コンラーディンとのお茶会
「お帰りなさいませ。ヘルマン兄様」
スカートの裾を持ち上げて礼を取ると、騎獣から降りたったヘルマンと目があった。
「其方、また騒動を起こしたらしいな。もう少し領主一族としての自覚をもったらどうだ」
開口一番、嫌味が飛び出した。
―――っていうか、やっぱり情報は回ってるんだね。
「わたくしが領主一族でいるのは、結婚するまでですから、こんな感じで良いのです」
にっこり。
領主になる気なんてないよ、殺しても意味がないよ、と何度も言い続けることは大切だ。うん。
「ふん」
ヘルマンは足早に通り過ぎていった。その後を執事風のダミアンが続く。
―――ダミアンって、喋ったところ見たことないし、なんか黒いんだよね。蛇っぽい。
それにしても、ヘルマンはいつもあんな感じで疲れないのだろうか。無駄話とか、馬鹿話とかをせずに毎日を過ごすなんて、ライラティーヌには拷問に近いのだけれど。
その後三時間ほど経って、今度はコンラーディンを迎えに出た。
ヘルマンと違って、和やかな再会になるだろうと弾む足でエントランスへ向かう。
「ライラティーヌ、また皆に迷惑をかけたらしいね」
―――おおう。既視感! 笑っている分怖さ倍増だって!
「一般人を巻き込むのは感心しないね。ツェツィを渡したことを少し後悔してしまったよ」
「ううう。返す言葉もございません」
「まあいいよ。戻ったらゆっくりと話をする約束をしていたね。トルティに誘うから、ライラティーヌの都合が良い日を後で教えておくれ」
「はぁい」
結構楽しみにしていたコンラーディンとの約束だけど、なんだか一気に気が重くなってしまった。
―――あの笑顔で、ネチネチ嫌みを言われるのかなぁ。ううう。胃が痛いよ。
――――――――――
四日後、手作りのジャムを持参してコンラーディンの居室を訪ねた。
アンヌも一緒だ。だってアンヌにとっても久しぶりのクレメンスなのだから。
ーーーこういう時に気を使わないと主失格だよね!
「まだ旅の疲れが残っているのではないですか?」
「私は騎獣と相性が良くないからね。でももう大丈夫だよ」
コンラーディンは自分の閉じた目を指さした。
―――えっと。見えないのに、空飛んでるの? 超人!
「足の踏ん張りか効かないから、変なところに力が入るんだよ」
―――そっち!?
「お兄様の騎獣はどのような形なのですか?」
「タスラーだよ」
―――なんじゃそりゃ。
「わたくしタスラーを知りません」
「肉食の四足獣だね。身体に縞模様がある」
―――虎っぽいな。
「四足獣だと跨いで乗るのですよね。座って乗れるようには出来ないのですか? 絨毯みたいな感じで」
「絨毯では騎獣とは言えないよ」
「どこかに顔と尻尾が付いていればいいと思うのですが」
「ふふ。ライラティーヌの発想は面白いね」
―――うちのマンタ君を見せてあげたい。とっても実用的なのに。一度しか乗ったことないけど。
「それで、ツェツィは使えるようになったのかい」
「うふふ。完璧ですわ」
ライラティーヌはツェツィを振って、細い線を描いてみせた。
正確には0.1ミリの線だ。
「お兄様の助言のおかげです」
引っ張られる、という助言をあれこれ考えた結果、ツェツィを魔力というインクを入れたボールペンだと思うことにしたのだ。押し出すのではなく、インクが足りなくなったら継ぎ足すイメージで魔力を注げばうまく行った。
「刺繍も母上が褒めていらしたよ。色々と頑張ったようだね」
「はい。充実した時間でしたわ。あの、もしご迷惑でなければ差し上げたいものがあるのですが」
アンヌがテーブルに小さな紙箱を差し出した。
「ハンカチなのです。ここ、わたくしが刺したのですよ」
ハンカチを広げて見せる。コンラーディンの手を取って、ハンカチの右下を触らせる。ライラティーヌが刺繍を施した場所だ。
「私の名前だね。隣は花かな?」
「ツァラクリアです。お兄様の好きな青にしたのですよ」
手作り感は否めないが、持ち歩いても恥ずかしくない程度には上手く出来たと思っている。
「ありがとう。大切に使わせて貰うよ」
「うふふ。こっちはクレメンスにです」
「私の分もあるのですか」
「力作ですよ」
クレメンスの分は、名前の上に眼鏡を刺繍した。だってクレメンスには眼鏡以外の印象がないのだから仕方がない。
「……斬新なデザインですね」
「嫌味は受け付けませんよ」
ぷぅっと頬を膨らませて見せると、クレメンスは小さく笑ってハンカチをしまった。
「いえ。刺繍に励まれるのは喜ばしい事です。練習台などお安い御用です」
「ものすごく失礼ですね。返してくださいませ」
「褒めております。大変宜しいと存じます」
―――むむむ。
ガシャーーーン!
