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新しい生活

 フォルクハルトが学院に発ってから二日後、ライラティーヌはフェーベとハムを伴ってヴォルデマールの屋敷を訪れた。


 ヴォルデマールの屋敷は前回訪れた店舗ではなく、城にほど近い場所にある豪邸だった。

 窓から城の正面階段が見えるほどの近さだ。馬車で移動するほどの距離でもないため、移動は徒歩だった。


 ちなみに裏の屋敷はクレメンスの実家であるサイフォン家のものだ。サイフォン家はカロリングの二代派閥の片翼だ。当然もう一つはヘルマン母の実家であるアーレント家なのだが。


「ここって、上級貴族しか住めないような場所ですよね。ヴォルデマールさんって亜貴族じゃないんですか?」

「亜貴族だと名乗った覚えはない」

「あんな所で魔術具屋さんをしてたら、誰でもそう思いますよ」

「あのような場所の方が変わった依頼が多く舞い込むからな」


 興味を持った仕事しか受けないと言っていたが、本当に趣味のように仕事をしているようだ。学者だけあって変わり者だ。偏見だけど。


「わたくしがお願いしても、お仕事を受けて頂けるのでしょうか?」

「術式ならば自分で引けばよかろう。その為にこうして時間をとっているのだからな」

「魔石だけでは用を満たさない魔術具もあるでしょう。例えば輸送箱にしても、魔石だけでなく入れ物となる箱が必要になります。箱くらいはなんとかなるにしても、わたくしが欲しいものは少し変わった形をしているのですよ」


 旅をするに当たって用意しておきたいものがいくつかあった。売ってあれば市販品でも構わないのだが、アンヌの話を聞く限りでは、この世界にはなさそうだった。今のところ頼める先はヴォルデマールしか思い当たらないのだ。


「面白そうであれば作っても良いが……。急ぎか?」

「いいえ。その内欲しいな、というくらいです」

「ならば後回しだな。時間ができたら話を聞いてやろう」

「ありがとう存じます」


 それにしてもヴォルデマールは、どんな客にもこの態度なのだろうか。客商売としてはいかがなものかと、心配してしまう。そもそも上流貴族は客商売なんてしないのだけれど。


「さて、まずは其方の魔力量が見たい。ツェツィは持ってきたな」

「はい」

「よろしい。では私が言うとおりにしてみろ」


 ライラティーヌはツェツィを構える。それを見届けてから、ヴォルデマールが一言一言、ゆっくりと話し出した。


「全身の力を抜いて目を閉じろ。……そうだ。頭の中にティーカップを思い浮かべるんだ。どんな柄でも構わないが、詳細に思い浮かべろ」


 ライラティーヌは言われた通りにティーカップを頭に描く。普段部屋で使っている、花柄の小ぶりのカップだ。


「思い描きました」

「では目を瞑ったままで、そのティーカップに魔力を注げ。注ぐ量はカップの半分ほどだ」


 練習でつくる魔力の円は、大きいけれど平面なので、カップに入れると丁度良い量になりそうだな、と思う。


―――魔力の円を一つ分くらいかな。でもカップの口径は10センチもないから、普通にしたらこぼれちゃうな。


 ライラティーヌはツェツィを持つ手を高くあげると、ツェツィをティーポットのイメージでゆっくり傾けていった。喫茶店のマスターがやるように、高いところからカップの目掛けて魔力をそっと落とす。


 魔力の塊がとろんとカップに収まったイメージが脳裏に浮かんだ。


「出来ました」

「目を開けてみよ」


 そっと目を開けてみると、目の前にバスケットボールを半分に切ったような、どんぶり型の赤い魔力が浮いていた。


―――でか!


「随分と大きなカップだな」

「ちゃんと普通のカップを思い浮かべたのですよ。わたくしまだツェツィの扱いが下手なのです」

「いや、今のは簡易的に魔力量を推し量る方法だ。皆大差ない大きさのカップを想像するのだが、出来上がる魔力の塊の大きさは魔力量に比例するのだ。……忘れぬうちに吸い上げておけ」


 ヴォルデマールは、ライラティーヌの魔力を銀色のスプーンのようなもので一匙掬うと、顕微鏡のような器具で調べ出した。

 言われた通りに魔力をくるくると吸い上げる。


「わたくし、やっぱり魔力が多すぎるのでしょうか?」

「多いな。現王よりも多い。まあ前例がないほどでもない。十分制御出来る範疇だ」


―――王様より多いんだ。でも人外まではいかないのね。ほっとしたー。


 胸を撫で下ろして、あれ? と疑問に思う。


「わたくし魔術具に魔力が溜まる時間は、お兄様たちよりも遅いらしいのです。お兄様たちも王様より上なのでしょうか?」

「そんな訳があるまい。其方の場合、問題は量ではなく質かもしれんな」


 ヴォルデマールは顕微鏡もどきを覗き込んだままだ。首を捻ったり、何かを書き付けたりと集中しているようなので、黙って待つことにした。適当に席に座り、用意されていたお菓子を食べる。

