しばしの別れ
翌日訓練場に行くと、フォルクハルトが停学明けの生徒を見る優しい教師の様な顔で笑った。
「流石に今日はいらっしゃらないと思っていました」
「だって、ゆっくりお話しできるのは今日で最後じゃないですか」
ライラティーヌは、頬をぷうっと膨らませた。昨日のパーリィの後味の悪さが尾を引いている。訳の分からないうちに、大団円を迎えたみたいで気持ちが悪いのだ。
いったいどんな話になっているのか、ちゃんと聞いておかなければどこかでボロが出てしまいそうだし、何より当事者なのに自分だけが蚊帳の外に置かれているみたいで落ち着かない。
「……散歩に行かれますか?」
「流石に今日はやめておきます。わたくしだって少しは反省しているのですよ」
フォルクハルトは優しく笑うと、頭をぽんぽんと撫でた。
―――今のは間違いなく、子供扱いだと思うの。
「では、お庭に参りませんか? お好きなのでしょう?」
移動する間、フォルクハルトはアンヌを気遣った。もう傷が完治していることを喜び、大変な目に遭わせたことを詫びていた。
「お気になさらずに。私がもう少し嘘が上手ければ、何の問題も起きなかった筈なのです。謝るのは私の方です」
「いや、タンストン隊長は疑り深い方だ。追求を逃れるのは誰であれ困難だっただろう」
「……悔しいです。自分があれ程に役立たずとは思いませんでした。不甲斐ないです」
「私も同じだ。足らぬところばかりの我が身が情けない」
なんだか二人で傷を舐め合っている。私も仲間に入りたいなと思っていると、フォルクハルトが足を止めた。そしてアンヌの肩にそっと触れ、目を覗き込んで微笑んだ。
「下を向いても始まらぬ。ともに精進しよう」
「……ライラティーヌ様大変です。フォルクハルト様が女たらしです」
「それは大変です。通報しましょう」
「今のどこが女たらしなんですか!?」
「無自覚が一番罪深いのですよ」
この二人と、馬鹿みたいな話をしている時間は、やっぱり落ち着く。昨日の鬱積した気分が嘘みたいだ。
「それで? いったい昨日はどういう話になったのですか。わたくし全然付いていけなくて、頷き上手に徹するだけだったのですが!」
庭園のベンチに座り、足裏をぺしぺししながら、鼻息荒く訴える。
「ええっとですね」
フォルクハルトは、どこまで話そうか、というような顔をした。
「全部話してください。全部ですよ!」
ペシペシと、ベンチを叩く。
「そう言われても、ヴォルデマールの策に私も話を合わせていただけなんですよ」
「それはあの、わたくしがヴォルデマールさんの魔力で満たされていた魔術具を乗っ取ったというやつですか」
「そうです。研究室が暖かかったうえ、貴方がはしゃいだために、暑がって勝手に服を脱いだという話になっています」
「なんですかそれ? いくらなんでもわたくし、そこまではした無くないですよ」
「いえ、ほぼ事実です」
思い返してみると、その通りだった。春の陽気にいい気分でコートを脱いで、服を緩めた。
「おほほ……。お父様はよくそれで納得されましたね」
「結構あっさり受け入れておられましたよ。見苦しいものを見せたと、ヴォルデマールに謝っておいででいた」
「なんてことでしょう」
アンヌの奇行もライラティーヌのせいになってるし、結局全て押し付けられてる。そんな説明でみんなが納得していることも、腹立たしい。いや、助かるけれども!
その後、魔術を習うことになった経緯、ヴォルデマールが医術面でもライラティーヌを支える予定であることも聞いた。
「ヴォルデマールさんは万能ですね。医学も出来るなんて」
「任せてよいと思いますよ。かなりの腕前のようです」
フォルクハルトが嬉しそうに目を細めた。
「これでもう、身体強化を頑張る必要もありませんね」
「なんでですか?」
「え?」
「え?」
―――なんで?
