入隊祝い
フォルクハルトが貴族学院から戻ってずいぶん経つが、ライラティーヌはまだ会えていなかった。
遠目に見かける事はあったが、新人さんは新人研修みたいなシゴキがあるらしく、忙しいらしい。
何より入隊式が終わらない限り、正式な任務には付けないらしい。今までは何だったんだと思わなくもないが、ケジメは必要なのだそうだ。
今回ライラティーヌだけでなく、二人の兄にもそれぞれに護衛騎士がつくことになった。
兄妹間のバランスをとったということだろう。
兄達の護衛騎士は本当に今日が仕事始めなため、足並みを揃えるために改めての就任式なのだ。
「久しぶりですね」
目の前で跪くフォルクハルトに声をかける。
フェーベとハムも一緒だ。
膝をつく三人の前で、ゲルルフが恭しく頭を下げた。
「この三人が、本日よりライラティーヌ様の護衛騎士として、お側に侍ることをお許しください」
「許します」
本当に、今までは何だったんだ。
今更な大層な儀式に、むず痒さを感じつつも、貴族令嬢らしく厳かに許可を与える。
四人とも、今日は騎士団の制服を身に纏っていて、何割増しかでカッコいい。
フォルクハルトも少年らしさが少し減っていて、実にカッコいいと思う。
「任務に当たって、ライラティーヌ様に忠誠を捧げたいと申し出た者がおります。お受け取り戴けますでしょうか」
みんなの姿にふむふむと見惚れていると、ゲルルフがとんでもない事案をぶっ込んできた!
動揺を隠して、にっこり優雅に微笑む。
「有能な騎士を独占するつもりはありません。持てる力はどうか領地へと捧げて下さい」
「は?」
「え?」
―――断ったら駄目な感じ? いやいや、疑問系だったよね!
「えっと、駄目でした?」
「い、いえ。ただ忠誠を捧げられるのはとても名誉な事ですので、拒絶される方はまずいらっしゃいません」
―――名誉って、だいたい重たいんだよね。
「わたくし名誉は求めてないのです。ゲルルフ団長なら、分かってくださると思うのですが」
今までのライラティーヌの所業を思い返すように、ゲルルフは少し斜め上に視線を上げて、吹き出した。
「確かに、ライラティーヌ様はそうでしょうな。ですが受け取っておいて損はないですぞ?」
「気持ちは受け取りました。本当に嬉しく思います。でもわたくし三人とも信用しきっていますから、今更必要ありませんわ。ね?」
跪いたままの三人に笑いかける。
三人は目を見合わせて、やれやれ、という感じで首をすくめた。代表してハムが口を開いた。
「我らがライラティーヌ様の味方であるとご理解戴けるだけで満足です」
「そんなこと、疑う余地がありませんわ。……ところでゲルルフ団長」
「なんでしょうか?」
「もう、儀式っぽいのは終わりですか? あの、わたくし人を見下ろすのが慣れていなくて。出来ればそろそろ終わって欲しいのですが」
上目遣いにお願いする。
だって、本当に落ち着かないのだ!
なんでみんな、平気で膝をついたり出来るのだろう。人の後頭部を見下ろしていると、あわあわしてしまう。
「ははは。もう終わりましたぞ。お前ら立って良いぞ」
「はっ」
三人が立ったのを確認して、アンヌに目で合図を送る。アンヌがキャビネットから包みを取り出してきた。
「フォルクハルトへの入隊祝いです。開けてみて下さい」
フォルクハルトは包みの感触から、中が何かを分かったようで、戸惑ったような顔をした。
「これは、もとは私の物では?」
「あれは後でお返しします。まあまあ、見てみて下さいな」
早く褒められたくて、尻尾を振る勢いで急かす。
フォルクハルトが躊躇いがちに中身を取り出した。
「アンダーアーマー、ですか?」
隣から覗き込んだフェーベが不思議そうな目をした。
「そうです! 注目はここですよ。わたくしが刺繍したのです! 防刃に加えて温度調節も出来るのですよ! 騎士の鎧は暑いでしょう? これがあれば、少しは快適に過ごせると思うのです」
フォルクハルトの手から奪うと、テーブルに広げて刺繍を指さして説明する。最後には、刺繍に向けていた指を、ピーンと天井に突き出してポーズをとった。
「もちろん冬の寒さも凌げます! どうですか!」
目をキラキラさせて覗き込むと、フォルクハルトよりも先にフェーベが食いついてきた。
「素晴らしいです! この術式、私も真似して良いですか? ちゃんと他所に術式が流れないように自分で刺しますから!」
―――やっぱり女の子はこの機能は喜ぶよね~。というかフェーベ刺繍できるんだ。腐っても貴族!
