これがあの方の望みだ
「貴様、騎士団にいたな。名はアヒムと言ったか」
フォルクハルトも背後の男の顔を知っていたようだ。
「僻地に飛ばされたと聞いたが」
「ああそうさ。ライラティーヌ様の口車に乗ったせいでな」
ヴォルデマールの店にいたもう一人の騎士。
タンストンの部下で、ライラティーヌの言葉に感化されヘルマンに忠言をしたせいで、僻地に飛ばされた騎士だった。
「逆恨みも甚だしい」
「う、煩い!」
二人のやり取りを聞いていた赤毛の男が、腰を折って高笑いしだした。
「くくく。そいつはな、ダミアン様に泣きついてきたのさ。威勢の良い事を言って飛ばされたくせに! どんな汚れ仕事もしますから、戻してくださいと縋りつきやがった。とんだ騎士道精神だな、おい!」
―――はい、首謀者確定~。言質頂きました!
「そこまで喋るという事は、どうせ我々を生かしておくつもりはないのだろう」
「さあ、どうかな? 捨身で暴れてみるか? やってみろよ」
フォルクハルトが歯噛みをする音が聞こえて来そうだ。
―――私が捕まってなければ、こんな奴らフォルクハルトの敵じゃないのに。ううう。ごめんなさい。
「ライラティーヌ様。オシイレは使えないのですか?」
「ううう。ここまで密着していたら、無理ですぅ」
―――役立たずでごめんなさい!
「何を企んでいるか知らねぇが、させねぇよ。剣を捨てて貰おうか。お嬢さんが大事ならな」
「いけません、フォルクハルト! どうせわたくしを殺す気です。先にわたくしを盾にして貴方を殺す気なのです!」
フォルクハルト相手では分が悪いと分かっているからこそ、ライラティーヌを人質に取っているのだ。
やっかいなフォルクハルトさえ消してしまえば、小娘一人殺すなど造作もないと考えている。
フォルクハルトも分かっている。
自分が先にやられてしまえば、結果ライラティーヌを護る事はできないと。
それでも、フォルクハルトは剣を鞘に戻した。
「駄目です、フォルクハルト! 命令です! 自分を護りなさい!」
叫ぶライラティーヌの目の前で、フォルクハルトは優しく一度微笑むと、無造作に剣を地面に落とした。
「フォルクハルト!」
ライラティーヌは拘束を振り切り、駆け出した。
「う、動くんじゃない!」
アヒムが叫ぶ。
その時、背中に激しい衝撃が走った。
鮮血が飛び散る。
「ライラティーヌ様!」
焼けた鉄を押し当てられたように、背中が熱い。
ライラティーヌはそのまま地面に倒れた。
薄れる意識の底で、フォルクハルトの絶望に満ちた顔が見えた気がした。
―――ああ、フォルクハルト……。どうか……
大地にライラティーヌの血が広がる。
袈裟懸けに斬られた傷。
アヒムが止めを刺すように、ライラティーヌの腹部に深々と剣を突き立てた。
――――――――――
「ライラティーヌ様……?」
呆然と立ちすくむフォルクハルトの数メートル先。
血だまりの中に、ライラティーヌの死体が転がっていた。
相変わらず美しい、月の女神のような顔は鮮血で汚れ、その小さい身体の中央に、深々と剣が突き立っている。
明らかな致命傷。
その瞳は薄く閉じられ、あの高潔な魂が既にそこにはない事を、如実に伝えていた。
フォルクハルトは膝から崩れ落ちた。
「馬鹿野郎! 騎士を先に殺るんだろうが!」
「仕方ない! さっさと此奴を殺るぞ! 今なら殺れる」
男達が一斉に、膝をついて項垂れたフォルクハルトに襲い掛かった。
六本の剣がフォルクハルトの脳天に叩きつけられようとした時。
ブンッ
低い風切り音と共に、男達が吹っ飛んだ。
剣を持ったフォルクハルトが、ゆらりと立ち上がる。
全身から魔力が溢れ出している。
「貴様ら……」
倒れている刺客の一人に、ゆっくりと近づく。
「ひ、ひぃ!」
フォルクハルトの異様な眼光に、男は尻もちをついたまま後ずさりする。
「明日があると思うな!」
そのまま男を斬り飛ばした。
「こ、こいつ!」
「やっちまえ!」
「おおおおおお!」
襲い掛かる刺客に、獣のような咆哮を上げながら斬りかかった。
全身の血が沸る。
一人を横薙ぎに胴を切り裂く。そのまま旋回して二名の足の腱を斬った。
足を抱えて倒れた男に止めを刺す。その背中を足場に跳躍すると、後方にいた弓使いを、落下の勢いそのまま、脳天から叩き斬った。
「ひぃいい!」
逃げ出した男を、一歩の跳躍で詰め寄り、袈裟懸けに斬り落とした。
広場に静寂が訪れた。
動いている者は、フォルクハルトとライラティーヌの側に座り込むアヒムだけ。
「一人逃がしたか」
転がる死体の中に、赤毛の男の姿がなかった。
フォルクハルトは剣の露を払いながら、ゆっくりとアヒムに近づいてきた。
「……満足か? ライラティーヌ様の命を奪って、胸が晴れたか」
月を背に、血に染まった顔で見降ろす。
聞くだけで凍りそうなほど、冷徹な声だった。
頬には一筋の涙。
哀しき鬼神。
「ま、満足さ。これがあの方の望みだ」
「首謀者はダミアンか」
「ああ。そういう事だ」
アヒムは悠然と立ち上がった。
「お前も騎士だろう。志は何処に捨てた」
「騎士としては僕の方が先輩だよ」
フォルクハルトが剣を構えた。
緊張を孕んだ空気を、風が運ぶ。
雨が、降り始めた。




