【幕間】次元の違う頭脳~ヴォルデマール視点
私はヴォルデマール。
不本意ながら王家に属している。謙遜しても仕方がない為敢えて言うが、天才だ。
このような僻地にでも身を隠さなければ、次期王に祭り上げられるほどの逸材なのだ。心底煩わしい。
そのような私がカロリングに隠れ住んでいるのは、王位争いの煩わしさから逃げる為というのは勿論だが、もう一つ、世界の狂いの原因を探る為だ。
定住の地をカロリングに決めたことに深い意味はない。
世界の歪みは南から進んでいるため、南方に位置するカロリングを選んだに過ぎない。
だがこれは神の導きだったのだと、今は思える。
ライラティーヌ・カロリングに出会ったからだ。
およそ人が宿せるはずのない魔力を生み出し、失われた魔術具を発動させる少女。
ライラティーヌが自分を神だと名乗れば、私は信じたであろう。
雪原のような冴え冴えとした容姿。にも関わらず、その表情は万華鏡のように豊かで、生命力に富んでいる。さながら雪解けの女神のようだ。
「カロリングの者たちは、あの異質さを理解しているのであろうか」
テーブルの上に広げた術式を眺める。
複数ある術式は、どれもこの二ヶ月足らずで、ライラティーヌが組み上げたものだ。
「信じられぬ」
ライラティーヌの異質さは、魔力だけではなかった。むしろ、こちらの方が私には驚愕だ。
術式とはいわば設計図だ。
どの神にどの順番で、どれほどの魔力を流し、どの魔術を発動させるのか、綿密な計算が必要になる。
一つの術式を完成させるために、何度も試作を繰り返す。ライラティーヌが言うには、トライアンドエラーなのだそうだ。
失敗し、魔力の流れからどこが間違っていたのかを見つけ、術式を組み直す。
とてつもなく根気と魔力と時間を要するものだ。
一つの術式を見つけるのに、数年かかるのは当たり前の世界だ。
それなのに、ライラティーヌはたったの二ヶ月足らずで、複数の術式を完成させた。その内の二つ、なんでもポケットと結界は、並の学者では一生を持ってしても完成させれないような代物だ。
ライラティーヌは、まるで最初から正解が見えているかのように術式を組んでいく。
「あれは、異常だ」
先日交わした、ライラティーヌとの会話を思い出す。
――――――――――
「ヴォルデマールさん、それじゃ102手目で詰みますよ。94手目のこの線は、こっちから引かないと」
「手? 何のことだ」
「あー……、えっと、順番に起こる反応かな。最初に風に流しますよね。これが一手目、それを受けて風が眷属に分配を始めるでしょう。これがニ手目から八手目までです」
事もなげにそう返されて、思考が一瞬停止した。
「起こる反応が、百手先まで正確に見えているのか?」
まさか、と思いながらも聞いてみると
「え? はい。もっと先までですけど」
と、さもそれが普通であるかのように答えたのだ。
「一体どれほど先まで見えているのだ」
「う……この術式は、まだ四百くらいまでです」
と、宿題を忘れてきた生徒みたいに上目遣いで、口を尖らせる。
「昨夜はうっかり寝ちゃったんです」
時間さえあれば、もっと読めたと言わんばかりだ。
信じられない。
「ちゃんと最後まで読みますから、ヴォルデマールさんは少し休んでてください」
つまりライラティーヌは、魔力を流してから魔術が発動するまでの全ての流れを読み切っているということか。
百手どころではないぞ、ゆうに千は超える筈だ。
「そのようなこと、人間にできるのか」
「? 縦の読みですから、棋士ならみんな出来ますよ」
「騎士?」
「あ、えーと。騎士じゃなくて……、言い間違えです。忘れてください」
騎士に出来るはずがない。確かに騎士は魔術具を扱う率は高いが、自ら術式を引くなどしない。
そもそも騎士に可能であれば、こいつが私に助けを求めてくると事はなかったであろう。
当たり前だ。こんな化け物が他にいてたまるものか。
