一人で良く頑張りましたね
「何これ、何これ?! 最近の人間はこんな物を食べているの? 人間のくせに生意気よ!」
カリオンが、凄い勢いでたこ焼きにがっついている。
拘束を解かれたフォルクハルトは、生きた心地がしないようで、まだ一口も食べていない。
ヴォルデマールは肝が据わっているのか、黙々と食べていた。一口目を食べた途端、カッと目を見開いたが、感想を口にする事はなかった。
みんなの驚く顔と賞賛を期待していただけに、残念でならない。
それもこれも、カリオンのせいだ。
「ヴォルデマールさん。たこ焼きはどうですか?」
「まあまあね! もっとよこしなさいよ」
何故かカリオンが返事をした。
「カリオンに聞いてないわよ。でも、美味しそうに食べてくれて嬉しいよ」
「え、ええ。これは面白い料理だわ。お前もそう思うでしょ」
水を向けられたヴォルデマールが、上品に口元を拭った。
たこ焼きをこんなに上品に食べる人、初めて見た。
「うむ。実に驚きのある料理だ。この様にトロトロと柔らかい物が、薄い皮一枚で球体を保てている。外はカリリと香ばしく、中はトロリと芳醇だ。香り、味、舌に触れる感触。全てに置いて絶妙な仕掛けが施されている」
―――長いわ!
「一言で言うと?」
「実に美味だ」
「うふふ。お口にあって、良かったです」
話しているうちに、三回目も焼き終わった。
これくらいあれば、ハムがいてもそこそこ満足して貰えるだろう。
「クーシュリング」
ボウルやホットプレートを洗浄し、何でもポケットに仕舞う。
「え? もう帰るの?」
「うん。外にいる仲間にたこ焼きを届けなくちゃいけないんだよね。冷めたら美味しさ半減だから」
それに、ここにいたらフォルクハルトが食べれなくて可哀想だ。
「ま、まさか。それを全部持っていくの?」
「うん。こっちのは全部食べて良いよ」
一番目に焼いたものを指さす。
「待ちなさいよ。アンタが出て行ったら時が止まるのよ。食べれないじゃない」
「え?、動けないの? 神なのに」
「あ、そうね。動けたわ」
「……」
カリオンは、拗ねた顔でたこ焼きを頬張った。
「……もしかして、寂しいの?」
「ば、バッカじゃないの? 用があるのはタコヤキだけよ!」
―――なんか可愛いな。
「じゃあ行くね。騒がせて悪かったわ」
皿いっぱいのたこ焼きを抱えて、三人で転移の魔石に向かう。
魔力を流し、外に出ようとした時、カリオンが
「おい、そこの」
とヴォルデマールを呼び止めた。
「お前は次に来たら本当に殺すわ。今回だけは、タコヤキに免じて見逃してあげる。次はないわよ」
―――え? 知り合いだったの?
ヴォルデマールは眉間に皺を寄せたまま
「承知した」
とだけ言うと、さっさと外へ出て行った。
――――――――――
「おいしーい!」
「なんだこのソースは?! ガツンとくるのにいくらでも食べれるぞ」
「あの穴は、このカタチを作るための物だったのか。いや、よく考えたもんだ」
フェーベ達がたこ焼きに舌鼓を打っている、楽しげな声が聞こえる。
―――いいなぁ。私もあっちに加わりたい。
ライラティーヌは今、店の小部屋でヴォルデマールとフォルクハルトに睨まれている。
小さな丸椅子に座らされ、目の前に二人が居並ぶ様は、まるで万引きで捕まった生徒みたいだ。
「説明しろ」
取調官、もとい、ヴォルデマールが凄んだ。
「本当に、この間会っただけなのです。まともに話したのも今回が初めてです。カリオンに口止め、というか脅迫されていたのでお伝えしませんでした」
「何故、あんな危険な存在がいると分かっておきながら、今回ジオルレイドに入られたのですか?」
若手刑事、もとい、フォルクハルトも怒っている。
「え、えへ?」
「まさか、忘れていたのですか?」
「ううう。はい。すっかり忘れていました」
「どうやれば、あんな常識外の存在を忘れる事が出来るのですか」
「考えても無駄な存在だと思ったのです。考えるのを止めたら、頭から綺麗さっぱり消えてしまったのです」
不思議慣れをし過ぎているのかもしれない、と思う。
転生やら、精霊やら、神やら。
こうも立て続けに起これば、もう何が異常事態なのかも分からなくなってきている。
「ルイとは何者だ」
「半年前、わたくし一度死んでいるのですが、ご存知ですか?」
「ああ、聞いている」
「その時に一度だけお会いしました。神だと仰ったけど、ルイという名の神はいないですよね」
「ああ。カリオンもいないな。どちらも偽名だろう」
ルイは偽名というよりは、渾名に近い気がする。
カリオンがルイと呼んでいたのがその証拠だ。
「お手付きとは何だ。ルイと名乗る神との間に、何かあったのか」
「まさか! わたくしが生き返る事が出来たのは、ルイのお陰だというだけです」