突然、激しい音が室内に響きビクッとした。
振り向くとアンヌが壁から少し離れた位置に立っていて、足元には割れた飾り壺が散乱していた。
「あ、すみません。すぐ片付けます」
どうやらまたやったようだ。まるで床に叩きつけたかのように、壺は無惨な破片となって散らばっていた。
「……どうやったら割れるのですか」
ライラティーヌにとっては毎度のアンヌの粗相だが、ここはコンラーディンの部屋だ。流石に注意した方が良いかもしれない。
破片を片付けだしたアンヌについて考えていると、クレメンスがさっと動いて、一緒に破片を拾いだした。
―――おお! クレメンスが珍しく優しい。私が割ったら絶対嫌味の一つも言われるのに。
目をハートにしていると、目の前でクレメンスが破片をドンっと踏み潰した。
「はぇ?」
―――なにしてんの? 壺に八つ当たり? 闇ってる!
驚くライラティーヌの前で、クレメンスは破片から何かを拾うと、コンラーディンに手渡した。
「盗聴の魔術具です」
「そうか。仕掛けられたのは学院に行っている間かな」
「おそらくは」
「まったく凝りもせずにご苦労だね。アンヌ、いつもありがとう」
「いえ。とんだ粗相を」
アンヌは破片を纏めると、いつものように無表情のまま、片付けるために部屋を出ていった。
ぽかーんと、アンヌが去ったドアを見つめる。
「えっと。何が起こったのでしょう?」
「盗聴の魔術具をアンヌが見つけてくれたんだよ」
平然とコンラーディンが壊れた魔術具を指ではじいた。
―――盗聴って……。というか、今はそんなことより……。アンヌが見つけた? いつもありがとう? あれ?
呆然としているライラティーヌに向かい、クレメンスは溜息とともに
「だから、取り分け優秀だと申し上げました」と言った。
何となく、冷や汗が流れた。
「確かにアンヌは魔力も少なく、器用さも繊細さも教養もありませんが、抜きんでた才能があります。それは違和感に鋭いという事です。通常見逃すようなちょっとした変化に気付けるのです」
―――ちょっと待って。じゃあアンヌが髪飾りを壊したり、茶葉をぶちまけたり、今まで抜けていると思っていた出来事は全て……。
「アンヌがいなければ、貴方はとっくにアンゲスリュートのもとです」
「……なんてことでしょう」
全然気付かなかった。ただの残念娘だと思っていた自分が恥ずかしい。
「あの態度は演技ですか?」
「地です」
戻ってきたアンヌが扉を開けて立っていた。
「あの、が、どのことか分かりませんが、演技なんて私に出来ると思いますか」
ドアを閉めながら首を傾げた。いつものアンヌだ。
「思いませんよ。思いませんけど、アンヌに何度も命を救われてきたとも思っていませんでしたから、わたくし混乱しているのです」
アンヌはうーんと、首を捻った。
「やっぱり私、役に立っていたんですか?」
「はい?」
「何か気持ち悪いんです。気持ち悪い物を見たら壊したくなりますよね。それで壊すと、クレメンス様が褒めてくれます」
「……」
―――マジか! アンヌだ! ってか、壊したくなるっけ?
「……クレメンス」
クレメンスは咳ばらいを一つして、眼鏡を正した。少し汗をかいている。
「……結果的に役に立っています」
すごい。狙わずに、感覚だけで危険を排除できるなんて、物凄い特技だ。
「本当に、飛び抜けて優秀ですね。脱帽です」
「そうだね。アンヌの直感には私も全幅の信頼を置いているんだよ」
コンラーディンが穏やかに微笑みながら、ティーカップを口に運ぶ。ゆっくりと一口味わい、カップをテーブルに戻した時には、その表情が一変していた。白から黒へだ。
コトリ。とカップの横に魔石が置かれた。
―――防音の魔術具?
コンラーディンが黒く微笑んだ。
「そのアンヌが言うんだよ」
深い微笑みと共に告げられた次の一言に、ライラティーヌは心臓を貫かれた。
「今のライラティーヌは、ライラティーヌとは別人だと」




