荒れた土地に安らぎを
「単刀直入にお伺い致します。……ガゼルジャンで穀物を栽培する事は可能なのでしょうか?」
夕食後、皆でサロンで寛いでいると、突然やってきたガゼルジャン子爵に問い詰められた。
後ろにはフェーベとその兄。ガゼルジャン子爵はフェーベの父親だ。どうやらフェーベが、今日の一件を子爵に相談したようだ。
ちらっとフェーベを見ると、お使いに失敗した子供のような顔をしていた。
「え? えーっと、分かりません。今まで栽培した事はないのですか? というか農業に力を入れないのは、子爵の政策かと思っていたのですが」
フェーベの口ぶりから、全然農業に重きを置いていないと思っていた。
だが子爵の様子を見ると、出来るものならばやりたい、という感じを受けた。
「政策という前向きなものではありません。育たないので諦めざるを得なかった、というのが正しいです」
子爵が言うには、もともとは農業もやっていたそうなのだ。だが年々、農業の収穫量も、漁業の水揚げ量も減ってきたのだという。
貴族が土地に満たす魔力には、限界がある。
ガゼルジャンは漁業も行なっているため、魔力を土地だけでなく海にも捧げていたのだそうだ。
「それで泣く泣く、土地に注いでいた分の魔力も、海に注ぐようにしたのです。おかげさまで漁業は順調ですが、農業は衰退しました」
それでは、ガゼルジャンの土地は魔力不足ということだ。
「出来ることなら、農業を再開したいですか?」
「勿論です」
―――私が魔力を注げば済むんだったら簡単だけど。
領主一族は、特定の土地に独断で魔力を注ぐことを禁じられている。
魔力は領地全体に、政策に則って分配されるものだからだ。
言ってみれば地方自治体に国から渡される補助金みたいなものだ。一か所に偏るわけにはいかない。
こっそりやろうとしても、土地を魔力で満たす魔術具に使用記録が残ってしまう。
―――それに魔力だけの問題とも限らないしね。
――――――――――
翌日、護衛騎士三人とガゼルジャン子爵を伴って現地に向かった。
案内された場所は、一キロメートル四方くらいの枯れた農地だった。
正直広いのか狭いのかよく分からない。
これだけの広さの田んぼで、何人くらいの食を賄えるのだろう。
確か、日本人一人が一年で食べるお米を育てるためには、家一軒分の広さの田んぼがあれば良いという話を聞いたことがある。
「農地はこれで全てですか?」
「他にもございますが、ここはかつて収穫量も一番多かった場所です」
農地の中心部まで進んでみたが、とても作物を育てられる状態ではなさそうだ。
土は固くヒビ割れていて、小さな雑草が力なさげに土に絡んでいるだけだ。
水路もちゃんとあるし、日光を遮るものも何もない。
けれど土地が疲れ切っていて、緑を感じるのは水路の周辺だけだった。
そして、懸念していた通り、精霊の姿も見当たらない。
「駄目もとで、やってみますね」
言い置くと、ライラティーヌは荒れた農地の中に入っていった。
大きく息を吸い、歌う。
「一体何を?」
「しっ! 父さん黙ってて」
歌声は潮風に乗って、打ち捨てられた農地に降り注いでいく。
森で戯れに歌うようになってから、だんだん分かってきた事がある。
それは植物は魔力だけではあまり育たないと言う事だ。
自然が豊かであるためには、魔力と精霊が必要なのだ。
少し違うかもしれないが、魔力が水なら精霊は日光という感じだ。
今年の森は、例年になく生育が良いのだとダノ爺が言っていた。
それはきっと、ライラティーヌの歌で精霊が増えたことと関係していると思う。
今のライラティーヌは目に見えなくても精霊がいれば、その存在を感じ取れる様になっていた。
姿を表すかどうかは精霊の気分次第なのだが、そもそも顕現できるのは、ある程度の力を持った精霊なのだ。
歌えば歌うほど、森で精霊を感じる機会が増えてきたので、歌が精霊に力を与えている事は間違いないと思われた。
この世界での祈り方が分からずに、ルイとの約束が果たせていなかった。だが、歌う事。それが祈る事なんだと、今は思っていた。
この土地に精霊はいない。
歌っても、歌っても、誰も何も応えてはくれなかった。
―――それでも、歌うしかない。
この土地に精霊を呼び戻せたら、また農業が再開できるかもしれない。
歌い続けて小一時間ほど経った頃には、ライラティーヌも満身創痍になっていた。
喉が痛いし、酸欠気味で目が回る。
視界が黒ずみ始めた時、肩にそっと手を当てる者があった。
「あ、フォルクハルト……」
「ここまでにしましょう」
歌を止め、周囲を見渡す。
残念ながら、何も変わっていなかった。
相変わらず大地はひび割れ、精霊の息吹も感じない。
「……駄目でしたね」
「十分です。ご覧ください」
フォルクハルトは足元の、枯れた土地に絡みつく雑草を指さした。
かがみ込んで見てみると、ほんの少し、言われてみれば、と言う程度だが、葉に艶が出ている様な気がした。
「ちょっとは元気になったかしら?」
「おそらくは。頑張りましたね。というか頑張り過ぎです。見ていてヒヤヒヤしました」
「でも無茶をしたおかげで分かった事があります。わたくしの歌は、魔力を消費するようです」
体内の魔力が減っている。
今までも消費していた筈だが、洗面器の水をスプーンで一さじ掬った程度だったのだろう。
ここまで歌い込まなければ気づかなかった。
「奉納歌とはそういうものです」
気がつけば子爵が背後に立っていた。
「歌に限りません。演奏でも、舞でも同じです。名手が心を込めれば、神に魔力を奉納する事が叶います」
「ではわたくしは土地に魔力を注いだ事になるのでしょうか」
それは領主一族としてアウトなのだろうか。
―――いや、魔術具を通してないんだから問題ナシだわさ!
「証拠はありませんね?」
首を傾げると、ハムドルトとフォルクハルトが真顔で頷いた。
「いつものように、呑気に鼻歌を歌われていただけです」
「今日はピクニックです。歌くらい歌います」
―――うん。いい感じだね、マイ騎士達!
子爵がフリーズしている。
「父さん。ライラティーヌ様はこんな方なのです。ね、お仕えしがいがあるでしょう?」
と、どこか誇らしげだ。
子爵はほんの少し力を取り戻した農地を眺め、それから豪快に笑い出した。
「はははっ! なるほど。証拠はありませんな」
「はい。単なるピクニックです。ところでガゼルジャン子爵。わたくしここが気に入りました。ガゼルジャンに滞在する間、頻繁に訪れたいのですが、良いでしょうか?」
「またピクニックですか?」
「ええ。ピクニックです」
一度では無理でも、何度も歌えば精霊が戻ってくるかもしれない。同じように海でも歌おう。両方に精霊が戻れば、今は海だけに集中させている魔力を農地に回せるようになるだろう。
それからと言うもの、二日に一度のペースで、農地や海に向かって歌を捧げるようになった。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマークや評価、とても嬉しいです。
ありがとうございます。
申し訳ないのですが、家族が入院することになり、
落ち着いて小説をかけそうにありません。
すみません。次の更新まで暫く間があきます。
目安としては、三週間から一月くらいかなと思います。
折角ここまで読んでくださったのに、申し訳ない限りです。
出来るだけ早く再開するように心がけます。