二人で顔を見合わせて、にゅにゅーっと首をひねり合う。どうして病と身体強化が繋がるのかよく分からない。もしかして、健康維持に一日三十分のウォーキング、のようなノリと思われていたのかもしれない。
「もう少し続けるつもりですが」
「そ、そうですか」
今回の一件で逃走計画を早める必要性が出てきた。
子供の一人旅だ。自衛力はもっと上げておく必要がある。
「お聞きになりたいことは、それで全てですか?」
「……」
ベンチに並んで晴れた冬の空を眺める。
どうしても聞いておきたかったことを口にする。
「本当にヴォルデマールさんを斬るつもりだったのですか?」
予想外の質問だったのだろう。フォルクハルトの真意を問うような視線を横顔に感じる。
「あくまで選択肢の一つです。結果として斬らなくて正解でしたが」
「もう二度と、選択肢に罪のない人の命を入れないでください」
「分かりました」
フォルクハルトがくすりと笑った気配がして、ムッとする。どうも分かっていない気がする。
「罪のない人の中には、フォルクハルトも含まれるのですよ」
キッと睨みあげると、フォルクハルトが狼狽した。
「それでは護衛騎士の仕事になりません」
「それでいいのです。わたくしも貴方も、みんな命の重さは同じだと言うことを忘れないでください」
「……無理ですよ。同じではありません」
「同じです。がっつりピタッと同じです。わたくしよりも自分の命を優先すると誓ってください」
フォルクハルトは立ち上がると、ライラティーヌの前に膝をついて目線を合わせてきた。聞き分けのない子を言い聞かせる兄の顔をしている。
「優しいお心を嬉しく思います。ですがそれを誓えば護衛騎士失格です。自分にかけられた命の重さに耐えることも、領主一族の責務ですよ」
―――ライラティーヌは領主一族だけど、私は違う。
ライラティーヌの人生を継いだとしても、領主一族の責務まで背負うつもりはない。ましてや誰かに命をかけられるなんて、まっぴらごめんだ。
「わたくしは昨日逃げるつもりでした」
「?」
フォルクハルトが跪いているため、目の前に顔がある。その瞳が続きを待っているのを確認して、一言一言、はっきりと続ける。
「もし王都に行く流れになれば、カロリングを捨てて逃げるつもりでした。そんなわたくしには、騎士の命を預かる資格はありません」
フォルクハルトは瞬いた後、くすりと笑って驚愕の言葉を口にした。
「実は、私もライラティーヌ様を逃がすつもりでした」
「! 貴方がそんなだから、わたくしは困るのですよ!」
「困りますか?」
「困ります。いつかわたくしの為に命を落としそうで怖いのです」
「騎士ですから」
「いいえ違います」
ライラティーヌはビシッと指を突き付けた。
「甘いんですよ、貴方は。甘々です。騎士ならば領地の為に命を捧げなさい。貴方がしようとしたことは、レームクール家だけでなく、カロリングを敵に回すことですよ。わたくしはカロリングにとって有害です。わたくしに命を捧げてはいけません」
「有害、ですか?」
「ええ。だってわたくし逃げますもん」
アンヌの真似をして、どやぁっと胸を張った。
「今回のように身が危なくなったら逃げます。カロリングも貴族の地位も捨てて、すたこらさっさですよ。というか、危なくならなくても、その内逃げるでしょうね」
「危険がなくとも? それは何故ですか?」
何故、か。
改めて聞かれると、少し困る。
囲碁が打ちたい。それは確かなのだが……
「反抗期、かしら?」
沙夜には反抗期がなかった。親からは、反抗する必要のないほどに放っておかれたから。
経験がなかったからか、強めの憧れがあるのだ。
―――盗んだバイクで走りたいのです! 騎獣だけど!
