クラウディアの過去
ダミアンに宣戦布告して数週間が過ぎた。
季節は流れ、秋も深まり、ラフレモーサが花開く時期が近づいてきた。
フォルクハルトを説き伏せて、城を抜け出す算段もたてた。後はその日を待つばかりだ。
ドキドキが止まらない。
「っいた!」
指先に激痛が走って、我に返った。手元が狂って刺繍針を指に突き刺してしまった。
「ぼんやりしているからですよ」
クラウディアの呆れ声が飛ぶ。
ライラティーヌは、指先の血をペロリと舐めとると、糸を玉留めした。
「はしたないですよ」
「ううう。でも、ほら。これで全員分完成ですわ」
ライラティーヌは、最後になったハムのアンダーアーマーを広げて見せた。
時間はかかったが、無事に全員分を作り終えた。
「やはり最後に作ったコレが、一番上手に刺せていると思いませんか?」
「ええ。針目も揃っていて、良い出来ですよ。満足したでしょうから、次からは模様刺しを覚えましょうね」
模様刺し。つまり花やら蔦やら、華美に飾り立てるアレだ。正直どうでも良い。
「お母様の方はどうですか? このアンダーアーマーを広げてみたいと仰ってしましたが」
無理に話題を変えてみた。
「いきなりツァージェにアンダーアーマーをお渡しする事は出来ないでしょう。ですからコンラーディンに任せました。ツァージェの御子息が学院に通ってらっしゃいますからね」
―――丸投げ?!
「それは……いくらお兄様でも荷が重そうですね」
「ちゃんとやってくれましたよ。来年ツァージェご夫妻に贈る約束まで取り付けてきてくれました」
―――お兄様、有能すぎ!
「お兄様に任せておけば、大抵の事は大丈夫ですわね」
「他人事のように言ってないで、貴女も見習いなさい」
「はぁい」
まったく出来る気がしない。
というか、あの天才と比べられても困ります。
「来年ツァージェに献上に行くのですが、ライラティーヌも同行なさい」
「え? 嫌です」
思いっきり顔を顰めると、それを越す威力でクラウディアも顔を歪めた。
そして、防音の魔術具をコトリとテーブルの上に置いた。
―――げっ。お説教モードだ!
「ライラティーヌ。領主を望まないという考えに変わりは無いのですよね」
「はい」
「事業を始める。社交はしたくない。でも領主にはならない。貴女は言っている事と行動がチグハグです。これでは謀があると言っているようなものですよ」
「チグハグですか?」
やりたい事をやりたい様にしているだけなのだが。
「一族の当主がどうやって決まるのかは知っていますね?」
「魔力の量ですね?」
「そうです。魔力量に大きな開きがない場合は、他の要素も加味されますが基本的には魔力量です。我がカロリング家で言えば、貴女、コンラーディン、ヘルマンの順になります」
「他の要素とは、派閥の力とかですか?」
「ええ。後は健康状態もです」
ライラティーヌやコンラーディンは、健康状態に不安があるとされている。
実際はどちらも完治しているのだが。
「では、今はヘルマン兄様が第一候補という事ですか?」
「いいえ」
クラウディアはピシャリと言い切った。
「他の要素が考慮に入るのは、魔力量が拮抗している場合です。先日ヴォルデマール殿から報告を受けました。ライラティーヌ。貴女の魔力量は桁違いなのだそうですよ」
「まあ!」
―――あの野郎。律儀に報告しやがった! 裏切り者め!
「でもわたくしは病持ちですから、その歳まで生きているか分かりませんわ」
「完治したと聞いていますよ」
―――むぐぅ。あの野郎。
「ですが魔力量の件は、しばらくの間伏せておく事になりました。貴方の身の安全の為です」
「身の安全ですか?」
まさかクラウディアも、ヘルマンからの攻撃に気付いていたのだろうか。
「政治力で覆せないとなると、よからぬ極論に走る者が出るやもしれませんからね」
―――やばいな。外堀が埋まってきてる感じ?
「わたくし嫌です」
「ライラティーヌ。何故、魔力の多い者が当主になるのか。それはより上質な遺伝子を一族に残す為です。より多くの魔力を持つ子孫を残す事。それは政治の上手下手よりも遥かに上回る、一族の利益なのです」
これじゃ王族に嫁いだのと何も変わらない。
結局遺伝子を次世代に繋ぐ道具でしかない。
思いっきり不愉快を放出していると、クラウディアがふっと微笑んだ。
「領主にならなくて済む道が一つだけありますよ。わたくしもこの方法で当主から逃げました」
「そうなのですか?」
クラウディアは一つ頷くと、人払いをした。
「私の母は妾だったのです。正妻どころか、第二夫人、第三夫人にもなれない身分でしたから」
「初耳です」
亜貴族のメイドにでも手を出したのか。あるあるっぽい感じだ。
「貴族にとって魔力量は即ち身分です。身分が低いという事は、即ち魔力が少ないという事です。当然その子供にも期待は出来ません。ですが何故か、わたくしの魔力は兄妹の中で頭一つ飛び出ていたのです」
「それは……、もめますね」
―――二時間ドラマみたい!
「ふふ。そう思うでしょう。ですが第一夫人にも兄姉達も、ちゃんと家族の一員として優しく接してくれました」
―――出来た一族だな!
「そんな兄達を差し置いて、当主になるのは嫌でした。ですから、わたくしはヨアヒムに嫁いだのです」
「他家に嫁げば良いのですか?」
「遺伝子を一族に残すよりも、上回る利点を齎す相手でなければなりません。わたくしの場合、丁度頃合いのヨアヒムがいましたから、狙い落としたのです」
領主との婚姻。上手くいけば次の領主とも濃い血縁関係を結べるのか。確かに一族が受ける旨味は多そうだ。
だが、狙い落とした、ときた。
あの気の弱そうなヨアヒムの事だ。クラウディアに理論責めで来られたら、簡単に籠絡した事だろう。
「わたくしの場合、どうなるのでしょう」
「領主を蹴るのですから、生半可な相手では駄目です。ツァージェ一族か、中央の上級貴族か。その辺りでしょう」
「! それで同行しろと仰ったのですね!?」
なんてことだ。
知らぬ間にお見合いに引き摺り出されるところだった。
「顔と魔力量を売り込んでらっしゃい」
のおおおお。
「前は相手はフォルクハルトでも良い、という雰囲気だったではないですか! いきなりハードルが上がりすぎですわ」
抗議すると、クラウディアは痛ましいものを見る目になった。
「貴女の魔力量が、そこまで多いとは考えていませんでした。期待を持たせるような事を言ってしまいましたね」
「いえ。期待したわけじゃないのですが……」
クラウディアは、皆まで言わずとも分かっている、というような顔をしている。
「もしフォルクハルトを選ぶのなら、領主におなりなさい。婿としてなら、フォルクハルトは合格です」
「いやいや」
―――お母様。暴走し過ぎです。




