トライアンドエラー
「本当にまとめて来たのか」
三日後、寝不足で霞む頭を押さえながら、なんとかカタチにしてきた術式を差し出すと、ヴォルデマールが眉根を寄せながら呟いた。
「次回までに纏めて来いって言ったのはヴォルデマールさんじゃないですか! 冗談だったのですか? 分かりにくすぎですよ!」
この三日、本当に大変だったのだ。クラウディアに刺繍を教わったり、暇だと拗ね出したアンヌを宥めたりしながら、時間を見つけては本を読み込み、睡眠時間を削ってやっとの思いで作り上げた術式だ。
三日間の苦労を思うと、ヴォルデマールの呆れ返ったような物言いに、ムッとした。
「三つの術式を書き写す程度を想定していたが」
「それで良いのならば先に言って下さいませ」
「常識の範疇で考えれば分かろう」
「わたくしに常識を求めないで下さいませ!」
ヴォルデマールは面食らったように何度か瞬きを繰り返した後、咳払いを一つした。
「……明らかに間違っている箇所もあるが、課題をこなそうとする意欲は伝わった」
「ヴォルデマールさんのような方は、他人に見切りをつけるのが早いって相場が決まっておりますもの。わたくし試されているのかと勘ぐりましたわ」
前世の囲碁の師匠がそんな感じの人だった。プロになる望みが薄ければ、早めに諦めさせるのが師匠の役目だ、と思っているような人だった。
師匠はヴォルデマールのように偉そうでも、イケメンでもなかったが。
いつも眠たそうな顔をしていた師匠の、少し落ちた肩を思い出し、懐かしく思っていると、ヴォルデマールと目があった。
「? わたくしの顔に何かついていますか?」
「いや……、其方は本当に八歳か?」
ぎくっ
「こ、この歳で年齢詐称なんて致しませんよ。突然なんですの」
「術式を書き写してくると想定したのは、それであれば文字を読まずとも可能だからだ。実際、前回其方が持ってきた何でもポケットの術式はその程度だったであろう。だが、今回引いてきた術式は、稚拙なりにも魔力の流れが整理されている。これは本を読まなければ出来ぬことだ」
「文字くらい八歳でも読めますわ」
「渡したものは学術書だ」
―――八歳が論文を読んだって感じか。読める人もいるよ、きっと。どこかの天才キッズなら、きっと……。
怒りがさぁっと引いていき、代わりに冷や汗が出てきた。
「三冊全部読んだわけではないのですよ。関係のありそうな箇所だけ掻い摘んで読んだだけです」
「その要領の良さ。随分と学び慣れているな」
「……火事場の馬鹿力です」
「なんだその下品な言葉は」
「人間追い詰められると、考えられないような力を発揮するという諺です」
「聞いた事がないな」
「……でしたら忘れて下さい」
ヴォルデマールは不思議そうに首を捻った。
「褒めているのに何故拗ねるのだ?」
「褒めてたんですか?!」
びっくりである。
コミュ障も甚だしい。
「八歳とは思えぬ優秀さだ、と言ったつもりだが」
おおう。後ろ暗いところがあるから、変な反応をしてしまったらしい。
「女性に年齢の話をしないほうがよいですよ」
「それこそ八歳らしからぬ発言だな。まあ良い。先日の続きをやるぞ。ついて来い」
「はぁい」
後をついて行くと、ヴォルデマールは階段を降り、地下にある分厚い扉を開けた。中はだだっ広い空間になっていた。
壁も天井の白い石で作られたそこは、体育館のように開く、真ん中に小さなテーブルが一つ置いてあった。
「魔術具の試験場だ。大抵の攻撃魔術を打ち込んでも壊れないようにしてある」
何もない白い空間をぐるっと眺める。白一色の無機質な四角い空間は、どこか近代的な雰囲気を感じた。
「すごいですね」
「ほうけずについて来い」
真ん中のテーブルの上には、八揃えの魔石とグラスが並べられていた。
「これは?」
「全てアリュステルだ。左のものから魔力を流してグラスに水を注げ」
「八個全部アリュステルですか?」
「そうだ」
どうしてそんな無駄な事をするのだろうと訝しみながらも、言われた通りに魔力を流す。
相変わらず想像したより多目に出るが、昨日よりは少し量が減っていた。
「わたくし魔力の扱いに徐々に慣れてきているみたいです」
少しずつでも進歩が実感できると気分が上がる。
「次だ。隣の魔石で先程と同じ量の魔力を注げ。意識するのは生み出される水の量ではなく、使う魔力量だ」
―――スルーですか。少しは褒めてくれてもいいのに。
「分かりました」
言われた通りに流す。
「あれ? 水が出ません。失敗しました。もう一度やりますね」
「いやそれでいい。次だ」
「いいのですか?」
「この八個の魔石は少しずつ術式を変えてある。結果が違って当然だ」
アリュステルって術式は一つじゃなかったんだ、と思いながら次々に魔力を流して行く。
「全滅だな」
ヴォルデマールが、ほとんと空のままのグラスを眺めながら首を振った。
「でもこれとこれはちゃんと発動しましたよ」
ライラティーヌは二つのグラスを指さした。最初の魔石と五番目のものだ。
ヴォルデマールが五番目の石を手に取った。
「そうだな。次はこの術式を中心に広げてみよう。続きは次回だ」
「その術式は他とどう違うんですか?」
「ほら、ここだ」
魔石から術式を浮かび上がらせると、ヴォルデマールは一点を指さした。
大樹の紋章だ。
「根っこが一本しかないですね。それに果実も一つしかないです」
普通の紋章では根っこは七本だ。
「そうだ。おそらく其方には果実は必要ないと思ったが、一種類は必要なようだな」
「果実ってそもそもどのような意味があるのですか?」
「不純物の捨て場だと言われている」
「魔力には不純物が混ざっているものなのですか?」
「そうだ。そこが其方の魔力の特異な点だ。そうだな……塩がどのように作られるか知っているか?」
突然話が変わった。
「海水を乾燥させる?」
「そうだ。魔術を発動させる力が塩なら、我々の中に流れる力は海水なのだ。つまりとても薄く、とても雑味がある。海水を塩と呼べないのと同じように、体内に流れるものを魔力とは呼び難い。我々は魔素とよんでいる」
「魔素ですか。本で読んだような……」
「学者しか使わない言葉だ。学者以外は魔力と魔素を区別はしないからな。まとめて魔力と呼んでいる。……次に、自分の魔力量を増やしたい場合、どのようにすれば良いか知っているか?」
「魔力量って努力でどうにか出来るものなんですか?」
生まれた時に最大値が決まっているものかと思っていた。
「魔素の絶対量は変わらぬが、魔力量は増やせる。まあ限度はあるがな」
―――分からん!
