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精霊再び

 一月半後。


 真っ赤に熟したチェスリムを摘むと、甘酸っぱい香りが広がる。

 籠いっぱいになるほど摘み取ったチェスリムの香りで、息をするだけでも甘く感じるほど、辺り一面に良い香りが充満していた。


「たくさん採れましたな.今年は豊作ですじゃ」


 ダノ爺がチェスリムを籠に入れながら笑いかけてきた。


 チェスリムは、要はイチゴだ。見た目も味も香りもまるっとイチゴだった。ライラティーヌは口の中に捥いだ一つを放り込む。


「美味しい~」

「ふぉっふぉ。時期で言うと終わりがけじゃから、少し酸味が強いですな」

「いいのです。ジャムにはもってこいだわ」


 二日後にはフォルクハルトが帰ってくる。

 明日は約束していたジャムを作る計画なのだ。


 ライラティーヌは籠を『何でもポケット』に収納すると、ノートを取り出した。


「何度見ても便利そうですな」

「うふふ。自信作です」


 そうなのだ! ヴォルデマールの協力を得て、ついにアイテムボックスが完成したのだ!


 名称はそのまま『何でもポケット』で定着してしまったのだけれど、見た目は全然ポケットじゃない。直径二センチほどの水晶体だ。

 首から下げているが、落としても割れたりしないように、周囲を銀細工で装飾してあるので、普通のネックレスに見える。


「チェスリムは多年草ですか? 葉っぱを残しておけば来年も採れるのかしら?」

「来年はまた種からですな。残した葉は夏頃には全て枯れますの」

「ダノ爺が種を植えているのですか?」

「勝手に生えてくるのう。儂がやることは間引きくらいじゃな」

「そうなのね。残念です」


 何株か根こそぎ収納しておけば、出奔した先でも育てられると思ったが無理みたいだ。

 諦めてスケッチを始めると、ダノ爺はやることがあるからと、小屋へ戻っていった。


 少し離れた場所で、アンヌがフェーベから体術の基礎を学んでいる姿が見える。


 騎士に憧れているアンヌが、強くなりたいと言い出したとき、フェーベは

「女は体力づくりからですよ」と言い、ハムは

「トリュードが使えた方がずっと役に立つ」と勧めた。


 なんだかんだで、今は体力作りをしながら、森に来た時にフェーベに体術を教わるカタチに落ち着いている。


 トリュードとは盾を出す魔術で、物理攻撃も攻撃魔術も跳ね返すことが出来る。高額な代物で、気軽に手が出せないアンヌのためにライラティーヌが術式を引くことにした。


 アンヌの為に始めたトリュード作りだったけど、

「これ私も必要じゃない?」からの

「どうせなら盾じゃなくて四方八方守って欲しいから箱型が良くない?」からの

「でもそれじゃ空気はどうなるんだろう?」となったときに、ヴォルデマールの

「もう其方の分は空間隔離にしておけ」の一声で、結界ともいえる素敵術式が出来上がった。


―――そう、私は絶対防御を手に入れたのである! もう怖いものナシだよ!


 この存在はヴォルデマールしか知らない。ヴォルデマールも自分用に作ってはいたが、魔力を流しても発動しなかった。故に、この絶対防御は現状、世界でライラティーヌだけが持つ切り札なのだ。


 ライラティーヌはスケッチを終えると、一つ伸びをした。

 季節はもうすぐ春。

 うららかな風に押されるように、地面にごろんと横になった。


「気持ちいいなぁ~」


 側に控えていたハムがチェスリムを頬張りながら近づいてきた。


「スケッチは終わられたのですか?」

「ええ。この二月で随分とページが埋まりました。ハムドルトとフェーベのおかげですね」


 ライラティーヌは寝転がったまま答えた。


「私は美味しいトルティにつられて、のこのこ来ているだけですけどね」

「でもハムドルトが付いて来てくれるおかげで、フェーベはアンヌの相手が出来ているのですから」

「一人は護衛が必要ですからね」


 本当なら森の護衛はフェーベ一人で良いのだ。ハムドルトがトルティ目当てに参加してくれるおかげで、アンヌの訓練が出来ている。


 トルティ目当てだと言いながらも、休日返上で参加してくれるのは、おそらくアンヌのためだろう。フェーベと言い、フォルクハルトと言い、自分の護衛騎士は皆優しいなぁ、と幸せに思う。


