解決編のアヒム
数ヶ月前。
辺境の村、ターミアン。
町外れの小さな家の一室で、ライラティーヌはアヒムとテーブルを挟んでいた。
「わたくしの言葉のせいで、貴方が辛い目に合っていると聞いて」
「ライラティーヌ様の所為ではありません。僕が考えなしだったのです」
「それもありますわ!」
「え?」
ライラティーヌは鼻息荒く、テーブルに身を乗り出した。
「真心が伝わる相手かどうかちゃんと見極めないと。自分だけ損する事になりますよ!」
「ははは。耳が痛いです」
アヒムは力無く笑った。
部屋を見渡す。
質素な部屋だ。
これでもこの村では大きな方ではあるが。
飛ばされた下級騎士では、これが身の丈にあった生活なのだろう。
「よく此処まで来れましたね。皆さんに止められませんでしたか?」
「勿論お忍びです。わたくし今、ガゼルジャンに滞在しているので、城にいる時よりも自由が効くのですよ」
フォルクハルトにだけは、どうしても謝りたい人がいる、とだけ伝えて協力してもらった。
ガゼルジャンに戻ったら、フェーベとハムからこってり怒られる事は覚悟している。
「こちらの暮らしはどうですか?」
「何とかやっています。長閑な村ですが、魔獣の討伐など、少しは出番もあるんです。まあ、小物ばかりですが」
「……カロリングに戻りたいですか?」
「それは……。正直なところ、戦う理由が分からなくなりました。以前は領主一族を、引いてはカロリングを護るという想いが原動力でしたから」
「護り甲斐のない一族で、申し訳ない限りです」
「い、いえ! ライラティーヌ様の事ではありません!」
アヒムは慌てて両手を振って否定した。
「うふふ。気になさらないで。あんな事があったのですから、その考えは至極当然ですわ」
アヒムは恐縮したように頭を掻いた後、寂しげに微笑んだ。
「僕の配属先がライラティーヌ様のところだったらと、考えない日はありません」
ライラティーヌは少し躊躇った。
このいかにも純朴な青年に汚れ役を押し付ける事に躊躇した。
「……わたくしも清廉潔白ではありませんよ」
「そうなのですか?」
「わたくしこう考えるのです。元より争いなんて無い方が良い。でも起こってしまったのなら、勝つしか無い、と。わたくし、勝ちに行こうと思っています」
アヒムの反応を見る。熱い眼差しである事を確認して、選択肢を投げた。
「手伝ってくれますか? かなり、というか、一番の汚れ役になると思います。なので断って頂いても結構です。仮に断られたとしても、アヒムに不利益になるような真似は致しません」
「……戦う相手は、ヘルマン様ですか?」
「ヘルマンか、ダミアンか。その辺りになるでしょう」
「やります。やらせて下さい」
熱く言うと、アヒムは立ち上がって、騎士の敬礼をした。
「必ず、お役にたってみせます」
ライラティーヌも立ち上がり、騎士のポーズをとる。
「では、カロリングに戻してもらえるように、ダミアンに直訴して下さい。土下座をしてでも、何としても、もう一度ダミアンの元で働くのです」
「分かりました。ですが戻して貰えるでしょうか」
「こう言えば、必ず戻れます。ダミアン様の為にどんな汚れ仕事でもする、と」
「!」
「汚れ仕事をする捨て駒は、何人でも欲しい筈です。その際、わたくしに対する恨言なんかを入れると、効果的でしょう。……辛く危険な役目ですが、出来ますか?」
真剣な瞳で頷く姿を、心が痛む思いで見つめた。
――――――――――
十日前。
森。
「ライラティーヌ様の暗殺命令が出ました」
「ついに、ですか。決行はラフレモーサの咲く夜、ですね」
「はい。計画の邪魔をするようならば殺しても構わない、という内容ですが」
順調に策に乗ってくれているようで何よりだ。
―――それは是非とも、殺してもらわないといけない。
「では、わたくしを殺す役はアヒムがして下さい」
「私がですか?」
「はい。思いっきりズパッと斬って戴いて構いませんから」
「……フリですよね?」
「いいえ。そんなんじゃフォルクハルトは騙せません。本当に斬って下さい」
確実にライラティーヌが死んだと確信しない限り、フォルクハルトはどこまでも護ろうとするだろう。
それでは計画が台無しだ。
「出来ませんよ」
「大丈夫です。即死でない限り、わたくしは死にませんから」
ここはアンブロシアの出番だ。
「そこまでしなくても、フォルクハルトに本当の事を言って協力して貰えばいいのでは」
「フォルクハルトに演技なんて出来ませんよ。絶対バレます。わたくしが間違いなく死んだのだと、敵に思って貰わないと駄目なのです」
「ですが……。痛いですよ?」
言われてちょっと想像してみる。
痛さで気絶してしまったら、アンブロシアを飲めなくなってしまう。
「……めちゃめちゃ痛いですか?」
「めちゃめちゃ痛いです」
「……」
「……」
―――痛みを感じなくなる薬とか、ないかなぁ……。
「っとりあえず、練習してみましょうか。出来るだけ痛くなく死ねるように、細かく動きを決めましょう!」
「そんなに上手くいきますかね」
「頑張れば、何とかなります!」
血糊に痛み止め。他に思い付く限りの策を練ろう。
だって、痛いの怖いから!
「あ、そうだ。アヒムにも一つ忠告があります」
「何でしょう」
ライラティーヌは、此処が試験に出るぞっと言わんばかりに、指を立てた。
「わたくしが死んだら、とにかく全力でフォルクハルトから逃げて下さい。冗談じゃなく、殺されますよ」




