暴かれた罪~マルコ視点
心臓が痛み、眩暈がした。
何故だ、何故だ、という疑問符だけが頭を駆け巡る。
「な、何のことでしょう。全く覚えがございません」
「説明の必要もないでしょう」
「あります。私達も納得できる様に、説明して下さい」
眼鏡の貴族が生真面目に言う。
「ふぅ。面倒くさい」
「何ですか?」
「ナンデモアリマセン。えっとですね。ブランジェの納入日は毎週風の日でしょう。おそらくマルコは納入が終わったら一日貴族街で時間を潰し、夜中にリィンの部屋へ忍んでいたはずです。そうですね」
リィンが観念した様に頷いた。
「時間を潰している間、盗みを働いていたのですよ」
「たったそれだけの理由で疑われては困ります。私はただ貴族街で夜になるのを待っていただけです」
「やれやれ、ですよ。マルコ、これが何か知ってますね」
ライラティーヌ様の前に、メイドが一つの香炉を置いた。
「アークルが納入している香炉です。今回の被害者は全員これを所有していました。そして全員盗まれている。アンヌの実家なんて、他の貴金属は手付かずだったのに、現金と香炉だけはご丁寧に盗まれています。何故でしょう?」
「……分かりません」
「答えはこうです。マルコは納入の時に、在庫をチェックするフリをして、香炉の購入者のリストを見ていた。そして購入者の中から、盗みに入りやすい家を選んで犯行に及んでいたのです」
ライラティーヌ様は香炉の台座を扱うと、小さな魔石を取り出した。
「因みにこの香炉、分かりにくいですが魔術具でした。遠隔で眠り薬を散布できます。アンヌの両親が言っていた、変な匂いと言うのは、眠り薬の残り香でしょう」
「ですが」
眼鏡の貴族が横槍を入れた。
「近所の者に聞き取りをしたところ、不審者を見た者はいませんでした。白昼堂々の犯行で、一人も目撃者が居ないのは不自然です」
「不審者は、見なかったのでしょう。不審者じゃ無い者、つまり住宅街に居ても不思議では無い者の事は、誰も気にも止めないから覚えていませんよ。そう例えば、素材を届けに来た業者なんかです。素材屋のお仕着せを着た者が街を彷徨くのは日常ですね。リィン、マルコは貴方の店のお仕着せを持っているのではなくて?」
すっかり血の気の引いたリィンが、小刻みに頷いた。全身が震えている。
「持って、いました。偶に代理で納品をお願いすることがあったので」
「つまり、お仕着せを着て香炉を買った家に行き、人が居ないことを確かめる。万が一のため、魔術具の睡眠薬を室内に散布してから、犯行に及んだ、と言うことですか」
「はい。問題は帰りです。ブラアンジェ商会は商品の納入が終わるとすぐに貴族街を出ています。犯行の為に貴族街に残った平民のマルコが、一人で盗品を抱えて貴族門をくぐるのは目立ち過ぎます。ですから何食わぬ顔で、夜はリィンの家で一夜を明かしていたのです。リィンは利用されていたのですよ」
「そんな……」
リィンはついに泣き崩れた。
泣きたいのはこっちだ、と思う。
「帰りは翌日です。翌日はアークル商会の納入日ですね。香炉を納入していたのがアークルなのですから、アークルに協力者が居たのは明白です。アークルの荷馬車に身を隠して、貴族街を脱出した。協力者はルーデウスでしょう」
「ルーデウス? あの水死体の?!」
「十中八九。リィン、そうですね?」
リィンが頷くのを見て、俺はもう逃げ場がない事を理解した。
「ルーデウスは協力者ではありません。主犯です。俺はルーデウスの言う通りにやっていただけです」
苦しい言い訳だが、事実だ。俺は言われたままにやっていただけだ。
もともと窃盗になど考えてもいなかった。貴族の女を落とせただけで、十分満足していたのだ。
それをルーデウスが、どうせなら暇な時間を有効活用しろよ、と言ってきたのだ。
「そんな事、どうでもいいのです。わたくしが貴方に聞きたいのは一つだけ。――ライナー家から盗んだ物は何処にありますか?」
「!!」
この方は、一体何処まで知っているのか?
