↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/92

ガゼルジャン

 白い壁、赤褐色の屋根、青い海に真綿のような雲。

 ガゼルジャンは絵に描いたような欧州チックな海辺の街だ。


 ライラティーヌはフルーツジュースを飲みながら思いっきり伸びをした。


「完璧です! 海辺の街度百パーセントです!」


 岬の上に建つ屋敷のバルコニーだ。

 広いバルコニーにはテーブルセットと日避けがあり、護衛騎士とみんなでの寛ぎタイムだ。


「ここは貴族街と平民街が分かれていないのですね」


 眼下に見える街並みを見下ろす。


「小さな街ですからね。街に降りてみますか?」

「良いのですか!?」


 前回の事があるので、流石のライラティーヌも貴族のテリトリーから出ることは躊躇ってしまう。


「こんな田舎街で騎士を三人も連れていれば、滅多な事は起こりませんよ」

「そうですよ。私も久々の故郷ですから街に降りたいです」


 思えば転生してからほぼ初めての平民との触れ合いだ。

 領民に対する心象が悪すぎる為、関わりを持ちたいと思わずに今まで来た。

 正直なところ、今でも思うところはある。


 だがガゼルジャンは例外だ。


 晩年、ヘルマンによって滅ばされる最初の村。

 それはガゼルジャンにあるのだ。


―――ここはライラティーヌを裏切ってない領民なんだよね。



――――――――――



 四人でガゼルジャンの街を散策する。

 ライラティーヌはいつもより簡素な若草色のワンピースに身を包んでいる。そのせいか、身も心も軽い気がした。


「色んな匂いがします」


 弾むように歩きながら、辺りを見回す。

 潮の匂いに混ざって、パンの焼ける香ばしい匂いもする。


「あそこですね。平民が経営している庶民向けのパン屋です。安いのに美味しいですよ」


 店内にはハード系のパンを中心に沢山並んでいた。

 まだ午前中なので、トルティ用のパンが焼きたての匂いをさせている。


「何か買って行かれますか?」

「そうねぇ」


 フェーベがオススメを教えてくれたが、正直全部食べてみたい。


「このお店のパン全て、と言ったら街の人達が困るかしら」

「ぜ、全部ですか?」


 甘いもの好きのハムが青ざめた。

 明日からのトルティが、全部堅パンになる恐怖で震えているようだ。


「この辺りの住民が、今日のトルティなしになっちゃいますよ」

「ですねぇ。では夕方もう一度参ります。その時売れ残っているものを全て買い取ります。いいかしら?」


 尋ねると、店主は脂汗をかきながら、フェーベに視線をちらちら送った。


「勿論、ウチは大歓迎です。ですが、お口にあいますでしょうか?」

「大丈夫だよ、おじさん。ここのパン美味しいもの」


 フェーベのお墨付きを貰って、店主がほっとした顔つきになる。


「顔見知りですか?」

「常連でした」

「まあ! ではフェーベの子供の頃もご存知なのですか?」

「知っておりますよ。とんだ悪ガキでした」

「ちょっ! おじさん!」


 フェーベが慌てて店主に飛びついて口を塞ぐ。

 和やかな笑い声が店内に響いた。


 こんなに親しげに、貴族と平民が触れ合っているのを、新鮮な気持ちで眺めた。


 夕方もう一度来る事を約束して、店を出だ。


「同じカロリング領でも、随分と雰囲気が違うものですね」

「漁業と製塩業に頼りきりの街ですから、貴族は殆どする事がないんですよ。おかげで伸び伸びとした子供時代でした」

「農業はしてないのですか?」

「野菜なんかはやってますが、穀物は殆どないですね」

「ふうん」


 それでは、飢饉がくれば食うに困る。


「穀物を育てた方が良いですよ」


 割と真剣に忠告してみたが、フェーベはあっさりとしたものだった。


「土地が痩せてて、あまり育たないのです」


―――うーん。放っておいても良いけど。ここの住民を見捨てるのは寝覚が悪いなぁ。


 どうしようかな、と迷いながら散策していると、民家の庭に見慣れない樹木を見つけた。

 二メートルくらいの高さの木で、プラムのような真っ赤な果実がたわわに実っていた。


「あれは何という果物ですか? 初めて見ました」


 フェーベがチラッと庭を覗き込んで


「ああ、プルシーですね」

「私も初めて見るな」


 フォルクハルトも珍しそうにしている。

 ハムとフェーベは食べたこともあるらしい。


「別名、貧者の果実と言います。国中何処でもありますよ。庶民には一番メジャーな果物ですね」


 大した手入れもなく、放っておいても勝手に実をつけるらしい。痩せた土地でも、不作の年でも変わらず成り続ける。

 金銭的に余裕がなくても、食べれることから貧者の果実と呼ばれているのだと、説明してくれた。


