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【幕間】お留守番〜アンヌ視点

 ライラティーヌ様がガゼルジャンに行かれてから随分と経ちました。


 当然私も連れて行ってくれると思っていたのに、まさかのお留守番です。もの凄く残念ですが、これも仕事だと割り切るしかないですね。


 正直なところ、主(あるじ)が不在時のメイドなんて暇で仕方がないのです。だけど暇そうな顔をしていると、クレメンス様に学院に送り込まれてしまうので、忙しいフリをしなくてはいけません。


「あらアンヌ。今日のお仕事は終わったの? 時間があるなら一緒にお茶しない?」


 ぼんやりとリネン室の近くを歩いていると、先輩メイドに声をかけられました。小部屋を覗けば、中では四、五人のメイドが既にお茶を楽しんでいるようです。


 メイドお得意の午後のお喋りタイムですね。


 人と話すことが苦手な私は、今までだったら即お断りしていました。

 ですが、今は違います。


 一味違うアンヌです。


「何の話をしていたんですか?」


 私は促されるまま席について、きゃぴっているメイド達に声をかけます。


「最近、貴族街に泥棒が出るらしいのよ。知ってた?」

「ああ、知っています」


 貴族街は出入りも厳しくチェックされているので、犯罪者が紛れ込む事はほぼ無いのですが。


「私の推理では、犯人は内部の人間ね」


 何でも穿って考える事が好きな、巻毛のメイドが鼻息を荒くしています。


「でも貴族なのに盗みを働くほどお金に困っている人なんているかしら? それに被害にあったのは亜貴族が殆どなんでしょう?」

「あら、貴族街に入り込んで犯罪を犯すなんて、普通しないわよ。絶対に内部犯よ」

「単なる窃盗でも、貴族相手なら極刑だもんね。平民がわざわざ貴族街ではしないわよね。そう言えば、昨日コンラーディン様に話しかけられちゃったのよ」

「えー! 羨ましいわ」


 彼女達の話題は、脈絡もなくコロコロ変わります。


 事件やゴシップ、新しいお店や見つけたイケメンの事。とにかく話題が尽きる事がありません。

 良くそんなに色んな事に興味を持てるものだと、ある意味尊敬します。


 中には有用な情報もあります。

 貴族街の素材屋は風と火の日が仕入れ日なので、鮮度の良い素材が欲しいなら火の日の昼前だ、とか。

 出来るメイドとして必要な知識は、こうやって身につける物だと知りました。


 ところで、そんな彼女達が今楽しみにしている話題の一つが、ライラティーヌ様に関する話題です。


「でも本当に、最近のライラティーヌ様って面白いわよね」


 来ました。


「そうそう。アンヌが話してくれたハンカチに眼鏡を刺繍したお話。夜思い出して笑ってしまったわ」

「コンラーディン様にお菓子を没収されたお話も楽しかったわ」

「ねえ、他には何かないの?」


 皆が期待を込めた目で訊いてきます。


 ライラティーヌ様の話題なら、私は幾つでも話せます。

 私は沢山ある、ライラティーヌ様のネタの中から、一つを選んで披露する事にしました。


「先日枕を掴んで、壁に叩きつけていらしたんです。機嫌が悪いのかと思ったんですが、聞けば『壁ドン』なる物の練習だと言うのです」

「壁ドン?」

「何でも、異性に想いをぶつける時に使われる、由緒正しい作法なのだそうです。やるなら完璧に、と何度も練習されていました。確か、こうやって、こう! ですね」


 先輩メイドの一人を相手に実践して見せると、黄色い声が上がりました。


「まあ! これは確かに。殿方からされたら舞い上がってしまうわね!」

「強引な感じが堪らないわ!」


 皆大喜びで聞いてくれます。


 あんまり喜んでくれるので、私もほっとします。

 まるで自分が話し上手になったような気がしてしまいます。


 あんなに苦痛だった先輩メイドとのお喋りタイムも、今ではすっかり馴染んでいます。


「最近のライラティーヌ様はどんな事をなさっているの? また変な事を始めたりして」

「最近はお会いしていないので。でも、そうですね。ガゼルジャンに行く前は、急に医学に興味を持ち出していましたね」


 城の書庫で医学書を読み漁っていた姿を思い出します。


「何故かしら? どなたかお加減が悪いのかしら?」

「どうでしょう? 何を考えているか分からない方なので。でも熱心に医学書を読み込んでましたね」

「ライラティーヌ様がご心配なさるなら、ご家族か護衛騎士、あとはクレメンス様やマニュエル様かしら」


 何やら勝手に、病人を探し出しました。


「ご自身の事かもしれないわね。だってライラティーヌ様ってアレでしょう?」


 メイドの一人が、少し声を落として言いました。


「心配よね。魔力が多すぎるのも考えものだわ」


 他の人たちも追随しだしました。

 確かに何度も倒れていますが、あれは殆どヘルマン様の嫌がらせです。

 ライラティーヌ様が欠陥品みたいに言われるのは、とても腹立たしいです。


「ライラティーヌ様の不調は、もう完治したみたいです」


 思わず言い返してしまいました。


「え? そうなの? 全然知らなかったわ」

「高名な医学者に巡り会えたので。もう何の心配もないって仰ってました」

「高名なって、この間城にいらしていた方かしら?」

「褐色の肌の方ね。私もチラッと見たわ。素敵な方だったわよね」

「あら、貴方はコンラーディン様派じゃなかったの?」

「それはそれよ。美形は何人いても良いわ」


 また話題が変わりました。


 暫く話してから、私は席を立ちました。

 当のヴォルデマール様にお使いを頼まれていた事を思い出したからです。


 ヴォルデマール様は使用人が少ないらしく、良く用事を頼まれます。

 どうせ暇なので、仕事が出来て嬉しくはあるのですが……。


 ヴォルデマール様は、違和感満載の方です。

 気持ち悪過ぎて、うっかり噛み付いてしまいそうになります。


 うっかりしてはいけないので、出来るだけお会いしたくないのです。


 そもそもあの方、褐色の肌じゃないですね。

 あれは化粧で肌の色を変えていると思います。

 怪しいですね。


 まあ、私が考えても仕方がないです。


 あの方はライラティーヌ様の恩人。それだけで十分です。


 私は一仕事終えた気分で、お喋り部屋を後にしました。

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