まるで見て来たかの様に、全てを言い当てられる。
たかが八歳の少女。なのにこの威厳はどうだ。
「ライナーとは、被害者の中で唯一の准貴族ですね。ライラティーヌ様、どういう事ですか?」
「ライナーは文官です。そもそも今回の一件を騎士団ではなく文官が処理していた事に違和感がありました。マルコはライナーの家から、ある物を盗んだ。それは人に知られてはならない物だったのでしょう。だからこそ、文官達は騎士団に内緒で盗人探しを行った」
「文官が、人に見せれない物……」
「不正の証拠、以外考えられませんわ。二重帳簿とか、収賄の記録とかですかね。ルーデウスは愚かにも、ライナーを強請ったのでは無いかしら? そして消された」
全員の視線が、俺に注がれた。
そうだ。だから俺も店を辞めざるを得なくなったのだ。
幸いな事に、ライナーに俺の存在は知られていない。ルーデウスの単独犯だと思っているはずだ。
貴族街から距離を取れば、もう安全だと思っていた。
それなのに。
「慎重に答えなさい。答え次第では、情状酌量もなくは無いかもしれなくはないかもよ」
「どっちですか!?」
ルーデウスから預かった物はある。
単なる帳簿だったが、ヤバそうな匂いがした。
決して誰にも見せるな、デカく稼いでくる、と言ってルーデウスは出かけて行った。それがルーデウスを見た最後になった。
「……リィンの家のキャビネットの裏に」
アレを手元に置いておくのは危険だった。
だがもしもの事態を考えると、捨てる事も出来ず、苦し紛れに隠したのだ。
「ハムドルト。フェーベと一緒にリィンに同行して。重要な証拠品よ。必ず手に入れて来て下さい」
「畏まりました」
恭しく拳を胸に当てる騎士の足元で、リィンが泣き腫らした目をライラティーヌ様に向けた。
「ライラティーヌ様、私は……」
この惨めたらしい女を、ライラティーヌ様自ら手を取った。
先程までの怜悧な表情が一変して、まるで聖女のようだ。
「本来ならリィンにも罪が下るところでしょう。ですがまぁ、微罪ですし、罪には問いません」
「そんな訳にはいきません。私は犯罪の幇助をしてしまいました」
「リィンは今から幸せになるのです。仕事と女の幸せ、両方手に入れるのです。わたくしからの結婚祝いと思って呑み込んでくださいな」
リィンは一瞬呆然とした後、嗚咽を漏らしながら、跪き、額をライラティーヌ様の靴に乗せた。
「ありがとう……存じます。必ずご期待に添える様、全力を尽くします」
「ふふ。夫婦で仲良く、この事業を盛り立てて下さいね。期待しています」
顔を上げたリィンの瞳には、力が戻っていた。
それは、今まで俺が見たこともない、美しい力強さだった。
――――――――――
「さて、クレメンス。マルコを逮捕しなさい」
「? 私がですか? 私はただ見ていただけですが」
「手柄を譲ると言っているのよ。貴方にはもう少し上に行って貰わないと困るの。命令です。貴方が追い詰め、捕まえた事にしなさい」
「……仰せのままに」
「文官の膿を出す絶好の機会です。一滴残らず搾り取って下さいね」
床に手をつき、項垂れる俺の顎を、ツイと持ち上げる物があった。
ライラティーヌ様の靴だった。
ライラティーヌ様は、足の先で俺の顎を持ち上げると、冷ややかに見下ろして来た。
貴族の気品も何もないポーズ。
だがこの荘厳さはどうだ。
「貴方は重要な証人だから、ちゃんと護るわ。命が惜しかったら、わたくし達の言う事を、しっかりとお聞きなさい」
俺は破滅したのだ。
この美しい幼な子の手によって。
「……あなたは、一体……」
知らずに口を突いて出た疑問。
それを聞いて、ライラティーヌ様は、さも嬉しそうに口の端を上げた。
「ライラティーヌ・カロリング。探偵さ」
「は?」




