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城への呼び出し~マルコ視点

 マルコは平民街の、ごくごく一般的な家に生まれた。

 毎日黙々と働けば、贅沢は出来ずとも慎ましく生きていける。つまり一生を費やしてもろくな財産を残せない、そんな家庭だった。


 神は不公平だ、と幼いマルコは思った。

 壁の向こうでは貴族と呼ばれる人々が、大した苦労もなく、裕福に暮らしている。


 ただ、魔力を持たずに生まれてきた、それだけで一生が決められてしまう。

 赤切れた両親の手を見る度に、暗い気持ちで神を恨んだ。


 自分に神が特別なギフトをくれていたのだと気付いたのは、十歳になった頃だった。


 マルコは特別に美しかったのだ。


 大して努力をしていなくても、褒められた。街に泥棒が出ても、マルコが疑われる事は決してなかった。例え本当にマルコが盗んでいたとしてもだ。


 自分が人よりも恵まれた容姿であると気づいてからは、その長所を最大限に活かす方法をとってきた。


 親の仕事を継ぐ家が多い中、マルコは就職先に商会を選んだ。見た目を活かすには、接客業が一番だと思ったからだ。


 客受けが良いという理由で、裏方からすぐに接客へと移動になった。売り上げは面白い程に良かった。


 商品知識よりも、いかに客を上品にエスコートするか、微笑みの仕方に力を入れた。それだけで責任者補佐まで上り詰める事が出来た。


 貴族街の店へ商品を納入する仕事も、当然のようにマルコもスタッフとして選ばれた。


 マルコの美貌は貴族街でも有効だった。

 少し優しくしただけで、店の女店員リィンは簡単に落ちた。店員だが、立派な貴族だ。


 自分の顔は、貴族相手でも通用すると証明できた事が、ただ嬉しかった。


 確かにあの頃のマルコは調子に乗っていた。


 そうだ俺は調子に乗りすぎたんだ、とマルコは苦しげに思った。



――――――――――



「マルコ、何をバサッとしてる。店を辞めたお前を態々連れて来てるんだ。しっかりその顔で契約を取ってくれよ」


 考え込んでいると、店主に膝で突かれた。


 場所は貴族街。その一番奥に鎮座する領主の住まう城だった。

 まさか城を訪れる日が来ようとは、いくら自尊心が高い俺でも想定外の僥倖だった。


「顔が良いってのは得だよな。まさか領主様の御令嬢までが、お前に一目会いたいと言い出すなんてな」


 勤め先だったブランジェ商会を辞めて随分経つ。なので店主が急に訪ねて来た時は驚いた。

 何でも大きな契約が取れそうで、雇い主であるライラティーヌ様が、俺を名指ししたのだそうだ。


 何故と疑問に感じるが、悪い気はしない。


「頑張ってライラティーヌ様に気に入られてくれよ。礼は弾むからな」

「頑張りますよ」


 俺としても、またとない話だった。

 店を辞めざるを得なくなってから、新しい仕事は見つかっていない。金銭に困っている訳ではないが、無職だと外聞が悪いのだ。

 ここで領主の御令嬢に気に入られれば、未来が開けると言う物だ。


 身嗜みにおかしな所はないか、再度チェックをしていると、ドアを叩く音がした。


 立ち上がり、床に膝をつく。


「顔をあげて、楽になさって下さい。わたくし人に跪かれるのが嫌いなのです」


 鈴を転がすような声が出て降って来た。

 八歳と聞いていたが、思ったよりも落ち着いた話し方をする。


 恐る恐る顔を上げると、眩いほど美しい少女が立っていた。


 銀のように輝く淡い緑の髪。アメジストのような瞳に長い睫毛が重なっている。


 やはり神は不公平だ。

 この世には、こんなにも美しい人がいる。

 魔力も権威も美貌も、全てを持ち合わせた少女に、嫉妬を通り過ぎて憧れを抱いた。


 そしてその憧れは、俺の野心を揺り起こすに充分だった。


―――絶対に、落としてみせる。


 決意を胸に名乗りを上げると、ライラティーヌ様は艶やかに微笑まれた。


「あなたがマルコですか。ぜひ一度お会いしてみたかったのです。本当に美しいお顔ですね」

「恐縮です」

「ライラティーヌ様におかれましては、新しく事業を始められるとか。その様な大事に我が商会にお声をかけて戴き、恐悦至極に存じます」