と幾分失礼な感じで満足しつつも、少し申し訳ない気持ちで言い訳をする。
「実は……フェーベとハムドルトの分も作る予定なのです。でも……その……まだ時間が必要で……。三人同時にお渡しするべきだと分かってはいたのですが、わたくしどうしても入隊のお祝いをしたかったのです」
両手をごめんね、のカタチにあわせてちょこんと頭を下げる。
「ごめんなさい。もう少し待って貰えますか?」
「え? 私達も戴けるのですか?」
フェーベとハムが信じられない、と目を見開いた。
「ええ。もうベースとなるアンダーアーマーは用意してあるのです。正確なサイズが分からなかったので、既成のものになっちゃいましたけど」
「そんなこと! せめて魔撚糸だけでもこちらで用意させてください」
ハムが恐縮したように提案してきたが、すぐに却下した。
「いいえ。それだとフォルクハルトと差がついてしまいます。もちろんわたくしは素人ですから既製品より質は劣ってしまいますが、魔力と感謝をたっぷり練り込みますから、効果は高いと思いますよ。少し時間をください」
「……」
「……」
―――げっ。みんな黙っちゃった。やっぱりこんな手作り感満載のやつじゃなくて、プロに発注した方が喜ぶよね。自己満足でごめんなさい!
本当は術式が目立たないように、普通の糸で上から美麗な飾りを施すものなのだが、時間がなくて端折ったのだ。出来上がったのは味もそっけもなく、どーんと真ん中に術式が刺繍されているだけの代物だ。
「あの……やっぱりこんなの駄目ですよね。お母様にも止められていたのですよ。まだ人に贈るような腕じゃないって。ごめんなさい、わたくし一人で舞い上がってしまって……」
「いえ! そんなことありません!」
しょんぼり気分で謝ると、フェーベとハムが声を揃えて否定してくれた。
「いいのです。気を使わせてしまってすみませんでした」
「違います!!」
フェーベが握り拳を作って大声を上げた。ハムが脂汗をかいている。
「大丈夫ですよ。そんなに傷ついてないです。そんなに、ですけど」
「だから、違いますって」
終わらないやり取りをしていたら、フォルクハルトが堪りかねたように吹き出した。
「フェーベ達は魔撚糸を作るところからライラティーヌ様がされていると思っていなかったのですよ」
「え、そうなのですか?」
「私もです。アンダーアーマーを作って戴いただけでも驚きなのに、まさか私の分まで糸から紡いで下さったとは」
フォルクハルトは、宝物に触れるように、そっとアンダーアーマーに手を当てて、幸せそうに微笑んだ。
「宣言通り、驚かせることは出来ましたか?」
「はい。してやられました」
―――やったね! 苦労した甲斐があったよ。いやっほう!
ガッツポーズをとる横目に、フェーベ達のほっとした顔が映った。
「えっと、では素人感満載なのが気になっている訳じゃない、という事て良いのでしょうか?」
「当然です」
ハムが鼻息を荒くする。
「そんな奴がいたら、メシ抜きです!」
―――意外と軽い罪だな! おい!
「では私が作ったら、受け取って貰えますか?」
「わーん! 嬉しいです! ライラティーヌ様やっぱり忠誠貰ってくださいよ」
「フェーベの忠誠、安すぎませんか?!」
「そんなことありませんぞ」
ゲルルフが少し羨ましそうに、頷いた。
「主が手ずから刺繍を施すなど、これ以上の下賜品はございません。しかもご自分の魔力を込めて戴けるなど、聞いたこともありません」
「そうなのですね。お母様の反応が変だった謎が解けました」
―――仲を勘繰るほど、心のこもった贈り物だったってことね。うん。心は込めたよ。
「ところでライラティーヌ様、ご自分の分はちゃんと出来たのですか?」
ギクッ