「えっと、魔力の枯渇を繰り返すとか?」
お決まりのパターンを口にしてみる。
「それで鍛えられるのは魔素回復力だ。早く回復する分、使える魔力が増えるという意味では正解だな。魔力量を上げたい場合は濃度を上げる」
つまり量は変わらないけど、濃度が濃い分一度に使う量がが節約できて、結果沢山魔術を使える、と言う事らしい。
「どうやってやるのですか?」
「其方には必要なかろう。重要なのは、我々が出来ることは濃度を上げることであって、純度を高めることは出来ないという点だ。ところが其方の魔素は、純度も濃度も恐ろしく高い。もはや魔素ではなく魔力だと言っても過言ではない。どうやったら不純物を取り除けるのか、分かるものならば教えてもらいたい」
それで前回、何か魔力に働きかけなかったかと訊かれたのか。でも本当に覚えがない。
―――という事は、多分アレだな。加護だ。ルイが最後に投げよこして来たやつだ。
「すみません。全然思い当たる事がありません」
「で、あろうな。実に残念だ」
ヴォルデマールはさして期待していなかったようだったが、やはり少し残念そうに見えた。
それにしても、努力で魔力量が増やせるのなら、貴族学院での魔力測定はもっと年齢を重ねてからやれば良いのに、と思う。
そうすれば、亜貴族ギリギリの人なんかは死に物狂いで頑張ると思うのだけど。
「学院で測るのは器の大きさだけだ。生まれ持った才能を測っているのだ。要は遺伝する部分だな」
「それでは努力しなかった跡取りよりも、努力で質を上げた准貴族の方が優秀だと言うことも起こりませんか?」
「よくある事だ」
貴族は身分が絶対のはずなのだが、意外と曖昧な点も多い。騎士団なんかも、役職がついている人に対して以外は、みんなタメ口で話しているのも、常々不思議だなぁと感じていた。
―――この世界、意外と実力主義の社会なのかな。
「ともかく、既存の術式とは魔素を魔力に変換することを前提として作られているのだ」
大回りの寄り道をして、やっと本筋に戻ってきた。
―――じゃあ、私のが魔素じゃなくて魔力なら、普通の魔術具では反応しない筈だよね。
「普通に使えてますけど」
「其方の中で魔力化出来なかった魔素が反応しているのだろう。搾りカスのようなものだ」
「わたくしの中に、魔力と魔素が混在しているのですか」
「そうだ。魔力の方が圧倒的に多そうだがな」
だから魔術具とツェツィでは、あんなに感覚が違ったのか。魔術具では魔素を、ツェツィでは魔力を流していたということなのだろう。
「なんだか、とても納得しました」
「その指輪で吸い出せるのは魔素だけだ。ゆえに本体である魔力は手付かずのまま、身体に溜まり続けていることになる」
「それがわたくしの病の原因なのですね」
「そのようだ」
「魔素ではなく魔力を吸い出す魔術具が出来れば、もう倒れることもなくなりますか」
「その為に、こうやって術式を構築している」
ヴォルデマールが肯定しながら舌打ちをした。
「何故悔しそうなのですか?」
「私の仮説が否定されたからだ」
「仮説ですか」
「ああ。私は魔力は肉体を傷付けるものではないと考えていた。暴走を引き起こす原因は不純物にあると仮定していたのだ」
「あー、それだとわたくしが倒れる筈ないですもんね」
という事は、今までの昏倒は全てヘルマンからの攻撃だったという事か。
どちらにせよ、魔力を溜め込んでいる今でも生きていられるのだから、魔素よりは魔力の方が身体に対する負荷は少ないと言えそうだ。
「さっきのアリュステルもう一度見せて頂けますか?」
大樹の紋章に目を凝らす。根っこが一本の大樹。果実が一つに六つの枝。枝の先に葉っぱが一枚ずつ。
なんだか、これに似たものを見た事があるような気がした。
―――あ、ルイがくれた騎獣の術式だ。
随分前に騎馬の術式を確認した事を思い出す。
他とは違うなとは思ったが、神様印だからそんなものだろうと深く考えてこなかったやつだ。
だがルイならライラティーヌの魔力の特性を熟知していて当然だ。ライラティーヌ専用の大樹の紋章を使ってくれていたのだろう。
あれが魔力に反応する術式ということか。
―――どうしよう。答えが分かっちゃったけど、ヴォルデマールさんにどうやって伝えよう。
とりあえず、騎獣の術式を確認し直したい。
そしてヴォルデマールを正解に誘導するんだ。小さな名探偵みたいに。
「あれれー? おかしいぞー?」と
「私子供だからわかんなーい」で切り抜けるのだ!




