ラフレモーサ
木漏れ日すら眩しさを感じさせる季節になった。
ライラティーヌはやっと解禁された森に来ていた。
結局、何の成果もなかった森の調査だが、今は魔獣は安定しており、現状の安全は確認されたらしい。
大きく深呼吸して、久しぶりの森の空気を胸いっぱいに、吸い込む。
「ん――。やっぱり空気が美味しいですね」
「すっかり暑くなってきましたね」
「ええ。森の様子も変わりましたね。青々としていて夏の装いです」
季節が進んだ為、初めてみる花や、すっかり育ち切ってしまった野草なんかもある。素材図鑑がまた進みそうで嬉しくなった。
目につくものをスケッチして回りたくなるが、今日はちゃんとした目的があって来たのだ。
「今日は少し奥まで行ってみたいのですけれど」
「まあ、今日は騎士が三人揃っているので多少の無理は平気ですよ」
「ありがとう存じます。まだ行ったことのない場所に行きたいのです。未遭遇の素材を求めています!」
「あるかないかも分からない物を探して、森の奥を彷徨うおつもりですね?」
「うふふ。その通りです」
どの方角にするかを相談し出した騎士達に釘を刺す。
「言っておきますけど、ダノ爺も行ったことがない様な場所にして下さいね。未踏の地を所望します!」
目的はハーバリウムの材料となるハルカラントという素材だ。樹木だと言う事以外、何も分かっていない。
ダノ爺も知らなかったので、この森にはないのかもしれない。あるとすれば、ダノ爺が行ったことのない場所だ。
相談の結果、北西に進むことになった。
こちら側は足場が悪いらしく、ダノ爺もあまり行かないのだそうだ。
意気揚々と出発したは良いが、三十分も経つと雲行きが変わって来た。
「足場が悪いって、こう言う意味だったんですね」
山あり谷ありの、アクロバティックな道を想像していたが、実際は土が水を含んでいるのだ。
湿地帯のような感じで、ぬかるんでいる。
「靴が泥だらけです」
「これ以上進めば、靴だけでは済みませんよ」
「ここから先は歩きではちとキツイのじゃよ。わしに騎獣があればこちら側も見回れるのじゃがな」
ダノ爺が、催促するように騎士達を見た。
「騎獣の出番という訳ですね。三人で来ていて良かった」
フォルクハルトにライラティーヌが、ハムにダノ爺が、其々相乗りをして、ここからは低空飛行での探索となった。
ライラティーヌが前に座り、フォルクハルトが後ろから両手を回して手綱を握った。
ふわり、とした浮遊感の後、するすると前方へと動き出した。
初夏の風が頬を撫でて通り過ぎていく。
袖から、首元から、空気が流れ込んで服を揺らす。
「わあ――」
ほんの数メートル地上から離れただけなのに、視界が一気に開放感に包まれる。見下ろす湿地帯の所々では、水溜まりが空を映している。
風と共に流れていく景色が、何とも言えない爽快感を呼び起こした。
ライラティーヌは騎獣から手を離すと、両手を広げて正面から風を受け止めた。
―――いやっふう! 本当に空を飛んでる!
