別件逮捕~マルコ視点
何故こいつが……。
入室してきた人物を見て青ざめる俺の隣で、店主が揉み手で立ち上がった。
「これはリィン様ではありませんか。成る程、リィン様が担当となられれば、我らも気が抜けませんな」
「うふふ。これ以上ない人選でしょう?」
得意げに微笑むライラティーヌ様の奥で、リィンは戸惑った風で瞬いている。
一瞬、目があった。
相変わらず辛気臭い女だ。舌打ちしくたくなるのをグッと堪えた。
―――何故お前如きが、ライラティーヌ様の隣にいるんだ!
「ライラティーヌ様、これは一体?」
「リィン。取り敢えず座って下さい。長い話になりますから」
リィンは戸惑ったように、俺の方をチラチラと気にしながら、席についた。
リィンはライラティーヌ様に、何処まで話しているのだろう、と考えて馬鹿らしくなった。
全てご存知だからこそ、今日自分は呼ばれたのだ。
くそっ。沙汰を言い渡される被告人の気分だ。
「それではリィン様は、平民街に通われるのですか?」
「いえ。リィンは工房の跡取りとの婚姻が決まりましたの」
「なんと! それはおめでとうございます」
青天の霹靂とはこの事だ。
リィンは俺を気にしつつも、柄にもなく頬を染めて幸せそうに微笑んでいる。
―――なんて女だ。俺と別れてからまだ数ヶ月しか経っていないのに。
自分の事は棚に上げて憤慨していると、ライラティーヌ様と目があった。
その瞳が弓なりに笑った。ぞっとするような深い微笑みだった。
「わたくしも、今回のお話が纏まってとても嬉しく思っています。ここだけの話ですが、リィンはひどい男に遊ばれて、捨てられたばかりでしたの」
「ラ、ライラティーヌ様!」
慌ててリィンが止めようとしたが、ライラティーヌ様は気にも止めない風情で肩を竦めて見せた。
「あら、本当のことでしょリィン」
「それはそうですが。今は幸せですので。過去のことはもう」
「いいえ!」
話を逸らそうとしたリィンに向かい、ライラティーヌ様はピシャリと声を堅くされた。
「今が良いからと言って、過去の理不尽を許してはいけません。リィンが許しても、わたくしは女の敵を許すつもりはありません」
ライラティーヌ様は、もう取り繕うことなく、真っ直ぐに俺を見据えて来た。
背筋に冷や汗が流れるのを感じる。
生唾を飲み下す音が、室内に響いた。
「マルコ、お前まさか!」
その様子で、店主も気付いたようだった。
次の瞬間、思いっきり頬を殴られた。
「馬鹿野郎! リィン様はお貴族様だぞ! 少しばかり顔が良いからと言って調子にのりやがって!」
椅子から転げ落ちた俺の前に、リィンが躍り出て来た。両手を広げて庇う姿勢で叫んだ。
「おやめ下さい、ブランジェさん! マルコではありません。ライラティーヌ様は勘違いなさっているのです」
「勘違いじゃありませんよ」
そんな修羅場が、まるで見えていない様に、ライラティーヌ様は優雅に一口、お茶を口にして、艶然と微笑んだ。
「結婚して平民となる夢を見た。それは相手が平民だったと言うことです。加えてリィンには定期的に艶々に輝く日があったでしょう? 定期的に貴族街にやってくる平民なんて、納入業者以外ありませんよ」
ライラティーヌ様はにっこりと微笑むと、店主に向き直った。
「ブランジェさん。ここからは聞かない方が良いお話だと存じます。別室を用意しましたから、そちらでお待ち下さい」
まだ怒りの収まらない店主は、肩で息をしながら出て行った。
「さて。先程も言いましたが、わたくし女の敵を許す気はございません。本来なら不法投棄罪で裁きたいところですが、私怨はいけませんね」
当然だ。女を捨てて不法投棄罪など、聞いた事もない。
「ですから、残念ですが別件逮捕します」
「なっ?!」
思わず腰を浮かしかけ、いつの間にか背後にいた騎士に肩を押さえつけられた。
「お待ちください、ライラティーヌ様。別件逮捕はいけません。法を乱せば、領が乱れます」
後ろに控えていた、眼鏡の貴族が苦言を呈した。
貴族の中にも常識的な人間はいる様だ。
ほんの少し安心しかけたところに、ライラティーヌ様が驚愕の一言を放った。
「罪の捏造なんてしませんよ。罪状は連続窃盗罪。件の犯人はマルコなのですよ」




