プリザーブドフラワー
ライラティーヌはすこぶる機嫌が悪かった。
何故なら、森への出入りを禁止されたからだ。
「少なくとも調査が終わるまでは、と言われたのです。最低でも季節一つ分はかかるのですって。そんなに耐えれませんわ」
怒り心頭である。
両手で握りしめたティーカップを、危うく握り割ってしまいそうな程だ。
「魔獣が出た経緯が分からないのだから、仕方がないよ」
コンラーディンが宥めようとするが、逆効果だ。
「経緯なんて分かる訳ありませんわっ。使われた魔獣寄せの薬はもう霧散してますからね。時間の無駄ですよ」
犯人はヘルマン陣営だ。
直接精霊に裏を取ったのだから、間違いない。
「犯人は分かっているのに、証拠がないとは、何とももどかしいね」
「わたくしに証拠は不要です。憩いの森を奪った恨み、絶対に晴らしてみせますわ」
ムン、と握り拳を作って決意表明をした時、丁度ドアをノックする音がした。
「これは……ライラティーヌ様もご一緒でしたか」
入ってきたのはマニュエル・サイフォン。クレメンスの父であり、カロリングの重鎮だ。
マニュエルは、招かれたコンラーディンの部屋にライラティーヌがいた事に驚いていた。
席を立って、マニュエルを迎え入れる。
「実は今日お呼びたてしたのは、わたくしなのです」
「それはそれは。このような老体に、なんの御用ですかな」
クレメンスをそのまま老けさせて、角をとったような人物だ。
「いつも疲れた顔をなさっているので、お茶を差し上げたかったのです。わたくしのお茶は疲れに効くと評判なんですよ」
威張ってみたが、誰からもそんな評判は得ていない。
ライラティーヌ一人の評価なのだが、評価は評価だ。
にっこりとティーカップを差し出すと、マニュエルは孫のママゴトに付き合う好好爺のような顔をした。
「森で摘んだ薬草を使ってるんです。わたくし、森でただ遊んでいる訳じゃないのですよ」
「だから、森の立ち入り禁止を解いて欲しい、というのがマニュエルを呼んだ理由のようだよ」
コンラーディンが可笑しそうに、ぶっちゃけた。
「お兄様! 話の順番があるのですから、黙っていて下さいませ」
「マニュエルは忙しい身なのだから、結論から話しなさい」
「ぶー」
頬を膨らませて見せたが、コンラーディンは見えないフリをした。
―――随分と都合の良い目だな、こんにゃろう。
「それは、許可できませんな」
杓子定規なマニュエルに、ライラティーヌは『森の成果』第二弾を突き出した。
「これならどうですか?」
「花、ですか」
突き出したのは、小さな花束だ。
でも、ただの花じゃない。
「枯れない花です」
「花は枯れるものです」
コンラーディンが見えないフリをしながらも、うっすら瞼を持ち上げて覗き見ている。ぷくく。
「勿論永遠ではありませんが、一、二年はこの美しさを保ちます」
「……まさか。造花にも見えませんが」
「プリザーブドフラワーといって、生花に特殊な加工をしています」
まだ疑っているようだが、少しは興味を持ってきたようだ。その証拠に目がプリザーブドフラワーに釘付けになっている。
触って感触を確かめているが、触っただけでは生花にしか感じないだろう。
「冬は社交の季節なのに花が減るでしょう。どこのお屋敷も、パーティに飾る花に困っていると思うのです」
「確かに、冬の花は華がないものが多いですからな」
「それにこれは、花の色を好きな色にアレンジできるのです。……青いトラフ、見たくありませんか?」
青いトラフとは存在しない花だ。
トラフには暖色系の色しかない。
それ故に、青いトラフは見た者に幸せを運ぶと言われている。
薔薇と青い鳥を掛け合わせたような花なのだ。
ライラティーヌは、テーブルに青いトラフをそっと乗せる。
そして、決め台詞を口にした。
「これ、カロリングの新しい産業に出来ないかしら?」
「産業……まさか、これは魔術を使わずに作れるのですか?」
「そうですよ? 平民が作らなきゃ産業には出来ないでしょ」
マニュエルが黙り込んでしまった。
考えが纏まるのを待つことにする。
プリザーブドフラワーに対するニーズが、日本人のライラティーヌではイマイチ分からないのだ。
「少なくとも冬の社交会では喜ばれるだろう。青いトラフは第二弾として出し惜しみするのも良いかもしれない」
「ですな。贈り物としても需要もありそうです」
「枯れない花は、永遠の愛と相性が良さそうですものね。男性からの贈り物としては最適です」
二人のお墨付きが貰えた。
よしよし。ライラティーヌはピッと手をあげて、偉そうに口を開いた。