フォルクハルトが、両手をライラティーヌの膝に乗せ、真剣な顔で目を覗き込んできた。
「本気ですか?」
「本気です。人の人生はその人だけのものであるべきです。わたくしは、わたくしの為に誰かが命を落とすのも、世界の為にわたくしが犠牲になることも、どちらも嫌です」
「私も行きます」
アンヌが急に参戦してきた。
「前にも言いましたが、アンヌを連れてはいけません」
「嫌です」
「わたくし貴族を捨てるのですよ? アンヌを養う甲斐性がありません」
「働きます」
アンヌが言い切る。
「無理です」
ライラティーヌも言い切る。
「無理ですね」
負けずとアンヌが言い切った。
「……」
「……」
真面目に見つめあって、ぷっと噴出してしまった。
けらけら笑う二人を見ながら、フォルクハルトがだらしなく口を開けて呆然としていた。
笑いすぎて、目じりにたまった涙をぬぐいながらフォルクハルトに向き直る。
「つまりわたくしは、貴族の責任よりも自分の自由を選ぶ、とっても我儘でとっても悪い子なんです」
「……前にも話したということは、今回の一件よりも前から、そのようなお考えだったのですね」
「そうです。失望しましたか?」
フォルクハルトは顔を手で覆って黙り込んでしまった。相当がっかりしたようだ。そりゃそうだろう。忠誠を捧げるべき相手がこんないい加減な奴で、失望しないはずがない。
「それはいつからですか」
「そうですね。……アンゲスリュートにお会いしてからでしょうか」
―――実際に会ったのはルイだけどね。
ここまで言っておけば、いくらお人好しのフォルクハルトでも、ライラティーヌの為に命を投げ打つような選択はしないでくれるだろう。
「なるほど、たしかに悪い子ですね」
―――なんか笑ってるんですけど……。
フォルクハルトは立ち上がると、うーんと伸びをして、首を回した。
「さて、そろそろ戻りましょう。私は明日の準備がありますから」
「え、ええ。あの、フォルクハルト、誓ってくださいな」
「誓いませんよ」
「おいこら」
「……それはあまりに言葉汚いです」
「じゃあ誓ってください」
「ライラティーヌ様は悪い子なのでしょう? それは分かりました。自分を優先するように心掛けます。でも誓いませんよ」
「この、わからず屋! 頑固者! 頭カチコチですか!」
なんだか一人で納得した顔をして、とっとと歩き出したフォルクハルトの後を追いかけながら、罵声を浴びせる。
「いいのですよ、貴方はそのままで。ご自分ことだけ考えていて下さい。私の心配をなさる必要はありません」
「ちゃんと伝わってますか?」
「はいはい。分かりましたから。今日の私は忙しいんです。そろそろ解放してください」
「ぞんざい! 扱いぞんざいですか!」
睨みあげると、優しく弓形になった茶色の瞳と目があった。一人で取り乱していることが、急に恥ずかしくなる。
「……本当に分かったんですね」
「はい。大丈夫ですよ」
「なら良いのですが」
「私が戻るまで、二ヶ月いい子にしておいて下さいね」
頭をぽふぽふされた。だんだん頭を撫でられるのにも慣れてきたな、と乱れた髪を整える。
「ヴォルデマールの言うことをよく聞くんですよ」
「……早く帰ってきてくださいね」
「寂しいですか?」
―――フォルクハルトの余裕あるバージョンだ。
どうもこのバージョンは、ライラティーヌの言葉が乱れた時に顔を出すっぽい。
「……寂しいですよ」
「出奔したら二度と会えなくなるのにですか?」
「……意地が悪いですね」
手のひらに温もりを感じて目を落とすと、アンヌが澄ました顔で手を繋いでいた。
「私は学院なんて行きませんよ」
ちょっとむすくれてる。
「拗ねてます?」
「いいえ。ライラティーヌ様の手は二つありますからね。私じゃ片方しか繋げませんから。フォルクハルト様、早目にお戻りください」
「分かってる。アンヌの負担が限界に達する前に戻ろう」
こちらに転生して一月半。
失ったものは囲碁と自由。
分かったことは、自分がかなり変わった魔力の持ち主だということ。
出来た目標はライラティーヌの意思を継ぎ、素材辞典を作ること。
手に入れたものは、中途半端な身体強化と―――
この二人だ。
ちょっと一区切りです。週末はお休みします。
次の投稿は1日月曜日です。




