モードチェンジ
次の安息日。ライラティーヌは見舞金を持って馬車に揺られていた。
お見舞金を渡すついでに、折角だからアンヌの両親に挨拶をしておこうと思ったのだ。
場所が亜貴族の居住地なため、護衛騎士三人を伴った、完全体勢で向かっている。
アンヌの家は、大通りから西に入り込んだ、六階建てのアパルトメントの三階部分だった。内階段は狭く、暗い。
「確かに、これは泥棒が入りやすい作りですね。階段は外から見えませんから。住民に出くわさない限り、解錠していてもバレません」
「はい。この辺りの者はみんな働いていますから、平日の昼間はほぼ無人なんです」
白昼堂々の窃盗。
なんだか、日本のピッキング泥棒を彷彿とさせた。
家に入ると、アンヌの両親が恐縮しまくりに出迎えてくれた。
「いつも娘に並々ならぬ寵愛を下さり……」
「あ、そういうのは大丈夫です」
膝をついて、長々しい挨拶を始めた二人を軽く手で制する。
「今日はアンヌの一友人として参りました。堅苦しい挨拶は必要ありませんわ」
「え……いや、そんな訳には」
「お父さん、お母さん。ライラティーヌ様は遜られるのがお嫌いなの。普通にした方が、失礼に当たらない」
「そういう事でしたら……」
お見舞の品は、魔力を貯めておける水差しにした。
魔力の少ない亜貴族にとっては、充電式みたいな魔術具は重宝すると聞いたからだ。
お金と一緒に渡すと、とても喜んでくれた。
「災難でしたね」
「はい。でも最近は聞きませんから、もう捕まったのかもしれません」
「え? そうなのですか?」
フォルクハルトに聞いてみた。
騎士団はいわゆる警察のような役目も担っているので、罪人の逮捕は騎士団の管轄なのだ。
「捕まってはいないようです。ですが私も詳しくはありません。現在のところ、この件に関して騎士団が動いているという話は聞きませんし」
「こんなに噂になっている事件を放置しているのですか?」
「犯罪を取り締まるのは騎士団の管轄ですが、我々が出るほどでもない微細な事件は、文官が処理をする事もあります」
護衛騎士の中で一番年長のハムが説明する。
「なので今回の一件も、その程度のものだと、騎士団では認識していました」
「連続窃盗ですよ。微細ではないでしょう」
「そうですね……」
ちょっと怠慢過ぎないか?
被害者を目の前に、なんだか申し訳ない気分になる。警察の怠慢って、よくニュースになっていたなぁ、と前世を思い出した。
「情報の伝達がうまく行っていないようです。申し訳ない」
フォルクハルトが律儀にアンヌの両親に頭を下げた。
上級貴族のフォルクハルトのその態度を、二人が慌てて手を振って止める。
「いえ! ちゃんと城の文官が調査に来て頂きましたので、大丈夫です」
放置されていた訳ではなく、一応ちゃんと調べは行われていたようだ。ほっとした。
「責任持ってちゃんとした調べを行いますわ。何が気づいた事があれば教えて下さい」
「気づいた事と言われましても、家に帰ると何やら気持ち悪かったのです。それで調べてみたら、お金と香炉が無くなっていて」
「気持ち悪かった?」
「はい。違和感があると、何だか気持ち悪いですよね」
なるほど。流石アンヌの親である。
「それに、微かですが変な匂いもしました」
「どの様な匂いですか?」
「出来の悪い紅茶の様な」
犯人の香水だろうか。
残り香まで感じ取れるなんて、やはりアンヌの親だと、変な感心をしてしまった。
――――――――――
「わたくしはこの後ヴォルデマールさんのお店に行きます。アンヌは先に戻って、学院からクレメンスを呼び戻して下さい。最速で戻るようにと」
「それではコンラーディン様がお困りになりませんか?」
「小姑が居なくなって、むしろ伸び伸びなさると思いますよ」
「それもそうですね」
アンヌは真顔で頷くと、さっさと城へ戻っていった。
店に着くと、既にヴォルデマールが待っていた。
ヴォルデマールとテーブルを挟んで、見知った男性が座っている。
鍛治職人のアベル。平民だ。
ホットプレートの製作をお願いした時に、一度顔を合わせていた。
残念ながら、ドワーフではない。
だがたっぷりとした顎髭を蓄えた初老の男性で、ドワーフと言われても納得出来る風情の持ち主だった。
「アベルさん。出来たのですね」
「おう。完璧だぞ。確認してみてくれ」
言葉遣いが酷いが、ヴォルデマールが許しているのだ。
ライラティーヌも飾り立てられた言葉よりも、こっちの方が気が楽で良い。
目の前には、長方形のホットプレート。
ちゃんと蓋が付いていて、プレートも数種類用意されている。
焼く、煮る、蒸すがこれで全部出来る。
「料理に使うって言ってたろ。煮込みに使うにゃ少し大き過ぎる気がしてな。これも作ってみた。こうすりゃ、同時に二つの調理が出来るだろ」
真ん中に仕切りのある深型のプレートだった。火鍋が出来そう!