 のんびりしていると、考えがまとまったのか、ヴォルデマールが顔を上げた。


「其方は魔術が使えるな」

「はぁ、防音の魔術具しか扱ったことはないですけど」

「何時頃から使い始めた」

「最近ですね」

「それまでは、自ら何か魔力に働きかけたことはなかったか?」

「何かとは?」

「身体に押し込めようとしたり、一箇所に集めて固定したりだ」


 ライラティーヌの記憶を探る。取り立てて魔力を扱った記憶はなさそうだった。


「ないと思います」

「ふむ……」


 ヴォルデマールは少し考え込むと、視線をライラティーヌの指に当てた。具体的には魔力を吸い上げる魔術具の指輪を見ている。


「……これも調べますか?」


 指輪を外しながら問いかけると、ヴォルデマールは驚いた顔をした。


「いいのか?」

「今更何を言ってるんですか。どうぞ」

「少し魔力を抜いても構わぬか」

「ご自由に」


 ヴォルデマールは指輪を受け取ると、また顕微鏡もどきと睨めっこを始めた。


―――また暇になっちゃった。


「ヴォルデマールさん。暇なのでその辺の本を読んでいても構いませんか?」

「好きにしろ」

「はーい」


 ライラティーヌはいそいそと、壁一面に並べられている本を物色した。


 神学の本も多いが、流石学者だけあって魔術に関する本が充実している。


『土属性の術式における補助的役割の考察』

『魔力の量と質の影響範囲』

『第六の属性、命』


―――よく分からないな。お『術式の構造』か。これが一番初心者向けっぽいな。


 見つけた本は高い位置にあるため、手が届かなかった。仕方なく靴を脱いで椅子を踏み台にして取る。


 表紙を捲ると冒頭の一文から読み始めた。


―――ふむふむ。『術式とは、神への奏上文である』か。


『魔力を神に納めることで、望む事象の現出を乞うものである。本来我々が生み出す魔力に明確な属性はなく、魔力に属性を付加し、各神の御許へとお届けするために用いられるのが術式である。術式とは神への奏上文であり、設計図である。

 魔素は特定の属性と親和性を有する。親和性のない属性への変換は、通常より多くの魔素を必要とし……」


―――うーん、良く分からないな。


 文章の横には、大樹の図が載っていた。

 どの術式に於いても中央付近に描かれる、大樹のイラストだった。大樹は無数の根と枝を持ち、二種類の果実がなっている。

 何本もある枝は等間隔に伸びていて、枝の先から伸びた線は術式の端、属性を示す場所まで伸びている。


―――根っこが体内の魔力を吸い上げて、幹で属性を付けられた魔力が枝を通して神に届けられるって感じかな。


「おい、聞いているのか」


 呆れ返った声に顔をあげると、ヴォルデマールが側に立っていた。目の前には空のグラスと一緒に魔術具が一つ置いてある。魔石だけのシンプルなやつだ。


「すみません。読み耽ってました。これは?」


 本を閉じ、目の前の魔石を手に取る。


「アリュステルだ。発動してみよ」

「……部屋を水浸しにしてしまうもしれませんが良いですか?」

「構わぬ」


 構わないと言われても、流石に緊張してしまう。

 ライラティーヌは細心の注意を払いながら、少しずつ魔力を流した。


「アリュステル」


 術名を唱えると、グラスに水が溜まった。狙った量よりは多いが、表面張力ギリギリで溢れるのを踏みとどまっている。

 思ったよりも魔力操作が上手くいって安堵の息を漏らした。


―――私結構成長してるんじゃない?