「では、オーサカというのは何処だ。私は聞いた事のない地名だ」
「……食い倒れの街です。御伽噺みたいなものですよ」
ヴォルデマールはこめかみに指を当てて、考え込んでしまった。
考えが纏まるまで、椅子に座ったまま足をパタパタして待つ。
「ルイと呼ばれる者から、何が使命のような物を受け取ったか?」
考えが纏まったのか、ヴォルデマールが問いかけて来た。
「いいえ。ただ祈りを捧げて欲しい、とだけ」
「祈る?」
「わたくしにとって祈りとは、歌う事です」
「奉納歌か。なるほど」
精霊の事を伝えるべきか、少しだけ迷った。
今更ヴォルデマールに隠し立てする事でもないように思えた。
「わたくしが歌うと、精霊が元気になるんです」
素直に伝えると、ヴォルデマールが驚愕の表情で、腰を浮かした。
が、すぐに納得したように、深く座り直して掌で顔を覆った。
「そうか……。其方は知覚者か」
「わたくしの他に、知覚者のお知り合いがいましたか?」
何となく、ヴォルデマールの様子からそう思えた。
先ほどの言葉は『其方は』ではなく『其方も』だったように感じたのだ。
予想通り、ヴォルデマールは少しの迷いの後、頷いた。
今度はライラティーヌが腰を浮かす番だった。
まさか、こんなに身近に知覚者がいるとは思わなかった。
会いたい。
驚きよりも先に、そう思った。
会って、話がしてみたい。
精霊とは何なのか。魔力とは何なのか。聞いてみたいことは沢山ある。
そして消し難い疑問。もしかして、その人は転生者ではないのか。
「その方にお会い出来ませんか? わたくし分からない事だらけで、同じ経験をした方であれば、何かと教わることもあると思うのです」
勢い込んで頼んだが、ヴォルデマールはあっさりと首を振った。
「その者は見えるだけだと言っていた。言葉を交わすことも、心を通わせることも出来ない、それが悔しいと。もちろん歌で力を与えるなど考えられぬ。同じ知覚者と言えど、其方とは違う」
「それでも構いません」
「諦めろ。……その者は知覚者であったが故に、幸福とは言えない人生を送っている。同族に会えたことを嘆きはしても、喜びはしないだろう」
食い下がってみたが、取りつく島もなかった。
ヴォルデマールはどこか苦しそうだ。その知覚者を救えなかったことを悔いているように見えた。
「その方は、ヴォルデマールさんに近しい方だったのですね」
ヴォルデマールはその問いには答えず、真剣な視線を向けてきた。
「知覚者であることは伏せておけ。無意味に能力の奴隷になる者を、これ以上見たくはない」
「……わたくしの能力が国にとって不可欠ならば、王族に突き出すのではなかったのですか?」
「無意味に、と言った。意味があれば別の話だ」
「ぶー」
頬を膨らませて抗議すると、膨らみを乱暴につつかれた。
「安心しろ。最早、其方を王族に渡す気はない」
「それは、わたくしが知覚者だからですか?」
「単に、王族に渡す意味がないと判断したからだ」
ヴォルデマールは、面倒くさそうに言い放った。
色々ライラティーヌの魔力を調べた結果、出した結論なのだろう。
細かい理由は、きっとその内、教えてくれるだろう。
何はともあれ、王族に売られる心配がなくなってほっとしていると、ふとフォルクハルトと目があった。
酷く狼狽したような顔で、何かを言いたげにこちらを見ていた。
「フォルクハルト、どうかしましたか?」
水を向けてやると、決心した様に歩み寄ってきた。
膝をつき、両手をライラティーヌのそれにそっと乗せた。
「ライラティーヌ様」
「はい?」
フォルクハルトは何度か逡巡した。口を開きかけては、閉じる。
長い躊躇いの後、考えを頭から追い出す様に頭を振ると、一言一言、言い含める様に告げた。
「この先何があっても、貴方が何処に行こうと、貴方が何者であっても。決して裏切らない者がここにいると、それだけは覚えておいて下さい」
真剣なヘイゼルの眼差しに、心臓がバクンッと音を立てた。
まるで愛の告白みたいだ。
「と、突然どうしたのですか? フォルクハルト変ですよ?」
「どうせ忠誠は受け取って戴けませんから。このくらいは言わせて下さい」
不意に温もりを感じた。
フォルクハルトの大きな手が、頭を優しく撫でていた。
「今まで良く、一人で頑張りましたね」
―――どういう意味? 一人で?
「一人じゃありませんよ。フォルクハルトにアンヌ。コンラーディン兄様。今ではヴォルデマールさんもいます。わたくしちっとも一人じゃありません。むしろ皆に甘えてばかりです」
訳は分からないが、包み込む様な優しい瞳に、眩暈がする程の安心感を覚えた。
そこに、幾分乱暴に、ヴォルデマールの手が加わった。
ガシガシと頭を撫でられる。
「今後は我らに全身で甘えるが良い。受け止めてやる。どんな事でもだ」