―――キシとは何なのだ。縦の読みとは何の話だ。
もう一度言うが、私は天才だ。
その私が足元にも及ばない。これは異次元の頭脳だ。
実際、ライラティーヌが間違ったのは、まだ知らない定義が絡んだ場合だけだ。それも一度説明すれば、瞬く間に吸収する。
ほんの二ヶ月前まで、まともに術式に触れたこともなかったとは、誰も信じないであろう。
ライラティーヌは術式を考える時、椅子の上で足を折り曲げて座り、半眼を閉じる。
独特の座り方は『正座』というらしい。集中力をあげる座り方だと言っていたが、実に行儀が悪い。
そう、行儀が悪い筈なのだが、何故かこの姿勢でいるライラティーヌは、やけに神聖で高貴に映る。
ピンと伸びた背筋、膝の上で重ねられた手。
まるで、世界の深淵を覗いているような目をする。
窓から差し込む午後の陽光がその横顔を照らしている。威厳すら感じさせる姿に息をするのを忘れた。
「あ、そうだ、ヴォルデマールさん」
パッと顔を上げた途端、無邪気な子供に変わり、私は我にかえった。
―――見惚れていたのか、私が? こんな八歳の幼な子に。あり得ぬ。
「これ、前に言っていた魔術具なんですが、そろそろお願いできたらな、と思って」
差し出された紙には、四角い珍妙な物体が描かれていた。
蓋が付いている。下からは火の魔術具で加熱できるようになっているようだ。
「なんだこれは」
「うふふ。ホットプレートです」
―――ホットプレート? なんだそれは?
「これがあれば、どこででも料理できるのですよ。上のプレートを変えれば鉄板焼きからお鍋、さらにはたこ焼きまで出来ちゃう優れものなのです!」
たこ焼き?
話ぶりからして料理のようだが、聞き覚えがない。
仮にも王族として育ったため、あらゆる領地の料理は食してきた筈なのだが。
「用途は分かったが、このような物、何のために必要なのだ」
「どこででも、出来立てご飯が食べれるじゃないですか」
「料理人に言えば、いつでも食べれるではないか」
「それはヴォルデマールさんが貴族だからですよ」
「其方も貴族であろう」
「まあ、そうなんですけどね」
ライラティーヌは口を尖らせて黙った。
このような物、厨房がない場所でしか使い道がないだろうに。
―――旅か?
ホットプレートなるものは、一人分のサイズのように思える。
―――領地を出る気か。
思えば、何でもポケットも子供の一人旅には必要な物だ。
「鍛治職人が必要だな。呼んでおこう」
「わたくしも同席しても構いませんか?」
「無論だ」
「わーい。ありがとう存じます」
無邪気に手を叩いて喜ぶ様に頭痛がする。
出奔か。
まあ、あの結界があれば、ライラティーヌを傷つけることが出来る者など、そうはいないであろう。
だが安心はできない。もし出奔となれば、連絡は付くようにしておかなければならぬ。手の届かぬところで、勝手に死なれては目も当てられない。
何かあれば、必ず私を頼るようにしておかなければならない。
同行したいところだが、こいつの性格では首を縦には振るまい。せめてフォルクハルトだけでもついて行かせたいものだが。
さてさて、どうしたものか。
―――いつでも連絡が取れる魔術具の作成が急務だな。
出来れば緊急時にこちらに逃げ込めるようなものが良い。
転移の魔術は機能を失って久しいが、ライラティーヌならば問題ないだろう。
まだ見ぬホットプレートに、上機嫌になっているライラティーヌをそっと見やり、痛む頭を押さえた。
お読みいただきありがとうございます。
昨日初めて評価⭐︎を頂きました。ありがとうございました!!
初めてブクマを頂いた時も、飛び上がって喜びました。
今回もすっごく嬉しくて、どこのどなたかは分からないけれど、一言お礼を言いたい!と思い、こんなカタチでのお礼になっていましました。
ブクマをして下さっている方も、読んでくださった方も、皆さんありがとうございます。