「こほん。製法をお教えするためには、条件があります。この産業のアガリはお金じゃなくて、穀物で納めさせたいのです」
「穀物で? 何故そのようなことを」
「だって、お金だったら何処かで減ってしまうでしょ」
どこかとはアーレントなのだが。
要は横領されちゃうよ、ということだ。
何せカロリングの税収を任されているのはアーレントなのだから。
「穀物なら手が出せないでしょ。そしてそれを備蓄に回したいのです」
「備蓄ですか」
マニュエルが渋い顔をした。
そして、滔々と説明を始めた。
不作続きで備蓄に回す余裕はない事。不作の年は値が上がるため、今穀物を買い集めるのは無駄が多い事。収穫量が上がった年に、備蓄を増やせるように、今はお金を貯めておくべきだと。
「収穫量が上がらなかったら、どうなるのですか?」
「いくら何でも、不作ばかりが続くことはありますまい」
実に楽観的な答えが返ってきた。
でもライラティーヌは知っている。
収穫量は戻らない。何もしなければ、カロリングは五年後にはこのまま大飢饉へと突入するのだ。
「甘いです。戻りませんよ、収穫量」
真っ直ぐに目を見て、断言する。
マニュエルは小娘の戯言と聞き流せないような、不思議な感覚を覚えた。
無意識に生唾を呑み込む。
「ライラティーヌ、根拠はあるのかい?」
「お兄様、わたくしが言っているのです。戻りません」
こう言えば、コンラーディンならば人ならざるものから齎された情報だと分かる筈だ。
すぐにコンラーディンは表情を引き締めて、領主一族の顔になった。
「……ならば、この新事業だけでは心許ないな」
「自給が望めないなら、大事なのは外交になってくるでしょう? ですから他領の貴族が喜びそうな物を考えてみたのです」
「私も学院で働きかけてみよう」
「実はこれを更に発展させた、ハーバリウムという物も研究中なのです」
「お、お待ちください!」
二人で話を進めていると、マニュエルが狼狽気味に手を挙げた。
「私はまだ半信半疑です。せめてそう考えるに至った根拠をお示し願いたい」
本に書いてありました。とは言えない。
―――うーん。根拠ねぇ。
「森が教えてくれるんです。伊達に入り浸っている訳じゃありません」
なんとなく、それっぽい事を言ってみた。
「だから、森に入る許可を下さい」
にっこり笑ってみせると、コンラーディンに頬を引っ張られた。
「むぎゅう。いひゃいれふ!」
「今それを言うと、話の信憑性がなくなるだろう。少しは欲望を抑えるように」
「笑顔で言う事ですか! 表情とやってる事の乖離が激しすぎです!」
二人がわちゃわちゃしている。
この時マニュエルは、初めて感じる胸の高ぶりを自覚していた。
まるで、カロリングの未来を見ているような気持ちになったのだ。
世代交代。その単語が心に降ってきていた。
「一月様子をみましょう」
「一月も森に行けなかったら、わたくし倒れます!」
「貴方の言が正しいか、つまり本当にこの花が枯れないかの検証が必要です。一月後も今と変わらぬ姿であれば、事業計画を進めましょう。クレメンス、お前が進めなさい」
「は? 私がですか?」
「このお二人の立案を形にするのは、お前であるべきだ」
クレメンスがハッとした顔になり、居住まいを正した。
「畏まりました」
マニュエルが満足げに頷いている。
―――そんな事より森!
一月は辛すぎる。ぷぅーっと膨れていると、マニュエルが目を細めた。
「実は先程、ライラティーヌ様の護衛騎士達が陳情にやってきました」
と、意外な事を言い出した。
―――まさかあいつら、自分達じゃ抑えきれないと踏んで、マニュエルに手を回したんかい!
「どうすれば、調査が終わるまで貴方を大人しくさせておけるのか。三人でとても悩んだようですよ」
「あいつら……。後でシメておきます」
もうトルティ抜きの刑ですよ!
「つきましては、貴方を一月ほどガゼルジャンにお招きしたい、との事でした」
「はぇ?」
ガゼルジャン。
カロリング領の南部に位置する、海辺の街だ。確かフェーベの故郷だった筈だ。
「何でも漁師たちの行事があるらしく、きっとライラティーヌ様はお喜びになるだろう、との事でした」
「海!」
素敵ワードが飛び込んで来た。
―――流石私の護衛騎士達!
魚! 海藻! 海水浴! やふー!
いや、泳ぎはしないよ。だってインドア派だもん。前世でも海で泳いだ事ないです。はい。春だしね。
「許可を!」
テーブルに身を乗り出して詰め寄る。
これが興奮せずにいられようか!
だって、海だ。春の海だ。
ひねもす のたり のたりやふー! だ!




