アンヌのアルバイト
久しぶりのカロリングの城は、とても静かだった。
ガゼルジャンに行っている間に学院が始まった為、ヘルマンとコンラーディンが不在だからだ。
森の調査はまだ完全には終わっておらず、とても暇だ。
進捗としては、先日森から続く川の下流で、元亜貴族の遺体が見つかったらしい。動機や背景は一切不明だが、その男の仕業だと言う事で決着しそうだ、と言っていた。
そんな茶番はどうでも良いので、早いところ森への許可が欲しいものだ。
アンヌは留守番の間に、他のメイド達とのお喋りに参加していたらしい。その甲斐あって、ゴシップネタにすっかり明るくなっていて、色んな話を聞かせてくれた。
口下手なアンヌには辛い留守番生活になるのではと心配していたが、上手くやれていたようで何よりだ。
唯一驚いた事は、アンヌとヴォルデマールがすっかり馴染んでいた事だ。
「私がいない間に、随分とアンヌをこき使ってくれたようですね」
「ふ。なかなか使い勝手の良いメイドだ。其方が不要になったら貰い受けても良いぞ」
「アンヌは物じゃありません。でも、まあ。そのお言葉は覚えておきます」
久しぶりに訪れたヴォルデマールの屋敷だ。
何故か当然のような顔で、アンヌがお茶を淹れている。
「わたくしが戻ったのですから、今後アンヌに頼み事がある場合はわたくしを通して下さい」
「承知した。だが今頼んである仕事は完遂してくれ」
「分かりました」
アンヌは軽く返事をしてから、ライラティーヌに向き直った。
「今から魔術の授業をされるのですよね。その間に済ませてきます」
「アンヌ、いったいどんな仕事を押し付けられているのですか?」
「単なる買い出しです。それに、ヴォルデマール様からはちゃんと対価を戴いてますから」
なんと、お手伝いではなくアルバイトだったようだ。
「其方も同行してはどうだ?」
「はい? わたくしが、ヴォルデマールさんの買い出しを手伝うのですか?」
そりゃ、気分としては弟子だから、師匠の雑務を請け負うのは構わない。だけど形式上は教師と生徒。ライラティーヌはスポンサーの立場なのだ。
「私の使いっ走りではなく、社会勉強だ。其方は世間の常識に疎すぎるからな。そのままでは、いずれ困るであろう。それに買い出し先は素材屋だぞ」
「行きます!」
なんと。この世界に素材屋なるものがあるなんて!
それなら自分で地道に集めて回らなくても、素材屋で買えば済むではないか!
勢い勇んで手を挙げた後、我に返った。
素材屋は城外だ。
手を中途半端に挙げたまま、ちらっと振り向くと、護衛騎士達が苦笑していた。
「素材屋は大通りに面していますし、馬車で向かえば大丈夫ですよ」
「ありがとう存じます!」
――――――――――
素材屋は、回復薬や解毒剤などの調合に使われる素材を中心に、魔石やお香などを取り扱っていた。
素材それぞれが匂いを持っているので、店内は独特の強い匂いが充満している。とりあえず全種類を五個ずつくらい買って行こうとウキウキしていると、会計を終えたアンヌが戻ってきた。
「早かったですね」
「よく来てますから」
余程ヴォルデマールに良いように使われていたようだ。
アルバイトなら止める理由もないのだが、少し心配になる。
「アンヌ、何か欲しい物があるのですか? 金銭的に困っているとか」
「実は実家に泥棒が入りまして。両親に援助したいだけです」
「泥棒! さっき話していたやつですか」
アンヌが仕入れてきたゴシップの中にあった、泥棒話を思い出す。まさか直接の被害者だったとは。
主として、お見舞金くらい出さなければ格好がつかない。
「そういう事はちゃんと報告して下さい。アンヌの実家ならわたくしにとっても他人事ではありませんから」
さっと店内に目を走らせると、綺麗な香炉が売ってあった。素材中心のこの店にしては、なかなか綺麗な細工だと思う。
「お金だけというのも味気ないから、お見舞いの品にこの香炉なんてどうかしら?」
お見舞いの品の一つとしては、悪くないと思う。
「それ、たぶん同じ物が家にあります。いや、ありました」
「ありました?」
「盗まれた物の一つです」
なんと、お金だけでなく調度品まで持っていくとは、容赦のない泥棒だ。
「気にしないで下さい。両親とも働いていますから、そんなに深刻な話じゃありません。それより、何をお買いになるのですか?」
「そうですか。まあ何かあれば遠慮なく頼って下さいね。買う物は、これと、これと、あとあの棚のもの全種類を五つずつ。それと……」
言いながら次々と手に取る。すぐに両手が塞がってしまった。
アンヌが駄目な子を見る目つきで、問いかけてきた。
「……ライラティーヌ様。お買い物の練習に来たんですよね?」
「そうですよ。どこかに籠はないかしら。これじゃあ持てないわ」
スーパーの買い物カゴみたいな物がないか、店内を見渡す。
「キョロキョロしないで下さい。そんなに沢山買う時は、まず店員を呼ぶんですよ」
アンヌは小さく手をあげて、カウンターにいた店員を呼んだ。アンニュイな雰囲気の、妙齢の女店員だった。
「何かお探しでしょうか」
子供の冷やかしとでも思ったのか、にこりともしない。
「今から言うものを揃えて下さい。数は全て五つずつです。まずこれとこれ。それから……」
アンヌがテキパキと指示を出している。
女店員は、慌てて商品を集める――なんて事はせず、無表情のまま、静かにアンヌの注文を聞いていた。
「畏まりました。では少々こちらでお待ち下さい」
店舗の一角にある、小綺麗なテーブルに案内すると、女店員は一旦下がっていった。代わりに若い男性の店員がやってきて、お茶とお菓子を出してくれた。
「商品を揃えて持って来てくれます。お代はここで支払います」
アンヌがいつになく頼もしく見える!
だがなんとなく、VIP待遇なのが気になった。
「わたくしが領主一族だから、特別扱いなのですか?」
「いえ。大量に買い物をする場合は、みんなこんな感じです。普通ですよ」
「そうなのですね。勉強になります」
―――買い物はこうやってするのね。うん、覚えた。
「それにしても、あんなに一気に注文して、あの方覚えられたのでしょうか? メモを取っていませんでしたよね」
「大丈夫でしょう。彼女はああ見えて、もう三十近いんです。この店ではやり手の部類ですよ」
「愛想はないですけどね」
今もとても気怠げな様子だ。なのに動きは早くて、次々にアンヌが指定した素材を籠に詰めている。
「愛想の良い日もありますよ。彼女、定期的に艶々になるんです」
「艶々?」
「多分、恋人と会えた日なんでしょう。と、メイド達が話していました」
恋人との逢瀬の後は、肌も艶々して機嫌も良くなる。
なるほど、いかにもメイドが喜びそうなゴシップネタだ。
「ふふ。アンヌはすっかり噂好きになりましたね」
「好きではありません。結果として知ってしまっただけです」
アンヌがもの凄く不本意そうに、顔を顰めた。
会計が済んで、買ったものを抱えて帰ろうとしたら、またアンヌに止められた。
言っておけば、ちゃんと店の者が城まで届けてくれるのだそうだ。これも特別な事ではなく、誰もが利用するサービスなのだと言う。
配送サービスまで充実してるなんて、異世界も意外と便利だ。




