事後の秋
『一度は言ってみたい台詞ベスト10』に入る名台詞を口にするという、貴重な経験から季節は流れ、カロリングに秋が来た。
秋は小麦の種蒔きに野菜の苗づくりや収穫等が重なり、農民にとって一年で一番忙しい季節だ。
平民だけでなく、土地持ちの貴族も多忙に追われる。その為、貴族学院も一月程休校になる。
最近のライラティーヌは、戻ってきたコンラーディンとトルティを共にする機会が増えていた。
コンラーディンには、特に隠し立てする事がないため、一緒にいてとても心地良い。
アンヌ、フォルクハルトに続く、貴重な癒し手となっていた。
「文官の不正の調べは、ほぼ終わったみたいだよ。不正に関わった者は、やはりというべきか、アーレント系が多かったようだね」
「でも本丸には辿り着けませんでした。残念です」
「ほんまる?」
「えーっと、トップという意味です。オットマーかダミアンが引っかかれば良かったのですが」
ライナーの家から見つかった、不正帳簿を証拠として、この件で四人の貴族が裁かれた。
カロリング領では類を見ない大捕物だった。
四人の内三人はアーレント派閥の貴族だったが、残念ながらアーレント本家までは手が届かなかった。
「でもバクジー子爵を裁けたのは大きいよ。あの家は代々過激なアーレント派だったからね。爵位も空いたし、これで少しは動きやすくなるだろう」
「そう言えば、バクジー領を治める新しい貴族が誕生したのですよね。どんな方ですか?」
「クレメンスと同期の准貴族だった男でね。男爵に叙爵されたよ。気の良い男だから、安心して任せておいて良いよ」
「そうですか。お兄様が満足そうなので、わたくしも安心致しましたわ」
「責任感の強い妹を持って、私は幸せだよ」
コンラーディンに任せる、と言ったのに領地の問題に手を出した事を言っているのだろう。
「出過ぎた真似でしたでしょうか?」
顔色を伺うと、コンラーディンが笑い飛ばした。
「私がそんなに器の小さい男に見えているのかい?」
「まさか! ですが、少しやり過ぎたかもと思わなくもないのです」
「ふふ。私に嘘を付かなくて良い。これだけで終わらせる気も無さそうに見えるよ?」
「よく見える目ですこと」
「お陰様でね」
笑い合う姿を見て、アンヌが微妙な顔をしている。
勘の鋭いアンヌの事だ。もうコンラーディンの目が見えている事は気付いているのだろう。
それでも敢えて口にしないところは、メイドの鏡に思えた。
実際はさして興味がないだけかもしれないけど。
「そんな事より、プリザーブドフラワーのお話を致しましょう。いきなりお兄様が大口の仕事を持ってきて下さったと聞いています。リィンが嬉しそうに素材集めに走り回っていますわ」
「私は製造に関してはノータッチなのだからね。せめてこれくらいしなければ、共同責任者として名を連ねているのが辛くなるよ」
「謙遜なさっても、わたくし知っておりますわ。新しいモノは作るよりも売る方が大変だって」
コンラーディンが貴族学院で、地道に築いてきた人脈が、今華開いたのだ。
どんなに良い物を作っても、売れなければ意味がない。
大勢のプロの手で行われる製造と違って、これはコンラーディンたった一人の功績だった。
「それで、お相手はどちらの領の方なのですか?」
「領というか、王族だよ」
「は?」
予想外過ぎて、食べていた焼き菓子を、口の端からポロリと落としてしまった。
―――今なんて言ったこの人?! 王族? 空耳?!
普通ならば、最初の注文はカロリング領内の貴族がご祝儀がわりに、というのが相場だ。
だがコンラーディンは、それを良しとしないとは推測できた。
きっと他領、もしくは他の自治領の貴族を捕まえてきたに違いない。ツァージェ一族とまではいかないだろうけど。
そう考えていた。
なのに、ツァージェを通り越して、まさかの王族。
有能すぎて怖い!
「それは、以前ツェツィの使い方をアドバイス下さった方でしょうか」
なんとか気を取り直して、聞いてみた。
「うん。冬に彼が主催のお茶会を開くのだそうだ。初めて任された大きなお茶会という事で、相談を受けたのだよ。出し惜しみする予定だったのだけど、青いトラフも勧めておいた」
「青いトラフですか? あまり量は作れませんが」
「一輪で構わない。なにせプロポーズ用だからね」
コンラーディンが悪戯っ子のようにウインクした。
「……それは、まさか。王族のプロポーズに、青いトラフを使うという事でしょうか?」
「その通りだよ。お茶会でみんなの前でやるつもりらしい」
「なんて事でしょう!」
そうとうお調子者な王族の様だ。
というか、王族のプロポーズ。しかも衆人環視。
これ以上のプロモーションは存在しないのではないか。
ライラティーヌは改めて、目の前に座る穏やかな兄に脱帽した。
上品で、美しく、一見ほんわかとして柔らかい。
だがその実、恐ろしく有能で、計算高い。
「お兄様が怖いです」
「ライラティーヌに比べたら、私なんて可愛いものだよ」
素直な感想も、コンラーディンは何の気負いもなく笑顔で流した。
「ではわたくしも負けていられませんね。ハーバリウムの素材探しに全力を尽くしますわ」
個人的な好みだが、プリザーブドフラワーはハーバリウムにしてこそ真価を発揮すると思っている。
枯れない花は冬こそ重宝されても、他の季節では所詮は生花の互換品だ。
だがハーバリウムにすれば、重力の影響がぐんと減り、生花では出来ないアート表現が可能になる。
水中に浮かぶ幻想的な雰囲気は、間違いなく人々を魅了できるだろう。
「出来そうなのかい?」
「それが実は、行き詰まっています。肝心の素材が見つからないのです」
リィンには探して貰っているが、待っているだけでは心許ない。
森の探索は続けるとして、本格的な冬が来る前に、少し足を伸ばして別の森も探しても良いかもしれない。
単に旅がしてみたいわけでは断じてない!
「無理はしないように。どうせ数年はプリザーブドフラワーを売り込む事で手一杯なのだから、焦る必要はないよ」
「はぁい」
―――なんか、心を読まれた気分。




