たこ焼きは正義
ジオルレイドの中は、前回と何も変わっていなかった。
相変わらず、春の麗らかな陽気に満たされている。
庭に備え付けてあるテーブルに陣取ると、ライラティーヌは何でもポケットから次々と材料を取り出した。
野菜も鮹もどきも、全てカット済みだ。
ホットプレートを温めている間に、ボールに卵と小麦粉を入れ、取っておいた昆布出汁を注ぐ。
ちゃっちゃと混ぜれば生地の出来上がりだ。
丁寧に油を塗って、生地を注ぎ入れると、じゅーっと言う小気味良い音がした。
「これは何だ?」
「鮹もどきのパクトーです。ガゼルジャンで仕入れて来ました」
鮹を一つずつ入れ終わったら、野菜を敷き詰めていく。続いて天かすと紅生姜を満遍なく散らす。
「この丸いのは何ですか?」
「天かすです」
こちらにはフライの文化はあるが、天ぷらはなかったので、料理長に頼んで天かすを作ってもらった。
紅生姜は、生姜に似た食材をお酢と塩に漬け込んで作った。なので赤くはないが、味には問題ないと思う。
更に溢れるギリギリまで生地を注ぎ足す。
ここからは暫く待つ時間だ。良い感じに火が通るまでじっと辛抱だ。端の方から少しずつ、色が変わってくる。
調理が進んでいない事が気になるのか、ヴォルデマールがソワソワし出した。
「やけにベトベトしているが、これは食べ物になるのか?」
「ふふ。ここからですよ」
シャキーン! と二本の金串を顔の前でクロスして、ポーズを決める。
はみ出ている生地を串で操り、穴に集める。
器用にくるんくるんとひっくり返していくと、綺麗な狐色に焼けた反面が姿を現した。こんがり焼けた肌が油でテカって、とっても美味しそうだ。
「ふむ。丸くなったな」
「こんな調理法は初めて見ました。あのベトベトがこんな綺麗な球体になるなんて、魔術でも使ったようです」
「うむ。見事な手捌きだ。熟練の技、と言ったところか」
二人とも、ライラティーヌの串捌きを目を見張って覗き込んでいる。
初めて見る人には驚きだろうな、と一人悦にいる。実はやってみれば誰にでも出来るものなのだが。
最後に油を回しかけて、表面をカリッとさせれば完成だ。
皿に盛り、仕上げにソースとマヨネーズをかける。
久しく嗅いでいなかった、たこ焼きソースの独特な香りが食欲をそそる。
「出来ました! 中は物凄く熱いですから気をつけて下さいね。安全に食べるには、半分に切って、ふーふーしながらがオススメです」
「食べ物に危険があるのか?」
「毒とかじゃないですよ。ただ暴力的な熱さなんです。でも焼きたてが一番美味しいというジレンマです」
一つずつ皿にサーブする。
二人が席に着こうとした時、空から声が降って来た。
「騒がしいと思ったら、またアンタなの」
顔をあげると、先程まで誰もいなかった空間に、唐突に少女が現れた。
腰の下まで伸びた、美しい金の巻き髪。
「あ」
お久しぶりです。
と言おうとした瞬間に、二人が動いた。
ヴォルデマールは片手でライラティーヌの肩を抱き、空いた手に持ったレイピアを、少女に向けていた。
その前方に、二人を背に庇うように、フォルクハルトが立ち塞がっている。
フォルクハルトは分かるが、まさかヴォルデマールまで全身で自分を護ってくれるとは思ってもいなかった。驚きだ。
少女は宙に浮いていた。
ほんの一メートルくらい。
それ、浮く意味あるの? と思うが、人外である事を伝えるには十分だ。現にフォルクハルトは恐怖と必死に戦っているような顔をしている。
―――そういえば、いたね、こんなのが。すっかり忘れてた。
少女は相変わらず反則級に美しい。そして不機嫌そうに半眼で見下してきた。
「私、次来たら殺すって言ったわよね」
「だから屋敷には入ってないけど?」
「誰が庭なら良いって言ったのよ。この空間に入ってくんなって言ってんの! 私の力が外に漏れたらどうしてくれんのよ」
「え? 瘴気かなんか撒き散らしてるの? 解放したら世界が滅ぶ的な?」
「アンタ、本当に失礼ね! やっぱ死んどく?」
「やだよ。私は約束を破ってない。言葉足らずだったのは貴方の方でしょう。まあ瘴気持ちなら、もう来ないよ。感染ると嫌だし」
「人を病原体みたいに言うんじゃないわよ! 逆よ、逆! 私は聖なる存在なのよ。神なの、かーみ!」
「まあ、そうでしょうね」
「驚きなさいよ!」
「いや別に。というか、自分で聖なる存在とかって言うの、セーフなの? 羞恥心の在り方を問うております」
「き――! ルイのお手付きだからって良い気になるんじゃないわよ」
「誰がお手付きだよ。人聞きが悪いな」
言葉の応酬が止まらない。
どうしてこんなに、自分の口からポンポンと言葉が溢れ出すのだろう。まるで巣篭もり生活中に、久々に友達から電話がかかって来た時みたいだ。
―――ん? そう言う事なのかな?