「ハムドルトから見て、アンヌはどうですか? 戦闘の才能はあるのかしら」

「ないですね」


 ハムドルトが朗らかに断言した。


「目は良いんですよ。冷静だし、判断力も悪くない。ですが致命的に動きが鈍いです」

「身体強化が出来ればねぇ」

「あれは上級貴族並みの魔力が必要ですからね」

「魔力か」


 ヴォルデマールが言っていたように、魔素の濃度を上げる事が出来れば、アンヌにも可能性はあるのだろうか、と考えていると目の端に動くものが通った。


 それはふわふわと宙と舞いながら、寝転ぶライラティーヌのお腹の上にとまった。


―――精霊さんだ。


 身を起こして、緑に光る精霊をそっと手の上に置く。


「どうかなさいましたか?」

「ハムドルト、わたくしの首筋に触れてください」

「はい?」


 恐る恐る、といった感じで首筋に手を当てたハムが息を呑んだ。


「精霊さん、ですよね」

「……ですね」

「昼間でも見えるんですね」


 前回が夜だったので、なんとなく夜行性のイメージでいた。ライラティーヌは手の上で跳ねている精霊に語りかけた。


「こんにちわ。お久しぶりですね。今日はどうしたんですか?」


 精霊は手から離れて宙に浮くと、くるくると回った。一メートル程離れては、振り返るように止まって、またくるくると回る。


「ついて来いってことかしら?」

「ですかね。フェーベを呼んできますから、動かずに待っていて下さい」


 精霊は回ったり跳ねたりしていて、何か訴えたいことがあるように感じる。

 フェーベたちが来たので近づくと、精霊は誘導するように進み始めた。


「やっぱり、ついて来いってことみたいですね」

「森の入り口の方ですね」

「ライラティーヌ様、手が繋ぎたいです」

「あ、アンヌずるいです」

「うふふ。じゃあフェーベは右手ね」

「おい、フェーベ。いくらなんでもそれじゃ護衛にならないぞ」

「ちぇ」


 わいわい騒ぎながら、森の道を精霊に先導されて進む。


「二度目があるとは思いませんでした」

「また歌って欲しいのでしょうか」


 前回がとても良い思い出として残っている為、自然と心が浮きたった。呑気に鼻歌混じりについていくと、ダノ爺の小屋のある広場に出た。


 広場に入った精霊は、急にスピードを上げて、ダノ爺の小屋へと飛んでいった。


「ここが目的地でしょうか?」

「小屋の裏手ですね。追いかけましょう」


 精霊を追って、小走りで小屋の裏へ回る。


 裏手に回った途端、目に入った光景に思わず息を呑んだ。


 ダノ爺が、倒れていた。


 精霊は心配するかのように、ダノ爺の顔の周りで揺れていた。


「ダノ爺!」

「ライラティーヌ様下がってください! 癒しをかけます」


 フェーベがライラティーヌを押しのけるように前に出て、癒しの魔術を唱えた。


―――なんで……。さっきまで元気だったじゃない。


 傍(かたわら)には折れた梯子や工具が転がっている。

 屋根から落ちたのかもしれない。


 フェーベの放った淡い光に包まれていたダノ爺の瞼がぴくりと動いた。


「う……。フェーベか」

「皆いるよ。動いちゃ駄目!」

「いや、もう何ともない。お前が癒しをくれたのじゃな」


 ダノ爺がゆっくりと身を起こした。


「ほんとにもう大丈夫なの? 嘘ついてたら怒るよ」

「本当じゃよ。流石フェーベじゃ。癒しにかけては抜きんでておるの」

「そんなのはいいから、これも飲んで」


 フェーベが腰から瓶を取り出し、お手製の回復薬を手渡した。ハムが肩を貸して座らせている間に、アンヌが水を取りに走っていった。


「ライラティーヌさまにも、心配をかけてしまったの」

「……いえ、無事だったのなら良いのです」


―――ただ、えっと……。立てない。


「腰が抜けてしまいました。立てません」

 

「や、屋根を修理しようとしたのじゃが、梯子が傷んでおったようじゃな」


 折れて散らばっている梯子を目線で指す。


「もう平気じゃ、ほれ、ほれ。な」

「ダノ爺は……、わたくしの師匠なのですから、長生きしてくれなきゃダメです」

「分かった。分かっとりますから」

「はぁ……」


 ライラティーヌは長く息を吐いた。


「こんな事で腰を抜かすなんて、わたくし駄目ですね」


 自分がいかに平和ボケの現代人なのか骨身に染みる。


「ダノ爺を助けられたのは、ライラティーヌ様のおかげですよ」

「わたくし、何もしていません」

「しましたよ」


 ハムが宙を指さした。

 指し示した先では、精霊が浮かんでいた。精霊はふわふわ宙を移動すると、ライラティーヌの膝の上でとまった。


「救助が遅れていたら、助けられなかったかもしれません」


 精霊が誇らしげにふるふると震えた。


「ダノ爺が危ないって、教えてくれたの?」


 精霊に問いかける。そうだよー、と言うように飛び跳ねた。


「貴方も、ダノ爺が好きなのね」


 精霊がふるふると震えて肯定した。

 樹守であるダノ爺は、森に住まう精霊達にとって一番身近な人間なのだろう。


「あの、ライラティーヌ様?」


 一人だけ、訳が分かっていないダノ爺が、精霊と話すライラティーヌを不思議そうに見ていた。


「ダノ爺にわたくしのお友達を紹介したいのだけど、良いかしら?」

「ほ? お友達ですか。それは光栄ですの」

「では」


 ライラティーヌはダノ爺に、にじり寄ると手に触れた。


「?」


 精霊を手のひらに乗せ、顔の横に持っていき、にっこりと微笑んだ。


「この子がわたくしのお友達です!」

「なんじゃ、その光っておるものは?」

「うふふ。精霊さんです!」

「ふぉふぉ。精霊様ですか。これはこれは」


 ダノ爺は、子供のおままごとと思っているようで、精霊に向けて目尻を下げて挨拶をした。


「この子がダノ爺が危険だって教えてくれたのですよ。樹守であるダノ爺は、森の精霊達に愛されているみたいです」

「それはそれは、光栄ですの」


―――全く信じてない。まあ良いけど。ダノ爺に余計な秘事を背負わせるのも心苦しいしね。


 その後、お礼に一曲歌ってから、帰路についた。


 結局ダノ爺は、精霊はおままごとの産物だと勘違いしたままだった。

次の更新は8日の月曜日です。

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