 店主が謙ると、ライラティーヌ様はくすくすと微笑まれた。


「まあ、そんな無粋な話は後で良いではありませんか。少し世間話を致しましょう」

「は、はぁ」


 この娘の浮世離れした雰囲気は何だ。

 貴族街に出入りする様になって、貴族も所詮は平民と大差ない。単に魔力を持っているだけの人間だと思うようになっていたが、まるで違った。


 今まで付き合って来た貴族達は、貴族の下の下だったんだ。

 現に、ライラティーヌ様の後ろに立つ眼鏡の男性貴族も、護衛騎士達も、明らかに平民とは違うオーラを発している。


「最近の平民街はどうですか? 何か変わった事はあったかしら?」


 俺の動揺に気付くこともなく、ライラティーヌ様は世間話を始められた。


「つつがなく。平穏なものです」

「そう言えば、先日川で死体が上がっていましたね。あの件はどうなったのかしら?」


 何気なく口にされた言葉に、心臓が跳ねた。


 亡くなったのはルーデウス。

 リィンとの逢引きをする手助けをしてくれていた男だった。今となっては、思い出したくもない男だ。


「単に足を滑らせて、頭を打っただけの様です。商売敵とは言え、酷い事です」

「ああ、ルーデウスはアークル商会だったわね」

「よくご存知で。流石でございます」

「うふふ。わたくしゴシップが大好きですの。そうそう。貴族街でも先日面白い事件があったのですよ。連続窃盗事件です」

「ラ、ライラティーヌ様」


 俺は堪らずに話を遮った。


「何ですか?」

「いえ、あの……そろそろ御用向きを伺えたらと」


 普通に考えれば、貴族の話を平民が遮るなど、許される筈もないのだが、ライラティーヌ様は気分を害した風もなく、話を変えてくださった。


「ご存知の通り、新しい事業にご協力戴く業者を探しているのです。ブランジュか、アークルかで迷っているところなのですよ」

「是非、我がブランジェ商会にお任せ下さい」

「お任せするからには、信頼の出来るところにしたいのです。どちらの商会も最近責任者クラスの方が辞められているでしょう?」


 それで、今日俺が呼ばれたのか。

 暗に名指しされて、横顔に店主の視線を感じながら、俺は居住まいを正した。


「何故、お辞めになったのかしら? 理由が聞きたくて今日はお呼びたてしたのです」

「それは……一身上の都合です」

「わたくし、本当の理由が聞きたいのです」


 微笑みは柔らかいが、有無を言わせない響きがある。


「母が身体を壊しまして」

「もう一度言いますよ。わたくし、本当の理由が知りたいのです」

「……」


―――何故嘘がバレている? まさか調べたのか?


 口を開けずにいると、ライラティーヌ様が小さく肩をすくめた。


「仕方ありませんね。ですが、これでは業者を選ぶ事が出来ません」

「お待ちください、ライラティーヌ様。マルコは本当に自己都合で辞めたのです。店には何の問題もございませんぞ」


 店主の主張を、ライラティーヌ様は薄く笑んでいなされた。


―――参った。素直に話すべきか。いや、それでは店はおろか、俺の信用も無くなってしまう。くそっ。


 歯痒さに震えている前で、それでは次案を採用する事にする、と仰った。


「特定の商会を決めるのではなく、工房が直接仕入れる方法を採ろうと思います」

「直接。そうですか」


 店主が明らかにホッとした顔をした。

 貴族と取引をするよりも、工房の方が余程やり易い。職人など、どうとでもあしらえるのだ。


「その為、工房に素材に明るい専門の者を置く事にします。素材に関してはその者に一任します」

「成る程。今後はその方と商談すれば良いのですな」

「ええ。競合は多いと思いますけど、頑張ってみて下さい」


 どうやら無事に話が進みそうな事に、胸を撫で下ろした。専任業者でないのは残念だが、ようはその専門の人を懐柔出来れば良いのだ、


「今からその者を呼びますね。顔を知っている方が、今後もやり易いでしょうから」


―――出来れば女が良いな。女なら俺の出番だ。


 今後の算段を立て始める。


 やがてドアを叩く音に続いて現れた件の専門官を見て、俺は絶望した。

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