「そんな有名な果実、どうしてわたくし食べた事がないのかしら?」

「貴族が好き好んで食べるものじゃないですから」

「素材博士としては、大失態ですわ!」


 ライラティーヌは、何でもポケットからスケッチブックを取り出した。


「すみませーん。誰かいませんかー」


 民家に向かって大声で呼びかける。


「またライラティーヌ様は……。何をなさるおつもりですか?」

「何って、一つ分けて頂こうと思って。それにスケッチもしたいです」


 何度か呼びかけていると、家のドアから十歳くらいの少年が出てきた。


「……何ですか?」


 暗い顔をした少年だった。

 代表してフォルクハルトが口を開く。


「失礼。お父上かお母上はいるかい?」

「……おじさんたち、誰?」

「騎士団の者だ」


 少年は胡散臭げに、四人に目を這わせると、正気の篭らない目で言った。


「……とーちゃんはもともといない。かーちゃんも先月死んだ」

「それは……。悪い事を聞いた。母上は病気か何かか? 君は一人で住んでいるのかい」

「メルルーイ病」

「……大変だったな。君は無事か?」

「何ともないよ。それより、何か用?」


 病名を聞いた時、フォルクハルトが息を呑んだ気がした。


「メルルーイ病って?」


 小声でフェーベに聞いてみる。


「奇病です。死亡率百パーセントの」

「伝染病ですか?」

「いえ、栄養失調が原因ではないかと言われていますが、未だに原因不明です」


 フォルクハルトが少年から許可を貰ってきたので、遠慮なくスケッチをして、果実を少しポケットに入れた。


 プルシーを食べながらも、ライラティーヌは考え込んでいた。


―――栄養失調か。


 最近の不作の影響なのだろうか。

 そうなれば、今後あの少年のような子供がもっと増えるかもしれない。


―――やっぱり、寝覚が悪いよね。


「フェーベ、穀物を栽培しない理由は、土地が痩せているからだけですか?」

「主な理由はそうです。後は農業に頼らなくてもやっていけてるから、でしょうか」


 魚と塩が自給出来ていれば、飢饉が来ても飢え死ぬことはなさそうに思える。

 だけど結局のところ、腹を満たすのは炭水化物だ。そう思ってしまうのは、米の国出身だからだろうか。


「働き手はどうですか? 農業に割く人手はありますか?」

「大丈夫と思いますが……。ライラティーヌ様には、ガゼルジャンが危なげに見えるのですか?」


 突っ込んだ質問に、フェーベが不安そうな表情になった。


「いえ。ごめんなさい、つい老婆心で」


 素人考えで上手く回っている領地を引っ掻き回す訳にもいかない。

 ライラティーヌに分かっているのは、飢饉が来るという事だけなのだ。


 自分にもう少し知識があれば良かったのに。

 と、社会の授業に真剣に向き合ってこなかったことを、少し後悔した。


「フェーベ。私は一考すべきだと思う」


 それまで黙っていたフォルクハルトが説得に回った。


「このような場合のライラティーヌ様の言葉は、精霊の言葉だと受け止めるべきではないか」

「! 確かに。そうなのですか? ライラティーヌ様」

「あ、えーっと」


―――精霊の言葉ね。うん。精霊も神の眷属なんだから、神くくり良いよね。ルイから聞いた、イコール精霊の言葉。うん。イケる。


 いや、全然イケないけど、そんな感じにしておく。


「ガゼルジャンに限った話じゃないんです。カロリング全体に感じる危うさなのですよ」


 フェーベを安心させるように、一度クッションを入れてから続ける。


「むしろガゼルジャンは良い方だと思います。ですがカロリングを飢饉が襲った時、主食の全てを交易に頼っているのは、少し危うく感じます」

「飢饉が、来るのですか?」


 三人が生唾を呑む音がした。

 ライラティーヌは一人一人の目をゆっくりと見つめてから、静かに頷いた。


「来ます。このままでは確実に」


 飢饉の最終打は災害だった。

 それがどのようなものか、見当がつかない。

 地震なのか、日照りなのか、津波なのか。


 いずれにせよ、自給率を上げておけば済む話とは限らない。


 やはり確実な備えは備蓄だ。


「ただ、わたくしに分かる事はそれだけなのです。対策を立てれるほど、領地経営に明るくありません。皆はどうですか?」


 三人が顔を見合わせた。


「一番頭が良いのはフォルクハルトだろう」

「食べ物のことならハムドルトが専門ではないか」

「食い意地と領地経営は全く関係ないだろう」


 ダメだこりゃ。


「余っている土地はありますか?」

「それはまあ、放置された農地ならありますが」

「後日見に参りましょう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。