「わぁ。素晴らしいです。たこ焼きプレートはどうですか?」
「コレが一番苦労した。タコヤキが分からなくてな。これで希望通りになってるかい?」
四×六の半球が並んでいる。一度に二十四個のたこ焼きが焼けるプレートだった。
「鍋と同じように、熱伝導率が高い素材で作ってある。どうだ?」
「完璧ですわ! 早く食べたいです」
「火力の調整はここだ。魔石は既に組み込んであるから、すぐに使える」
アベルがベースを作り、ヴォルデマールが術式を担当する。この二人は今までにも、タッグを組んで変わり種の魔術具を開発してきたらしい。所謂趣味仲間だ。
「ありがとう存じます。ところでヴォルデマールさん。このお店って火気厳禁ですか?」
「当たり前だ」
「そうですか。性能の確認の為に、一度使ってみたかったのですが」
「む?」
「ですから、調理をしてみたかったのです。今から作ればトルティに間に合うと思ったのです。材料も揃えてきているのですが、残念ですね」
「……其方が料理をするのか?」
「はい。たこ焼きですから、簡単です。でも諦めますわ。やっぱり魔術具の近くで火を使っては駄目ですよね」
小麦粉と卵はあるし、蛸の代わりはガゼルジャンで入手済みだ。昆布から出汁もとってある。揚げ玉だって料理長に頼んで作ってもらったのだ。
決め手のソースとマヨネーズだけは、神様ギフトに頼った。
誰のか分からないが、生唾を飲み込む音が聞こえた。
複数聞こえたので、多分全員分だ。
「いや……待て。奥の部屋に結界をかければ、使っても良いぞ」
「でも換気が必要ですから。あのお部屋、窓ありましたっけ?」
「風の魔術を併用すれば問題なかろう」
「そこまでしなくても」
「ならば私の屋敷でやれば良い。すぐに移動すればトルティには間に合おう」
「そりゃないですぜ、旦那! こっちは見たこともないタコヤキが夢に出てくるほど気になってるんだ。俺にも一口で良いから食わせてくれ」
二人とも前のめりだ。
ヴォルデマールがいつになく饒舌に勧めてくる。
モードチェンジするほど食べたいのだろうか。
「……たこ焼きにどんな期待を抱いてるんですか」
振り向けば、騎士達もソワソワしている。
一度に二十四個しか焼けないのに。
ここには七人もいる。一人三個じゃ腹の足しにもならない。材料を多めに持ってきておいて良かった。
「折角だからアベルさんにも食べて貰いたいですし。そもそも性能確認ですから、アベルさんは必須です。ここで焼けないなら、どこか外に行きましょうか。ピクニックとか……あ!」
ピクニック、と言った時にカウンターに置いてあるものが目に止まった。
―――アレ使えそう。
そこにあったのはジオルレイドだ。
ライラティーヌの視線に気付いたヴォルデマールが、成る程、と言った顔で頷いた。
「やはり奥に結界を張ろう。奥は狭い故、調理してからこちらに運ぶ。護衛はフォルクハルトだ。残りはこちらで寛いでおくが良い」
「そうですね。皆さんは少し待っていて下さい。小一時間で戻りますから」
二人でイソイソと立ち上がる。
「いや! なんか既視感が凄いんですけど! 私達も中に入れて下さいよ」
「大丈夫ですよ。今回は尾行している騎士はいませんから」
「店は閉めておけ。急ぐぞ。タコヤキの準備だ」
「ヴォルデマールさん、キャラが崩壊していますよ」
フェーベたちの静止を聞き流して、二人でそそくさと奥へと向かった。




