カミングアウト
―――ゲッ
一言で心臓を鷲掴みされた。
「あまりに荒唐無稽な話だろう。だがアンヌが言うからには一笑に付すことも出来なくてね」
ドクンドクン。
「私はね、目が見えない分、音や香りで世界を見ているんだ」
コンラーディンは、先程ツェツィで線を引いた辺りに、指を伸ばした。
「身体も、記憶も確かにライラティーヌのものだ。だが」
コンラーディンは瞼を持ち上げると、じっとライラティーヌを見据えた。目が見えていないとは、信じられないほどに、真っ直ぐに。
「ライラティーヌはそんなに弾むようには歩かない」
「……」
「魔力も、変化しているようだね」
ライラティーヌはそっと目を伏せた。
コンラーディンは確信を持っている。言い逃れできる状況ではなさそうだ。
―――折角、仲良くなれたと思ってたんだけどな。
ライラティーヌは、背後に控えるアンヌに語りかけた。
「いつから疑っていたのですか」
「違和感を覚えたのは誓いを立てたあの時です。お会いした瞬間に、別人だと思いました」
―――最初からか。
「別人だと思っていても、誓いを立てたのですね」
「と言うか、私が忠誠を捧げたのはこっちのライラティーヌ様ですから」
「え?」
それが何か? と言う感じで首を傾げている。
「私を助けてくれたのは、こっちのライラティーヌ様ですよね」
「いや、まあ……、確かに助けはしましたが……」
「なら、あの誓いは有効ですよね」
「え、ええ。アンヌがそれで良いのなら」
「問題ありません」
―――いや、あるだろう!
呆然としていると、コンラーディンがトントンと指でテーブルを叩いた。
再びみんなの注意が自分に集まったことを確認して、口を開く。
「アンヌはこんな感じでね。すっかり君に心酔しているんだ。そのせいで、アンヌの報告を鵜呑みに出来なくなってしまって困っているんだよ」
たいして困ってもいなさそうに、肩を竦める。
「私なりに、死者の身体に別の魂を入れるような邪法がないか調べてみたが、そのような魔術は見つけられなかった。だが」
「悪魔の証明、ですね」
「……何かな、それは?」
「存在しないことを証明することは困難だということです」
―――こっちにはない言葉なのか。まあ悪魔はいなさそうだもんね。
コンラーディンが笑みを深めた。
「もう、取り繕うのも止めたのかな?」
「さあ、どうでしょうか」
固い沈黙が落ちた。
「別人だと仮定すると、君はライラティーヌの仇ということになる。だが、困ったことに、君からは全く悪意の匂いがしないんだよ」
「それはそうでしょうね。ヘルマン兄様には、思うところはありますけど」
他の人たちには、好意しかない。
―――クレメンスはまぁ、アレだけど。アンヌの想い人かと思うと、見る目も変わったし。
「いくつか仮説を立ててみたがどれも確認しようのない仮説ばかりだ。君から真実を聞くことは出来るのだろうか」
ライラティーヌはもう死んで、神様からの依頼でその人生を引き継いでます。そうそう、クレメンスはもうすぐ処刑されますよ。
―――なんて、言えるわけないよね。
「言えないのだね」
「……」
「そうか……」
コンラーディンは寂しげに深い息を吐くと、背もたれに身を預けた。
初めて見るコンラーディンの表情に、胸が痛んだ。
コンラーディンは、考え得る限り最大の誠意を持って問いただしてくれたのだと分かる。
敵と見定めて、切り捨てて仕舞えば済むのに、わざわざ話題にした。
もしライラティーヌが敵であれば、秘密を知ったコンラーディンを害する可能性もあるのに。
せめて、自分は敵ではないと、それだけは伝えたいと思った。誠意には誠意で応えたい。
「信じるかどうかはお任せします」
ライラティーヌは気持ちを固めて顔を上げた。
「私には二人分の記憶があるのです。一人はライラティーヌ、そしてもう一人は沙夜という女性です。年は十九でした。ライラティーヌも沙夜も間違いなく死にました。ですが私はライラティーヌとして目を覚ました」
