宣戦布告
城に戻っても、ゲルドゥヴォルの事が頭をよぎり、精彩を欠いた日々を過ごしていた。
フォルクハルトは何も聞いて来なかった。
だが、見つめる瞳に、腰に添える手に、気を使われている事は分かった。
フォルクハルトに全てを打ち明けてしまいたい衝動に駆られる。
泣いて喚いて、頭を撫でてもらいたくなる。
それでは早くカロリングを出るしかないですね、なんて言って、一緒に行きますよ、と抱きしめられたい。
―――なんて都合の良い妄想。フォルクハルトを巻き込んで良い訳ないのに。
ぼんやり考えながら、ページを捲る。
今ライラティーヌは、城の書庫でハルカラントを調べるついでに、ラフレモーサに関する記述を見ていた。
ラフレモーサで作る薬は、傷には効かず、治せるのは病だけ。しかも治せない病もある。
「それでも、現在確認されている調薬素材としては、最高の物とされているのよねぇ」
ライラティーヌは本を閉じると、両手を突き上げて伸びをした。
本をアンヌに片づけてもらって、一緒に書庫を出る。
部屋を出た途端、廊下を歩いていた人にぶつかりそうになった。
「おや。これは失礼」
―――ダミアン。
ヘルマンの腰巾着。おそらく一連の攻撃の首謀者。
アーレント家の長男。つまり本丸だ。
表情が険しくならない様に気をつけながら、
「ご機嫌様」
と笑顔だけ残して立ち去ろうとすると、珍しくダミアンが話しかけてきた。
「調べ物ですか」
「……ええ」
精霊から聞いた魔獣事件の犯人は、人相からしてマイルだった。お茶に毒を盛ったあのメイドだ。
つまりヘルマン側の人間。指示を出したのはダミアンだろう。
「最近は良く書庫に来ているらしいですね。新しい事業を始めたとか」
「……」
「女は女らしく、刺繍や音楽に力を注ぐべきでは? それとも本気で領主をお望みか」
蛇の様な目で見下ろしてくる。笑顔一つない。
とても領主一族に対する態度ではなかった。
―――とうとう、取り繕うのもやめたってことね。
「……貴方とまともに言葉を交わすのは初めてではないかしら。女だなんだと言っていられる程、今のカロリングには余裕がないと思いますけど? 先も文官の不正が発覚したばかりです」
まさか反論してくるとは思っていなかったのだろう。
ダミアンが片眉を歪ませた。
「成る程。立派な心掛けですな」
「普通のことですわ。これを普通と思わない方が、心掛けを見直すべきではないかしら」
ダミアンが奥歯を噛み締めるように、顔を歪めた。
「花を売るなど、所詮は子供のおままごと。その程度で何かを成し遂げたと勘違いしない方が良い」
「ご忠告有り難く。ところでヘルマン兄様は何かカロリングの為になさっているのかしら?」
「……」
そっちがその気なら、こちらも取り繕うつもりはない。
もうこちらの布石は完成している。
そろそろ宣戦布告すべき時だ。
丁度良い時に向こうから来てくれた。
思う存分憂さを晴らさせてもらおう。
「どうしたのです。随分と余裕がないように見えますよ。ああ、クレメンスと差がついてしまって慌てているのですね」
クレメンスは今、文官の不正事件のお陰で評価が上がっている。
更には新事業も好調なスタートを切った事で、今や一目置かれる存在になり始めている。
「わたくしは側近に恵まれたようです。ヘルマン兄様にも教え育ててくれる方が必要なのではないかしら?」
「私では不足だとでも?」
「他の意味に聞こえたかしら?」
ライラティーヌは、挑発するように微笑んだ。
「クレメンスはわたくしを甘やかしません。自分にもわたくしにも厳しい。対して貴方はどうかしら。ヘルマン兄様の関心が、自身ではなく領地全体に向いていないのは貴方の怠慢でしょう」
「私がクレメンス如きに劣っていると?」
「クレメンスは自ら窃盗犯を捕縛して、文官の不正を暴きました。自ら、ですよ。貴方の様に何もかも他人にやらせる様な卑怯者ではありません」
ダミアンの拳が小刻みに震えている。
血が滲みそうなほど、握りしめながら、物凄い殺意を込めて見下ろしてきた。
敵意で肌がピリピリするくらいだ。
「あまり調子に乗らない方が良い」
反論する余地がないのだろう。
苦しい負け惜しみを言うのが精一杯のようだ。
「悔しければ、貴方もご自分で何か手柄を立ててみなさい。いつものようにメイドにやらせるのではなく、ご自分でね」
ライラティーヌは出来るだけ憎悪を駆り立てるように、悠然と微笑みながら踵を返した。
「わたくしを見返してみなさい。楽しみにしていますわ。まあ、今の貴方では無理でしょうけど」
背中に殺意を感じながら、ライラティーヌは足音高く歩き去った。
―――言ってやったぜ! あースッキリした!