「ライラティーヌ様! 危ないです。しっかりと捕まっていて下さい」
「何を言うのです。これは魔法使いが初めて魔獣にのった時の正式な作法ですよ」
「魔法使いとは何ですか? それにこれは魔獣ではなく、騎獣です」
「細かい男は嫌いですよ。ありすとろーなむぱとろーなーむ、ですよ」
「何ですか、それ」
「魔を払う呪文です」
「私は魔ではありません!」
風に押されないように、いつもより大声になる。
それもまた、開放感を助長してくれる。
「前回も乗ったではないですか」
「魔獣の時ですか? あれはノーカンですよ。あ、あの木は初めて見ました。ダノ爺、あれは何ですか?」
「マンダーブじゃな。根に多くの水を蓄える木じゃの。カロリングを水害から護っている大切な木々ですの」
スケッチしたい衝動に駆られるが、それは後日だ。今日の目的はハルカラント。
今クレメンスが業者の選定を行ってくれている。業者が決まり、話が進み出す前にハーバリウムに目処をつけておきたかった。
「ダノ爺が知らない植物を見かけたら、教えて下さい。それ以外は今日はスルーします」
「ふぉっふぉっ。責任重大ですな。分かりましたぞ」
――――――――――
ハルカラントが見つからないまま、湿地帯エリアを抜けたところで、小さな湖を見つけた。
木々に抱かれるような、ポツンとした佇まいの湖だった。水際には、一本の古木が聳え立っている。
「立派な木ですね」
休憩がてら、湖のほとりでトルティを食べながら、古木を見上げた。
「ポルプーラですな。珍しいものじゃないのう」
樫の木に似ている。
特筆するほど背が高い訳ではないが、幹が太く、直系にすれば二メートルくらいありそうだった。
「虚が空いていますね。秘密基地に出来そうです」
地上から一メートル程の高さに、立派な虚が見えた。ハムは無理だが、子供なら入れそうな大きさだ。
「あのサイズでは、ライラティーヌ様は入れても、外から丸見えですよ」
「意外と奥は広いかもしれませんよ。ちょっと覗いて来ます」
冒険気分で覗き込んでみると、そこには広々とした空間……ではなく、案外狭いスペースがあった。
マンションの電話台くらいといった感じのスペースが、幹の真ん中に鎮座していた。
ただ、その電話台サイズの場所は、小さなお花畑になっていた。
開いている花はなく、どれも蕾の状態だ。
後一歩で咲く、というような、ふっくらと開き始めた蕾で、花が淡い紫だと分かるくらいには開き始めていた。
「初めてみる花です。どんな花が咲くのかしら?」
「これは! まさか」
後ろから覗き込んだダノ爺が、驚きの声を上げた。
「ダノ爺、知っている花ですか?」
「いや……、初めてみるから多分としか言えぬが、ラフレモーサじゃなかろうか」
「ラフレモーサ?」
鑑定で確かめてみると、確かにラフレモーサだった。
―――どこかで聞いた事があるような。うーん。何処だったかな。あ、アンブロシアの素材の一つだ!
「これがラフレモーサ?! 私初めて見た――」
フェーベが嬉しそうにはしゃいだ。
「フェーベが喜ぶという事は、薬草ですか?」
「はい。まずお目にかからない、最高級素材です。ラフレモーサで治せない病はないとまで言われています。まさか、こんな身近に生息していたなんて」
「それは、是非ともコレクションに加えなければ」
数株採っておいて増やしてみよう、と手を伸ばしかけた時、ダノ爺の厳しい声に止められた。
「触ってはなりませぬ!」
びっくりして、手を引っ込める。
「ラフレモーサは開花前に人の手が加わると、薬から毒に変化するのじゃよ。絶対に人の手では育てられぬ。だからこそ、幻の薬草と言われるのじゃ」
「触っただけで、ですか?」
「見た目も香りもそのまま、成分だけが毒に。取扱の難しい薬草なのですよ」
「ではこれは、既に毒かもしれないのですね」
「それはないじゃろう。虚の苔が痛んでおらん。ここ数年誰も立ち入っていない証拠じゃ」
慌てて鑑定してみると、ちゃんと説明の場所に、回復薬の材料と記載されていた。毒化はしていないようだ。
「開花してから採取しなくてはいけないのですね」
「はい。二年に一度、満月の夜に一夜だけ咲くのです。しかも、一度咲いたら翌日には枯れ始めます。一度枯れたら数年は同じ場所には咲きません」
「そ、それは。本当にレア素材ですね」
欲しい。
絶対に欲しい。
でも、開花を待つしかなさそうだった。
「これは、いつ頃咲くのでしょう」
「ここまで開きかけているのですから、今年でしょうな。ラフレモーサの開花は秋じゃて、今年の秋の満月の夜じゃろうな」
「わたくし絶対に採りに来ます」
「夜ですよ?」
「それが何か?」
「はぁ――。駄目です」
ハルカラントは見つからなかったが、思いがけない素材に出会えた。
とても役立ってくれそうな素材だ。
そう、とても。
ハルカラントは、仕方ないので探すのを諦めて、プロの手を借りることにしようと決めた。




