蔑ろにしてしまって、ごめんなさい」
この大一番に側にいて欲しいのは、他の誰でもなく、フォルクハルトだったのだ。
腕の力が緩み、身体が離れた。
後ろから、フォルクハルトの手がそっと肩に置かれた。
「貴方の一番の騎士になる為には、腹芸を覚えないといけませんね」
微笑みを含んだ、優しい声が髪に降ってきた。
「フォルクハルトはそのままでいて下さい。貴方の胸の内を探らなきゃいけない日々なんて、考えただけで涙が出ます」
ライラティーヌは一歩前に出た。
肩から、フォルクハルトの温もりが消えた。
「いってきます」
振り向かなかった。
背中越しに、フォルクハルトに告げる。
「貴方は今でも十分、わたくしの一番の騎士です」
次の瞬間、ライラティーヌの姿が掻き消えた。




