【幕間】新事業の思案~クレメンス視点
私はクレメンス。
コンラーディン様に付き従って貴族学院で過ごしていたところ、ライラティーヌ様の気まぐれな命令で、急遽カロリングに戻ってきた。
コンラーディン様のいない城にいても仕方がないので、自宅で過ごしている。
今は自室で資料に目を通していたところだ。
カロリングに呼び戻されたのは想定外だったが、抱えている案件を進めるには好都合だ。
コンラーディン様とライラティーヌ様が、初めて手掛けられる事業なのだ。何としても成功させねばならない。
キャビネットの上には、ライラティーヌ様から戴いた、プリザーブドフラワーが飾られている。もう二月以上経つのに、未だに色褪せる事なく、瑞々しく咲き誇っている。
このような未知の技術を、僅か八歳のライラティーヌ様が考案されたとは、誰も信じないだろう。
これも、ライラティーヌ様の中に眠るもう一人分の記憶がなせる技なのだろう。
「業者の選定は進んでいるか?」
資料をめくっていると、父が入ってきた。
「製造業者は決まりました。今は素材を納入する業者を」
「ふむ。見せてみろ。……アークル商会とブランジェ商会か。どちらも老舗だな。アークルは確か元亜貴族が店主だったか」
「はい。元亜貴族だけあって、貴族とのやり取りに長けているようです。信頼度はカロリング随一かと」
「ブランジェはどうだ」
「こちらも貴族街に商品を卸しています。他領へも顔が効き、珍しい素材を入手できる強みがありますね」
「身辺調査はどうなっている」
「こちらです」
私は先程まで目を通していた書類を手渡した。
事業を任せるのだ。
その業者は徹底して下調べを行う。
取り分け身辺調査には力を入れる。汚い手を使う商人は多い上、アーレントと繋がっている可能性もあるからだ。
店主だけではなく、主だった従業員に至るまで、素行調査を行っていた。
「何か問題が?」
私の顔色をみて、父が聞いてきた。
「問題、と言うほどでは。ただどちらの商会も、最近責任者クラスの者が辞めているんです」
アークルはルーデウスという三十代の元亜貴族が、ブランジェはマルコという二十代後半の男が、其々一月程前にで辞めていた。
「他店に引き抜かれたのではないか?」
「どうも違うようです」
私はアークル商会の名簿を指さした。
「ルーデウスという名に聞き覚えがあったので調べたところ、先日水死体で発見された男でした」
「っあの魔獣騒ぎの犯人と言われている男か」
そう言われてはいるが、ライラティーヌ様は、はっきりと否定された。
どの様にして真相を掴んだのかは分からないが。
「ではブランジェ一択だろう。アークルはアーレントと繋がっている可能性がある。何を悩んでいる」
ルーデウスという男が魔獣事件と無関係であれば、アークルとブランジェは遜色ない取引相手なのだ。
―――だが、どちらにせよ、従業員が水死体であがるなど、キナ臭くはあるな。
もう少し検討してみると告げて、資料を綴じると、父が生暖かい目で見ていた。
頑張っている幼な子を見る目つきだ。
「……なんですか?」
「いや、こうやって世代が代わって行くのだと思うとな」
「何を年寄りじみ事を」
五十を越えた者はすぐにこういった事を言いたがる。
鬱陶しいものだ。
以前はもっと、切れ味が鋭かった人だが、最近はめっきり丸くなった。
老けたとも言う。
そう思って見てみると、確かに疲れた顔をしていた。
「顔色が悪いですよ。少し休まれては。ライラティーヌ様も心配されていましたよ」
言うと、父上は少し戸惑う様な表情をした。
「うむ。先日ライラティーヌ様がヨアヒム様に直談判されてな。無理やり三日の休暇を取らされたのだ」
は?
領主に直談判?
「なんですかそれは? 非常識にも程がありますよ」
「う、うむ。これでは『ぶらっくきぎょう』だとか、『ゆうきゅうきゅうか』が何とか。中々の啖呵の切りようでな、ヨアヒム様も苦笑いされていたよ」
眩暈を覚える。
多少の体調不良など、勤めを休む理由になどなる筈はない。そもそも父ほどの立場になれば、その体調に目を光らせている政敵だっているというのに、不用意に無駄な休暇を取らせるなど。
「どうも正義を履き違えておられるようです」
「そう言うな。追々学べば済むことだ。寧ろ教えることの出来ない優しさを、既にお持ちの事を誇りなさい」
いや、あのお人好しは前世の記憶のせいだろう。沙夜がいた世界は、随分と優しい世界だったようだ。
だが、それではここで生きていけない。
「それにライラティーヌ様は、人に物を贈る事がお好きな様だ。手作りの茶葉を戴いた」
「私は眼鏡の図柄が施されたハンカチでしたよ」
ハンカチを見せると、父上が吹き出した。
「なかなか独特なセンスをお持ちだ。先日もヨアヒム様への贈り物の相談を受けてな。ヨアヒム様はライラティーヌ様から格好良い父親だと思われたがってる節がある、と助言差し上げたのだ」
格好良い父親か。では衣服か、装飾品か。私のハンカチの様に、無粋な意匠を施さなければ良いのだが。
そう考えている目の前で、父上が溜まりかねた様に吹き出した。
「後日、騎士団の制服が届いたのだよ。ご丁寧にヨアヒム様の名まで刺繍されてな」
「それはまた……」
どんな感覚をしているのだ。
幾らご自分が騎士に魅力を感じようとも、所詮は騎士団。領主の下に位置する存在なのに。
実子でなければ、不敬極まりない行為だ。
いや、実子でもアウトだろう。
「ヨアヒム様も、さぞかしお困りになられたでしょう」
「ライラティーヌは強い者が好きなのか、と肩を落とされていたよ」
まったく。贈り物とは自分が贈りたい物ではなく、相手が喜ぶと物の事なのに。
そんな基本的な常識すら分からないとは。
「常識を一から教え直さねばなりませんね」
「良いではないか。実に子どもらしく微笑ましい話だとは思わぬか」
そう言われて、ハッとした。
そうか。ライラティーヌ様はまだ八歳なのだ。
自分が好きな物は、相手も同じくらい好きだと勘違いしている年頃だ。
一人前の大人としての常識を求めては酷というものか。
―――いや、沙夜は大人じゃないか!
いけない。流されるところだった。
やはりライラティーヌ様は、単なる常識人知らずな方だ。