「では、今注いだ魔力と同じ量の魔力をツェツィで出してみろ」

「はい」


 先程の感覚を思い出しながらツェツィを振ると、ドバッと大きな魔力の塊が飛び出してきた。


「うえっ?」


 明らかにグラスに溜まっている水量よりも多い。


―――おおう、全然成長してなかったよ。生み出す水より使う魔力の方が多いなんて、なんてコスパ悪いの。


 ヴォルデマールは、何やら納得した顔をしていたが、決して明るい表情ではなかった。


「……何か分かったのですよね。マズイことですか?」

「いや、実に興味深い。少し考える時間が欲しいゆえ、続きは次に来た時だな」


 さっさと片付けをはじめたヴォルデマールに、焦って声をかける。


「待ってください。では今日の残りの時間はわたくしの質問に答えてくださいませ」

「無論そのつもりだ。……何でも入るポケット、だったか?」


 ヴォルデマールが、先日お店に持って行った術式の引かれている紙を広げる。


「それもですが、急ぎでこちらの術式を教えて欲しいのです」


 刺繍に使う、素材強化の術式を指で示す。

 明日からクラウディアに刺繍を教えてもらう予定のため、早く刺す術式を作ってしまいたいのだ。


 ヴォルデマールが興味なさげに


 「それなら既にある」


 と顎でテーブルの上に置かれた紙を指した。


「素材の強化に加え、温度調節を行いたいのであろう。その術式は既存するゆえ、それを使え」


 折角ならば、エア○○ムみたいに着るだけで涼しくなるようにしたかったのだ。だって夏にドレスってとっても暑そうなんだもん。

 既にある技術だったとはラッキーだ。やっぱり聞いてはみるものだ。


「カロリングは暖かいが、北の領地は冬、雪で覆われるほど寒さが厳しいからな。衣服の温度管理に関する研究はここよりも進んでいる」

「ではこれは、北の領地の技術なのですね」


 流石、学者だけあって見識が広い。


「そうだ。今日渡そうと用意していたのだが、やはり少し待て」

「何故ですか? わたくし早く刺繍に取り掛かりたいのですが」

「説明が面倒だ。とにかく待て。上手くいけば次回渡せるであろう」

「むー」


 しばらく睨んでみたが、ヴォルデマールは顔色一つ変えない。どれだけ粘っても駄目そうだ。


「それより今日はこちらだ。何でも入るポケットで、中は時間の経過が止まっている、ということで良かったか?」


 ヴォルデマールは少し楽しそうだ。未知の術式を考えるのが愉しいのだろう。アイテムボックスは、ヴォルデマールの興味を引くことに成功したようで何よりだ。


「別にポケットでなく、鞄でもなんでも、持ち運びに苦労しないものなら良いのです」

「ふむ。ベースとなるのはジオルレイドだな。あれは術者が中にいない間は時間が止まるゆえ」


 ジオルレイドに入った時、倉庫として使えそうだと思ったことを思い出す。だが、倉庫とアイテムボックスは微妙に違う。

 そしてふと、あのツンデレ女神様を思い出した。


ーーーじゃあ、あの子は何年も止まった時間の中で眠っていたってことなのかな。


 それはとても寂しく、とても辛い環境だ。


 と、一瞬同情して我にかえる。あれは考えても無駄だ。


「態々中に入らなくても、入れた物を念じるだけで出せるようにしたいのです。あと大きさも、もっと小さくないと持ち運べません」

「ふむ。他に要望はあるか?」

「そうですね、中に入っている物が一覧で見れると嬉しいです」


 ヴォルデマールは紙とペンを持ち出すと、さらさらと術式を引き出した。簡略化はされているが、かなり手の込んだ術式だった。


「これが空間創出の基本術式だ。ジオルレイドはこの上に、創作の魔術や時間の概念を重ねがけしていく」

「創作とは、屋敷や庭をつくる事ですか」

「そうだ。どちらも何でもポケットには必要ない」


―――なんか変な名前をつけられた!


「何でもポケットじゃなくて、アイテムボックスです」

「呼び名などどうでも良い」

「なんか萎えるから、アイテムボックスってことにしてください」

「ふん。ともかく、創作を入れなければ、大きさはどうとでもなる」


 何でもポケットをよぼど気に入っていたのか、ヴォルデマールが面白くなさそうに、鼻の付け根に皺を作った。


「念じるだけで、という点は書庫の検索機能が応用できそうだな」


 本棚から一冊を取り出して、1ページを指し示す。


「これだ。記録の神と伝達の神に助力願う。そこに転送の陣を加えれば、其方の望むカタチになるのではないか」


 また別の本を開き、新しい術式を見せられた。どの術式も目眩がするほどに複雑だ。これを全部組み合わせたら、一体どれほど複雑になるのかと冷や汗が出る。

 アンヌがアリュステルを一番単純な術式だと言っていた意味が分かった。どちらも複雑だが程度が違う。こけしと阿修羅像くらい違う。


「え、えっと。記録は土属性で伝達は……風ですか?」

「そうだ。ここからここまでだな。光の部分は必要ない。転送はこの辺りだな。次回までにまとめてこい」

「丸投げ!」


―――っていうか、次回って三日後だよね。鬼!


 ヴォルデマールは、術式が載っている二冊と、先程までライラティーヌが読んでいた『術式の構造』の合計三冊を投げてよこした。


「貸してやる。破損せぬよう丁寧に扱えよ。それもまた其方の予算で足りる代物ではないぞ」

「そんなものを投げて寄越さないでくださいませ」


 帰りしな、ライラティーヌが両手に本を抱えて部屋から出ると、ハムが青い顔で馬車を呼んできた。

 三冊の本とライラティーヌを二人で護るのは難しいらしい。おかげで屋敷から城までの短い距離を、ご大層に馬車で移動する羽目になってしまった。


 ライラティーヌはヴォルデマールを鬼教官だと憤ったが、フェーベ達もまた、護衛騎士泣かせのお方だと嘆いていた。

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