少女は人外だ。ルイサイドの存在だ。
主従も法律も立場も関係ない。ライラティーヌでいる必要もない。あるがままで接して良い唯一の存在なのかもしれない。
「何よ、急に黙り込んで」
「貴方、私と友達になる?」
気がついたら、そう提案していた。
少女の顔が、ボッと音がするくらいの勢いで真っ赤になった。
「はぁあ? なる訳ないでしょ! 大っ嫌いよ」
「そう? 残念。気が変わったら教えて」
「変わるわけないでしょ。バッカじゃないの!」
いやぁ、ここまでテンプレの反応だと、くすぐったくて堪らない。
少女とのやり取りを見ていて、差し迫った危険はないと判断したのか、ヴォルデマールが口を挟んできた。
「おい、ライラティーヌ。状況を説明しろ」
「なんだお前。人間ごときが許可もなく妾の前で口を開くな」
少女が人差し指を、すいっと下に向ける。
それだけで、ヴォルデマールとフォルクハルトは、何かに頭を押さえつけられたように、平伏した。
「……今更一人称を変えたところで、威厳は戻らないよ」
「五月蝿いわね! なんでアンタは平伏しないのよ!」
「文化の違いじゃない? あー。えっと、この人は神で、引きこもりです。この前来た時に会いました」
「誰が引きこもりよ!」
「だって名前知らないもん」
少女は両手でスカートをむぐぐっと握りしめた。
睨んでいるけど、赤い顔のままなので、全然迫力がない。
「カリオンよ! カリオン様とお呼びなさい!」
「偽名でしょ」
「当然よ」
神なのだから、きっと何かを司っているのだろう。
―――多分ツンデレの神だろうな。
というか。
ライラティーヌはテーブルの上にはをチラッと見た。
―――折角のたこ焼きが冷めちゃう。
「邪魔する気はないから、屋敷で寝てて良いわよ。私達早くこれを食べたいの。続きを焼かなきゃだし、忙しいんだ」
ライラティーヌは見切りをつけると、次を焼き始めた。外にいるフェーベ達が可哀想だ。
「フォルクハルト達もいつまでも蹲っていないで、早く食べて下さい。折角の焼き立てが台無しになっちゃいます」
「いや、ですが」
フォルクハルトが苦しそうに、首だけをこちらに向けた。
手には剣を握ったままだが、小刻みに震えている。
「もしかして、自分では動けないのですか?」
「はい。物凄いプレッシャーです。ライラティーヌ様は感じないのですか」
「感じない訳ではないですが……」
何というか、二回目だから慣れた。
それにカリオンはどうやら、ルイに逆らうことは出来ないように感じる。
ならば、殺される心配はないと考えている。
何より本当に殺す気なら、とっくにやられている筈だ。
考えながら手を動かしていると、カリオンが興味深そうに覗いてきた。
「ふうん。これの匂いだったのね」
どうやら、匂いにつられて出てきたらしい。
「ねぇ、それ何なの?」
「たこ焼きだよ」
「初めて見たわ。どこの料理?」
「大阪。美味しいよ」
「良い匂いね」
「特製ソースだからね」
「……アンタ、空気読めないって言われない?」
「空気は読むものじゃなくて、吸うものだよ」
「……」
カリオンは少し涙目になって、口を引き結んでいる。
どうやら虐め過ぎたようだ。
「カリオンも食べる?」
「!」
赤かった顔がさらに赤くなった。
「仕方ないわね。食べてあげる」
―――いやー、テンプレもここまでくると、清々しいな。でも、食べてあげても良いんだからね! じゃないんだ。聞いてみたかった。
「じゃあ二人の拘束を解いて。そしたら食べて良いよ」
「私に命令しないでよ」
「はいはい。ほら座って、そのままじゃ食べれないでしょ」