嘘ではない。言っていないことはあるが、嘘はついていない。
「では記憶が二人分あるだけで、君はライラティーヌだと言うのかな」
「それは、自信がありません。もう一人の自分の記憶の方が鮮明なのです」
コンラーディンは額に手を当てて、思考の沼に入り込んだ。
端正な顔に、深い影がさしている。
「やっぱり私が言った通りじゃないですか」
急にアンヌが口を挟んできた。
「アンヌ、今は君の出る幕ではない。控えなさい」
クレメンスが嗜める。
「アンヌは何を言っていたの?」
「今は控えてます」
アンヌが口をむーっと引き結んだ。こんな時だけど、かわいい。
「前世の記憶が蘇ったのだ、とアンヌは主張していたんだよ」
「アンヌがそんな夢見がちなことを?」
「貴族学院へ行く前夜、前世がどうのと口を滑らせたのだろう?」
「あー」
―――あったな、精神崩壊したときだ。
「確かに十九年分の記憶が植え込まれれば、別人のようになるだろうね」
「え? 信じてくれるんですか?」
「否定する材料がないよ」
コンラーディンは肩を竦めた。
「そもそも君の善意に頼るほか、確かめる術はなかったのだからね。誤魔化せば敵とみなし、何かを語れば無条件に信じるつもりでいたんだよ」
―――おおお。誤魔化さなかった私グッジョブ!
「前世か、どんな気分なのだろうね。サヤはどんな人生だったのかな」
コンラーディンの口から沙夜の名前が出る事が、とても不思議な感じだ。
「概して平穏な人生でしたね。お家騒動なんか無縁で、趣味に生きていました」
「出来ればサヤとして復活したかったかい?」
「……どうでしょう。あまり考えないようにしています。どうあっても戻れないのですから」
前世を思い出して、少し胸が痛い。
「でも二度目があって私はラッキーです。普通は死んでしまったら終わりですから。カロリングの人達は良い人ばかりで、私は幸せです。それに家族から貰う情愛は、こちらの方が余程多いですね」
皆の顔を思い浮かべていると、ヘルマンの顔も浮かんできた。
思わず顔を顰める。
「まあ、平穏とは言い難いですが」
―――ほんと、ヘルマンさえいなければ、良い環境なんだよね。囲碁は打てないけど。
「あと、自分がライラティーヌだと胸が張れない以上、領主にはなれません。だからコンラーディン兄様の敵に回ることはないと断言できます」
ビシッと言い切る。
安心させようと思ったのに、何故かコンラーディンは少し困ったように首をすくめた。
「別に私は、領主の地位に固執してはいないよ。カロリングの為になるなら、ヘルマンでもライラティーヌでも構わないんだ」
え、そうなの?
「ヘルマンはダメよ」
「まあそうだね。だから私としては君に……、ところで君のことはどう呼べば良いのかな。サヤと呼んだ方がいいかい?」
話しているうちに、君という呼称に困ったようだ。実はライラティーヌも先ほどから「兄様」を付けて良いのか迷っていたので助かった。
「不快でなければ、ライラティーヌでお願いします」
「では私のことも、今まで通り兄様と呼んでおくれ。ヘルマンもだよ」
「分かりました」
どうやら、まだ妹の地位は失わずに済んだらしい。
良かったよかった。
「私は障害を持っているからね。領主よりも補佐に回るべきだと思っている。その為にはライラティーヌの成長が必須なのだよ」
え、嫌だ。
―――わお。クレメンスが物凄く不本意そうな顔をしている。睨まないで!
「クレメンスは別の意見みたいですよ」
「気にしなくて良い。頭が硬いんだ」
ーーーぞんざい! クレメンスってこんな扱いなんだ。
「もちろん、ライラティーヌが私を超えれなければ、私がなるしかないけどね」
超えれる気がしない。というか、超す努力をする予定はないのだけれど。
―――障害かぁ。うーん。




