アンニュイの理由
「ハルカラント、ですか。聞いたことがございませんね」
城の一室で、アンニュイな女店員は理知的な瞳を曇らせた。
あれから足繁く素材屋に足を運んだ甲斐があって、女店員とはそこそこ気心がしれた仲になれていた。
今では、購入した素材を城に納入して貰うついでに、一緒にお茶を楽しむくらいの間柄だ。
彼女の名前はリィンと言って、出来る女の風情を身に纏っている。
自分でバリバリ仕事を取ってくるバリキャリというよりも、社の中で力を発揮する営業事務といった感じの女性だった。
リィンの知識はとても役に立つ。
いつか艶々の彼女を見てみたいと思うのだが、今のところその僥倖に出会っていない。リィンはいつ見てもアンニュイだ。
「お力になれず申し訳ございません。必要でしたら、少し情報を集めてみましょうか」
残念ながら、プロでもハーバリウムの素材は聞き覚えがないらしい。
余程レアな素材であれば、事業として成立はしない。ハーバリウムは諦めることも考慮に入れなければならなそうだ。
「ではタイリューガはどうかしら?」
気を取り直して、シャンプーの素材を聞いてみた。
「それでしたら、国中何処にでもございます」
「そうなのですか? わたくしまだ見た事がございません。どのような素材なのでしょう」
「素材と言いますか、あまり使い道のない樹木です。樹液が独特で、触っただけでかぶれるのです。乾燥させる事が難しいので建築資材にもなりませんし」
詳細を聞きながら、メモを書き付けていると、リィンが眩しげに目を細めた。
「ライラティーヌ様の素材図鑑。完成したら必ず購入させて頂きますね。私などでは、いつ購入資金が貯まるか分かりませんが、必ず」
「本ってそんなに高価なのですか?」
「専門書は財産ですから。私の様な底辺の亜貴族では手が出せませんね」
リィンの様に知識豊富であっても、貴族街では底辺扱いなのか、と少し寂しくなる。魔力に恵まれなかったのだろうか。
そんな事を考えていると、リィンが寂しげに言った。
「私の魔力は、亜貴族ギリギリなのです。なのでせめて知識だけはと、必死で学びました。買い付けに他領へ赴いた事もあります。ですが仕事に夢中になっている内に、気がつけばこんな歳になっていました」
リィンは今年で三十だと言う。
十代で婚約する人の多いこの世界では、行き遅れの範囲に入るだろう。
「でも、良い人はいらっしゃるのでしょう?」
艶々の日は、恋人に会った翌日だろうとの噂話を思い出す。
「……。いいえ。結婚して平民になる夢を抱いた事もありましたが、夢で終わった様です」
なんと、艶々の日に当たらないと思っていたら、とっくに別れていたなんて!
「三十過ぎた女を捨てるのは、不法投棄。犯罪ですわ!」
ライラティーヌは、昔どこかのお笑い芸人が言っていた言葉を告げた。女の一番輝く時期を独占した挙句捨てるなんて、許せない!
鼻息を荒くすると、リィンはコロコロと笑った。
それは初めて見た、リィンの明るい笑顔だった。
「ライラティーヌ様にそう言って頂けて、胸がスカッとしました。私今後も仕事に邁進しますので、どうぞご贔屓に」
凛と宣言する姿が痛ましい。
リィンの為にして上げれる事と言えば、精々お得意さんになってあげる事くらいだ。
でも、店の素材はあらかた買い揃えてしまっている。
―――あ、そうだ。
「素材の調合に使う機材なんて、手に入るでしょうか?」
「調合ですか? それはもちろん仕入れる事は可能ですが、貴族向けだと値もはりますが」
「貴族向け? 平民向けと何か違うのですか?」
「全く別物ですわ」
貴族は魔術で調合を行う為、調合器具は魔術具なのだという。
魔力のない平民は、いわゆる理科の実験で使っていたような器具を使用するらしい。
「私も簡単な調合は出来ますが、魔力が心許ないので、平民用のものを使います。貴族向けのものは、失敗も少なく、簡単に調合が出来るそうです」
「両方欲しいですが……」
ちらっとアンヌを見ると、少し困った顔をしていた。
かなりの高額になるようだ。
―――うーん。私が欲しい物って、最終的には事業に結び付けたい物ばかりだから、平民が作らないと意味がないよね。魔術具なら、自分で作った方が安上がりだし。
「平民用を一式お願いします」
「畏まりました」
商談がひと段落したので、お菓子に手を伸ばす。
リィンへの手土産に、ジャムとスコーンも用意してあった。差し出すと、とても嬉しそうに受け取ってくれた。
「それにしてもリィンは、カロリングを出た事があるのですね。他の街はどんな感じですか? カロリングとは雰囲気が違うのかしら?」
「私が行ったのは平民街ですから、貴族街しか知らないライラティーヌ様からしたら、別世界だと思います」
「まあ! 平民街ですか!」
「ええ。安く仕入れるには、直接平民街の素材屋に行った方が良いので」
「リィンは見た目によらず、行動力があるのですね」
感心して嘆息すると、リィンは恥ずかしそうに睫毛を伏せた。
「私は亜貴族でも最下層ですから、貴族街よりも居心地が良いだけです」
「アンヌ、亜貴族ってそんなに扱いが低いのですか?」
心配になって聞いてみると、アンヌは当然のように頷いた。
「貴族街では亜貴族は労働階級ですから。更にリィンのように殆ど魔術の使えないとなると、扱いは低くなりますね」
「そうなのですね……」
「亜貴族ギリギリであれば、平民街に移り住んだ方が余程贅沢な暮らしが出来る、と言われています。あちらにいけば、腐っても元貴族ですから、尊敬を持って接して貰えますからね」
前世でも、生まれた家の収入でその後の人生はある程度決まる物ではあったけど。
それにしても、この魔力の第一主義は、かなりシビアな世界だと思えた。
魔力をふんだんに与えてくれたルイに改めて感謝しておかなければならない。




