海開き
長いお休みをいただきました。
のんびり再会します。出来るだけ平日は毎日アップする予定です。
今後も読んでいただけると嬉しいです。
その日、ライラティーヌは野暮用を済ませると、フォルクハルトと共に昼前にガゼルジャンの屋敷に戻ってきた。
鼻歌混じりで跳ねるように廊下を歩いていると、生垣の向こうからハムが顔を出した。
「あ! 発見したぞ! この放浪主め!」
大きな腹を揺らしながら、物凄い形相で駆け寄ってくる。
「……かなり怒ってますねぇ」
「今回は私も同罪ですね」
「一緒に叱られてくれますか?」
「私が嫌だと言っても、あの様子じゃ無理でしょう」
ちらりと上目遣いでおねだりした先で、フォルクハルトが肩を竦めた。そうしている間に、ハムは肩で息をしながら窓枠を乗り越えて入ってきた。
髪の毛に生垣の葉っぱが絡んでいる。
一体どこを探していたのだろう。そんなワイルドな場所に隠れていると思われたのは、少し心外だ。
「何処に行っていたんですか!」
「えっと……お散歩です」
「陽も登らぬ内からですか!」
「目が冴えてしまって」
「ええい、そんな言い訳をするのはこの口ですか!」
ほっぺをぎゅむーっと掴まれる。
「いひゃいれふ! しゅみまひぇんれしたー」
「何を言ってるか分かりません!」
―――じゃあ離せよ!
「おいハムドルト、いくら何でもやり過ぎではないか。仮にも主人だぞ」
「お前もお前だ! 書き置き一つで居なくなる奴があるか!」
「う……。すまん」
「それで? 本当は何処に行っていたのですか」
「えっと……」
悪態をついて満足したのか、ハムは頬から手を離した。
なんて説明しようかと、少し考えていると、今度は廊下の反対側から、けたたましい叫び声がした。
「あ――! 見つけたぞ、こんにゃろう!」
フェーベだ。
ライラティーヌは頬を摩ると、もう一度つねられてもいいように、心の準備をするのだった。
――――――――――
フェーベ達が怒っていたのは、急に姿を消したからだけではなかった。今日は当初の目的だった漁師の行事がある日なのだ。
楽しみにしていた筈なのに、姿が見えない事から、トラブルに巻き込まれた可能性を考えていたのだと言う。
数日前に聞いてはいたが、すっかり頭から抜け落ちていた。
海岸に降りると、すでに賑わっていた。
大漁旗のようなカラフルな旗を立てたたくさんの漁船が、海を彩っている。
「海開きですか?」
「まだ泳げませんよ。冬の間は遠くまで漁に出るのですが、暖かい間は近海を釣り場にするんです。それに伴って使用する漁船も小さな物になります。海藻が多いと船の往来に邪魔なのです。なので近海の漁が始まるこの時期に、みんなで一斉に目立つ海藻を取り除くのが恒例行事です」
「ではあの大きな船は、遠洋漁業用なのですね」
沢山の船の中で取り分け目立つ、大きな船が数隻あった。
「十人くらいが寝泊まり出来るんですよ。使われない夏の間は、子供達の良い飛び込み台になります。もちもん見つかったら怒られますけどね」
「フェーベが話しやすい理由がよく分かります。こうやって育ったから、良い意味で貴族っぽくないのですね」
「う」
フェーベが痛いところを突かれた、という風にわざとらしく胸を押さえた。
「だからこそフェーベは癒しが得意なのだろう。擦り傷が絶えない子供時代だったのではないか? 騎士として、良い経験だったのだろう」
「はっ、そうです! フォルクハルトは良い事を言いますね」
「ふふ。人の長所を探すのはフォルクハルトの特技ですね」
続々と船が網を引きながら戻ってくる。
浜で待っていた子供を含む住民達が、海に入って掛け声をあげながら網を引き出す。
「オーエス! オーエス!」
―――掛け声が馴染み深いんだけど……。これ共通言語なの!?
網を引く隣では、既に浜まで引き上げられた網を開いて、子供達が楽しげに中身を漁っている。
「あれは何をしているのですか?」
「海藻に混ざって引き上げられた、魚とか貝なんかを選り出しているんです。中には流れ着いた食器なんかも見つかるんです。まあ、ちょっとした宝探しですね」
「残った海藻はどうするのですか?」
「捨てます」
「!」
―――それは、もしかして!
思わずフォルクハルトを振り仰ぐ。
以前言っていた事を覚えていてくれたのだろうか。
期待を込めて見つめた先で、フォルクハルトが柔らかく笑った。
「欲しいのですよね、海藻」
「覚えていてくれたのですね!」
「勿論です」
嬉しくてウズウズしてしまう。
じっとなんてしていられない。
「フェーベ。わたくしも宝探しに参加します」
「ええ?! 全身ベトベトになりますよ。その様な格好でする事ではないです」
今日のライラティーヌの服装は、たっぷりと生地を使った水色のワンピースだ。ウエストを大きなリボンでしめてあり、ふんわりとスカートが広がっている。
ライラティーヌはリボンを外すと、スカートを捲し上げて横に纏め、邪魔にならない様にリボンできゅっと止めた。
短くなったスカートから、剥き出しの足がにゅっと出ている。
「ラ、ライラティーヌ様。あんまりです!」
「じゃあ動きやすい服を持ってきて頂戴」
靴下をペッと捨てながらウインクする。
そのまま波打ち際に走り出した。
「オーエス! オーエス!」
叫びながら網を引く人々に加わると、一緒になって網を引く。
「オーエス! オーエス!」
海水に浸かっている足元が気持ちいい。
足の裏を砂が動くのがくすぐったい。
久しぶりの感覚を満喫しながら、網を引く。
―――重たいな。ん? これ身体強化で引けばいいんじゃない?
真面目に網を引くのを早々に諦める。
身体強化で力を込めて、思いっきり引っ張ってみた。
網はまるで芋が引っこ抜けた時みたいに、いきなり抵抗感が無くなった。
「わー!」
「きゃー」
急に抵抗がなくなって、全力で網を引いていた人達が雪崩を打って尻餅をつく。大きな蕪みたいだ。
勢いよく尻から海にバッシャーンと倒れ込んでしまった。村人たちも全員びしょ濡れだ。
「あれ? あはは……」
―――やり過ぎた。いや、私のせいだなんて誰も気付いてない! ここは知らぬふりで乗り切ろう!
頬をかいて視線を上に逸らすと、引き上げられた網が宙を舞っていた。
「きゃああ」
網は放物線を描いて、丁度網を引いていた人々(ライラティーヌを含む)の上に落っこちてきた。
そこからは、地獄絵図だった。
護衛騎士に助け出されるまで、網や海藻に絡まってもがき続けたのである。
鬼の形相のフォルクハルト達に睨まれながら、住民にペコペコ頭を下げる。
―――ううう。こんな情けない領主一族、他にいないと思うの。
でも、これで念願の海藻を大量ゲットだぜ!
シャンプーにまた一歩近づいた。
やふー。




